第2話
男の店はそんなに広くはないが、さりとて狭いわけでもなかった。
店内は小ざっぱりとした木彫の、とても落ち着く感じの内装だった。
そして、幼い僕の目を引き付けたのは、店内の奥に見える裏庭に小さく建つ、ガラス張りの建物の中には植物があって、小さは花や大きな花を付けていて、小さなソファーやテーブル椅子の上には、我が物顔の猫達が気持ち良さげに何匹も眠っている姿だった。
「猫は好き?」
「うん」
僕はガラス越しに、張り付くように外の建物の中で眠る猫を見つめた。
「まずは珈琲を……こうちゃん、美味しいジュースをどうぞ」
そう言うと男は
「冨樫といいます」
と笑顔を見せた。
僕は笑顔を見せる冨樫の差し出したジュースに、飛びつくように口を付けた。
「ママ、僕の好きなりんごジュースだよ」
「そう?それは良かった。美味しいだろ?」
「うん。今まで飲んだジュースの中で一番美味しい」
「それは言い過ぎだろうけど、美味しいと思うよ。……うちは自家製なんです」
冨樫はとても懐っこい笑顔を崩さないまま母に言った。
「珈琲も美味しいでしょ?」
「ええ……なんだかとても懐かしい味がするわ」
「そうでしょう?よく言われるんですよ。とても懐かしい味がするって……。この奥にある林の中に、私しか取りに行けない湧き水が有りましてね、たぶんその水の所為でしょうかねー?皆さんの今までで一番思い出に残っている味がするらしいんです」
「ふふ……不思議な話ね」
「そうなんです。不思議な話なんですけどね……」
母は美味しい珈琲を飲んだ所為か、 先程までの無表情な表情を崩して笑って言った。
それから直ぐに、美味しいオムライスが僕の目の前に運ばれて来た。
「これもなんだか、懐かしい味がするわね……」
「うちのオムライスは、最近流行りのものではないですからね」
「そうそう……母がよく作ってくれた、チキンライスを玉子で包むやつ……」
母はそう言うと口に運ぶ手を止めて、ジッと黄色いオムライスを見つめた。
「どうされました?」
「死んだ主人がこのオムライスが好きだったわ。オムライスはこうじゃなきゃダメだって……。ふわふわの卵やトロトロの卵じゃダメだって……こんな風にしっかりきつく、チキンライスを玉子で包んでないと……」
母はそう言うと鼻をすするようにしたかと思うと、目頭を押さえるようにして僕を見て笑んだ。
「ふふ……ごめんね……」
母は力なく笑むと、繰り返し繰り返しオムライスを口に運びながら言った。
その悲しげな表情は、小さな僕にも胸を締め付けられる程のものだった。
母はゆったりと珈琲を飲みながら、幼い僕が食べ終わるのを待った。
毎日時間に追われるように暮らしている母にとって、久々に過ぎて行く落ち着いた時の流れだろう。
「さあ……帰ろう」
母は僕が食べ終わるのを待って言った。
時計を見ると、一時間も経っていなかった。
「本当に疲れが取れるのね、物凄くゆっくりした感じだわ」
「よろしかったら又お出でください」
「そうね。疲れた時は、ここでこうするといいかも?」
母はそう言うと、優しく僕の手を取って店を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます