第8話

「あれからさぁ……」


廉は大学近くのファーストフード店で、炭酸ジュースを飲みながら言った。


「俺ん所、妹が産まれたじゃん?オカンがウチに暫く居る事になってさ、中学高校と反対に煩いくらいだったよ」


溜め息混じりに言った。


「俺は母親が再婚したからさ」


「うんうん、親から聞いた。どう?父親?」


「それが良い人……っていうか、ウマが合うんだろうな、実の子の妹より可愛がってもらってる」


「マジで?」


「男の子の方が合うらしい」


「そっか……それは良かったなぁ。俺なんて父親とは喋らんもん」


「そういうもんか?」


「なんか……やっぱ、家に男は一人で充分って事だろうなぁ……」


廉はなんだか遠い目をして言っていたが


「そう言えば、お前と行ってた喫茶店……懐かしいなぁ」


「まだあるのか?」


僕は空かさず聞いた。

冨樫が言っていた様に僕は幸せ過ぎて、本当にあそこの事を忘れて暮らしていたのだ。


「ああ……随分繁盛してるぜ。そういえば……」


廉は声を落として僕に顔を近づけた。


「あそこ二階でよく遊んだよな?」


「ああ……」


「僕の部屋……」


二人は同時に言って笑った。


「僕の部屋……僕の部屋。其処って確かに二階だったよな?」


「ああ……。冨樫さんが二階の空き部屋を、一つ俺にくれたんだ」


「……だよな?他にも幾つか部屋があったよな?二階に?」


「あったあった。二人でよく探検して遊んだ」


「どこの部屋も何もなくガランとしてたじゃん?」


「走り回って、コタさんに叱られた」


「コタさんコタさん。凄えデカイの……。もう一人痩せたおじさんが居てさ………」


「痩せたおじさん?」


「めちゃ優しそうな……優男やさお


「え?知らない」


「はぁ?よく一緒にゲームしてたじゃん?」


「いや、俺その人知らん」


「嘘だろ?お前よく喋ってたじゃん?」


「何を……何を喋ってた?」


「はぁ?母親の事とか学校の事とか……」


「いや、全く覚えてない……っていうか、そんな人居なかったって」


「いやいや居たから……」


廉は言葉を切って周りを見回した。


「あそこ、あの後も親とかと行ったり、友達と行ったりしたんだが……あそこって、二階がないんだよな……」


「えっ?」


「大きくなって見てみたら、彼処って天井高いんだよ……で気になって聞いたら、二階は無くて、厨房の奥に部屋が二つくらいあって、彼処に人は住んでないらしい。ああ……店の奥に温室みたいな所が在るんだが、其処は猫が住んでるんだと」


「確かに……カウンターの奥に部屋があった」


「えっ?じゃ三つあるのか?とにかく広い感じだからなぁ……」


「はぁ?あんまり広くないだろう?」


「いやいや、個人でやってるにしては、俺は広いと思うぞ」


「…………」


僕が黙ると廉も黙った。

僕の記憶があやふやなのは理解できるが、廉が間違える訳はない。


「冨樫さんは?相変わらず店に居んの?」


「まったく……。あの人に会った事ない。あとコタさんと優男」


「だから、優男なんて居なかったって……幾つくらいの人だ?」


「俺の父親と同じくらいか、ちょっと若いくらいだったと思う……」


「マジで記憶に無い。店のおばさんとか、大学生とか……その人達しか記憶に無い」


「マジで?お前よく喋ってたよ。よくジュース持って来てくれたり、お菓子くれたりさ……あの時はマジで楽しかった。ゲームできないと、優男が進めてくれてさ……」


「それって冨樫さんだろ?コタさんも……」


「ああ……二人共偶には遊んでくれたが、大体優男だった」


僕は少し表情を、硬くして聞いていた。

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