第5話
昼間の喫茶店は、夜の雰囲気とは全然違う。
お客さんも途切れる事がなく、決して広くは無いが、それでもそれなりの広さの店内が満席だし、パートのおばさん達の活気に満ちた話し声や、お客さん達の話し声がざわざわと聞こえる。
「ここにいると寂しくないだろう?……病人にはちょっと騒がしいか?」
冨樫が幾度となく来ては同じ事を言った。
「ううん……」
僕は上機嫌で首を振る。だけど冨樫へ顔を向ける暇などない。
だって、此処にはテレビがあって、そして僕の大好きなアニメのDVDが揃って置いてあるから、ベッドに横たわりながら一日中だって飽きずにいられる。
だから、今も夢中になって見ているから、返事は適当にしながらも、目は向けられない。
冨樫はそんな僕の頭に手を置いて、くしゃくしゃと撫でて出て行った。
時間が経つと店は暫く静かになって、そして再び賑やかになった。
部屋の中が赤く染まると、冨樫が現れてカーテンを閉めて電気を付けてくれた。
「今度二階に連れて行ってあげるよ」
「二階?」
「そう……。君の部屋……」
「僕の?」
「うん……。だけど、ママには言ってはダメだよ。ママはきっと〝そんなの要らない〟って言うからね」
冨樫は優しく言うものの、子供にはそれは恐ろしく見える表情を作って言った。
言ったからボクは自然と頷いた。
「偉いね。男同士の約束は、絶対守らないといけないよ」
冨樫は不気味な笑顔を作って言ったから、ボクは大きく頷いて
「絶対言わない」
と約束をした。
それから暫くして、その約束は果たされた。
不思議な事に、あの高熱を出したあの日から、母が遅くなる時は必ず冨樫が迎えに来て、美味しいジュースと夕飯が用意してあった。
それもボクが好物の物ばかりだ。
仕事で遅くなった母は、やはり此処で同じ物を食べて帰った。
それが本当に遅くて9時や11時になっても、喫茶室は開いていてそして冨樫もコタさんも普通に仕事をしていた。
こんな遅くまで数人だが、お客さんが居るのも不思議だ。
そして、冨樫が言った二階のボクの部屋で、ボクは好きなアニメのDVDを見たり、ゲームをしたりして、母が遅くなる寂しさなど忘れて時を過ごすのだ。
あの、保育園で母を待つ時……。
大勢居るクラスの子供が一人また一人と、お父さんやお母さんが迎えに来て減っていき、数人残って待っている子供が、一人また一人と居なくてなって行く。
その寂しさと時間の経つ遅さ……。
どんどん一人取り残されて行く寂しさ……。
そして最後まで残ると、園児のみならず先生達も居なくなる。
寂しさと不安が、小さなボクを落ち着かせなくする。
教室を出て母の帰りを待つと、数が減って手が足りなくなった先生に叱られる。
手のかかる子、言うことを聞かない子と、顔を顰められる。
落ち着きのない子、問題のある子と呼ばれる様になる。
だが最近は、五時には冨樫が迎えに来てくれているから、ボクの悪評はなくなった。
「こうちゃん、おじさんのお迎えよ」
先生は嬉しそうにそう言った。
言う事を聞かない利かん坊のボクが、早くのお迎えに落ち着きを見せ、聞き分けのいい子になったので、先生もホッとしているのだろう。
それと、見栄えが良く人当たりの良い冨樫は、保育園の先生達にも人気がある。
「光太郎……」
冨樫は先生に世間話しをして、そしてボクを見て名を呼んだ。
「今日もボクの部屋に行ってもいい?」
「当たり前さ。君の部屋だからね」
ボクは嬉しくて走って喫茶店に向かった。
ボクの部屋には、大好きなDVDとゲームが置いてある。
それらは、ちゃんと見終わる頃には新しい物が用意され、子供には無理なゲームは冨樫かコタさんが一緒に進めてくれる。
まるでお父さんが遊んでくれるように……。
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