第7話

「あの……二階って……?」


「こうちゃんがくつろげる様に、空き部屋でDVDとかゲームとかをね……」


「えっ?そんなご迷惑を……」


「いいんです。僕達はこうちゃんと遊べて、楽しかったですから……。いつ引っ越されるんです?」


「来週にでも……」


「もうじきお休みなのに……」


冨樫は残念そうに言った。


「急に転勤になってしまって……ウチ内で式を挙げて行く事に……。本当にありがとうございました」


深々と頭を下げて礼を言う。


「ご主人には、もうご報告済みですよね?」


「えっ?」


「とても心配されていたから……」


「主人はとっくに……」


「お元気な頃に……」


冨樫が微笑んで言ったので


「ああ……」


と納得した様に頷いた。


「お幸せになってください。ご主人の唯一の願いでしょう」


「…………」


「最後にオムライスを、食べて行ってください。それを食べたら、幸せが待ってるって確信が持てます。決して、今の生活に疲れて逃げるのではなくて、本当に優しい良い人に出会って、こうちゃんと二人幸せになれるって……」


「どうしてそんな事……」


「あなたはとても、ご主人を思っておいでだから……だからご主人が、あなた達を託せる相手を見つけたんです……そう思って幸せにおなりください」


「本当に?そうかしら……」


「本当にそうなんです……私の言う事は嘘じゃありません」


冨樫の優しい笑顔は、光太郎の母親の迷いを打ち消した。


「そうだといいけど……」


涙を溜めて笑って言った。


僕は最後にオムライスを、母と食べて喫茶店を後にした。

店の外まで見送りに出た冨樫は、DVDとゲームの入った紙袋をくれた。


「お義父とうさんに一緒に遊んでもらいなさい」


「でも……」


「僕からのお祝いです。これからは何も心配せずに、寂しい思いもしない、そんな人生へのお祝いです」


「ありがとうございます。貴方に言われると、なんだかそうなる気がしてくるのは、どうしてかしら?」


「それが事実だからですよ……。こうちゃん、ここは寂しい時に来る所だからね。もう来ちゃ駄目なんだよ」


「えっ?もう来ちゃいけないの?」


「うん、もう駄目だよ。来たいとか思っちゃ駄目だよ。寂しい時を思い出すからね。だから遠くに行っても平気だね?」


冨樫は相変わらず、見下す様に僕を見つめた。


「うん……」


冨樫は初めて見せる満面の笑みを浮かべて、僕の頭を撫でてくれた。

母に手を引かれて、僕は何度も振り向きながら歩いた。

喫茶店が見えなくなるまで歩いた。



◇◇◇◇◇◆◆◆◆◆



義父の転勤で地方に行っていたが、東京の大学に受かったので一人暮らしをする事になった。

あの時冨樫が言った通り、僕と母はそれは幸せな年月を過ごした。

僕が小学校の高学年になった頃、妹が産まれたが義父は実子である妹と、何一つ変わる事のない愛情を注いでくれた。

少し口数の少ない人だったが、ゲームが上手でよく二人で遊んだ。

だからか、反抗期も然程酷い方ではなく、どちらかというと義父とは上手く行っていたから、大学が東京になって寂しがったのは、母より義父の方だった。

入学して一月くらい経った頃、講義で顔を合わせる様になった一人から声をかけられた。


「もしかして光太郎?」


「はぁ?」


「守田光太郎?○○小学校の?」


「守田は旧姓だけど……」


「俺俺……小島……小島廉」


「えー!あの小島君?」


「そうそう……」


小島廉は僕の手を取って、大きく頷いた。


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