透明度の高い筆致、素直で味わい深いドラマ

異世界へ行く話というのは昨今の流行ですが、この話は現実社会の常識を異世界へ移植するようなタイプのものとは全く違う。異世界に不慣れなために感じる戸惑い、その一方で感じる世界への憧憬。

この作者さんが創る完成度の高い世界観が本当に好きです。その舞台の上で問題があったり事件が起きたりしても、世界観は常に維持され、陰に日向に物語を支えてくれているように感じます。ドラマはとても素直な進行ではあるのですが、このぐっと前面に引き出された世界観が本作の大きな個性となって、会話や展開の中に堅苦しくなく織り込まれており、魅力的です。カラーがはっきりしているという意味では、コンピュータゲームとかに近い感じもあってなじみがあり引き込まれました。

そして主人公の「かけたものを探しに行く」という思春期の心情と「かけている」世界のもたらす切なさ。このあたりすごく描き方がよくて引き込まれます。誰だってなくしたものを探してるんだ、だから一緒にいこうよ、って言われているような気がします。

薄い色彩を感じるように見えて、とても深みがある世界。そこで生きるイサムやヒロイン、多くのキャラクターも温かみのあるいい奴らです。こういういい話を書けるのは、やはり乙島紅がいいやつだからでしょう。

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