第9話

あれから廉は、一緒に彼処に行ってみないかと誘ってくれたが、バイトを始めたり勉強やサークルが忙しくなって、結局お互いの都合がつかないまま、僕は彼処の喫茶店に行く事は無く大学を卒業して、東京で就職したものの、勤務地が地方となり、冨樫に会いに行く事も無く日を過ごした。

義父との関係は良好のまま、会社で知り合った後輩の子と付き合う様になり、そして結婚が決まった。

結婚が決まった僕は、彼女を連れて実父の墓参りに訪れた。

父の墓は閑静な田舎にあった。

墓の近くに住んで居る父の両親にも、久方ぶりに挨拶に行くと、めっきり年老いた祖父母がそれでも元気に迎えてくれた。

夕餉をご馳走になり、泊まっていけと言ってくれたが、ホテルを予約してあるので、また来る約束をして車に乗った。


「車で来たのかい?」


「はい。こっちでレンタカーを借りました。どうしても此処に、挨拶に来たかったから……」


「そう?それは嬉しいよ。本当又来て頂戴ね?じいさんばあさんが生きている内に……」


「直ぐ又来ます。それまで元気でいてください」


頭を下げて言うと、祖母は寂しそうに笑顔を見せて手を振った。


「遅くなっちゃっいましたね」


「うん……だけど、来れてよかった」


「光太郎さんのお父さんって、どんな人だったんです?」


会社の後輩だから、結婚が決まっても敬語が抜けない。

そんな所も可愛くて気に入っている。


「優しかったと思うよ……小さい時に亡くなったから、あんまり覚えていないんだ」


「おじいさんもおばあさんも、弟さんもスマートな人だったから、きっとスマートな人だったんでしょうね?光太郎さんみたいに……」


「ふふ……家系かなぁ?母親は今の父と結婚して、幸せ太りしたからね」


光太郎はそう言うと、ちょっと真顔を作った。

大通りを走って東京のホテルへ向かうのに、高速道路に乗ろうと脇道に入って走り続けると、光太郎は見覚えのある景色に驚愕した。


「…………」


ナビに誘われる様に、光太郎は見覚えのある景色を、眺めながら車を走らせた。


……あそこの坂を下ると喫茶店がある……


暗くて街灯しか無い道を走って坂を下ると、その先に煌々と明かりを放つ店を認めた。


「こんな時間に喫茶店?」


「うん」


光太郎は店の奥に、駐車場を発見して車を入れた。


「少し休んで行こう」


そう言うと、ドアを開けて外に出た。

もう、十一時は過ぎている。

駐車場の奥は、鬱蒼とした森林が黒々とそびえる様に見えた。

確かに喫茶店の奥に、この街並みにはそぐわない森林が存在あった。

その森林に合わせた様に庭があり、そして温室の様な猫の部屋が存在る。

それはとても不思議な雰囲気だが、何故だか冨樫やこの店には合っている。


「なんか、感じの良い喫茶店ね」


「子供の頃はね、此処は親戚の店だったんだ」


光太郎は笑みを浮かべて、婚約者の百合を見つめた。


「えっ?今は違う人がやってるんですか?」


それには答えずに光太郎は、以前と全く変わらないドアを開けて中に入った。


「いらっしゃい」


冨樫がカウンター越しに、光太郎に笑顔を向けて言った。

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