第6話

冨樫との不思議な関係が続いた。

保育園を卒園して、小学校に入学する前に学童に通う事になっても、冨樫は五時には迎えに来てくれた。

ある日同じ学童の小島廉が


「守田」


と僕を呼んだ。


「守田はあの坂の下にある喫茶店の、親戚なのか?」


「うん」


「あそこのオムライス、凄え凄え美味いのな」


「うん。あそこのオムライスは、凄っく美味いよ」


小島廉は学童で、一番の仲良しになった。

僕の保育園から、こっちの小学校に入学したのはほんの僅かだったから、そいつ等は既に仲が良くて、僕には仲良しの仲間はいなかったのだ。


小島廉も帰りが遅くなる。

何時も五時に帰る僕を、羨ましげに見送った。


「とがし」


そろそろ生意気盛りになり始めた僕は、冨樫を呼び捨てにしていた。

だが、いろいろと行儀というか、立ち居振る舞い、言葉遣いに五月蝿い冨樫だったが、呼び捨てにする事は、全く気にかけずに許してくれていた。


「はい」


冨樫は保育園の先生や小学校の先生のように、身を屈めて目線を合わせる事はしなかったが、必ず見下げる格好で僕と視線を合わせた。


「小島君もオレの部屋に呼んでは駄目?」


「こうちゃんは、小島君と遊びたいの?」


「うん。それにオレが帰ったら小島君は、ちょっとの間一人になっちゃうんだ」


「どうして?」


「ずっとオレと遊んでいるから……それから小島君は、冨樫の所のオムライスが大好きなんだ」


「……そうだなぁ……」


冨樫は真っ赤な夕焼けを、目を細めて見て考える素振りを作った。


「考えておくよ……」


夕焼け空に、カラスが鳴きながら寝ぐらに帰って行く。

それを見ながら冨樫は、何時もの様に車のドアを開けてくれながら言った。

翌日冨樫が、何時もの様に五時に迎えに来た。


「光太郎、廉……」


冨樫は小島廉の名を呼んだ。

廉は唖然として冨樫を見たが、先生は当たり前の様に廉にも帰りの支度を促した。


「えっ?どうして?」


「君のお母さんに頼まれてね……ほら、先生もご存知だろう?」


「守田君、小島君また明日ね」


二人は小学校の一室から駆け出した。

廉はそれは嬉しそうに僕の手を取って、それは早く走った。

それからの僕達は、寂しいなんて思う事も無く母の帰りを待った。

否、待っていなかった。ただ毎日が楽しかった。

まるで兄弟の様に、毎日二人一緒だった。

小学校でも学童でも……。

じきに廉の所に妹が産まれ、僕の母が再婚をする事になった為、僕達の毎日は変わっていった。

廉はお母さんが産休に入って、家に居る事になったから、早めにお迎えに来たし、僕はもうすぐ新しいお父さんと住む為に、引っ越すから転校する。

もうすぐ、三年生になる年だった。


「こうちゃん、上で遊んでおいで……」


冨樫は今まで絶対に言った事のない、二階の存在を母の前で明かした。


「ご結婚おめでとうございます」


「えっ?あ、ありがとうございます」


「なかなか良い方の様ですね?」


「ええ、とても優しい人です」


「こうちゃんにも?」


「ええ……懐いてます」


「なら良かった」


冨樫は狐顔の目元を笑ませて言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る