第4話

「まぁ」


 女性はサンタクロースの人形を手に取った。

 人形のあごひげはなく、ブーツは二足とも破れている。女性は振り返って子供を叱った。


「どうして、玩具箱にあったはずの人形をここに入れたの?」

「分かんない。ぼく、この人形と遊んでないし」


 子供の態度に、女性は呆れて聞いた。


「この子の何が嫌なの?」

「だって、靴が破れちゃった」

「それなら、私が新しい靴を作ってあげるわ」


 女性は人形を畳の上に置くと、子供をたしなめた。


「すぐに捨てようとするのは駄目よ。去年、おばあちゃんからもらったプレゼントでしょう?」


 戸棚を閉めようとした女性の視線の先に、一体の日本人形があった。幾度となく持ち主との遊びに付き合った、この家の最古参になる人形を。

 ガラスケースはいたるところに傷が付き、一面には大きくひびが入っている。

 女性はケースから日本人形を出して、優しく抱いた。


「義姉の人形だから、四十年は経つわね。もう少し明るい場所に飾っておこうかしら」


 その言葉を聞いて、人形の瞳に柔らかな光が宿ったことは気のせいだろうか。




 それから一週間後の夜、俺は寝室の隅に置かれたサイドボードの上に座っていた。

 何の音も聞こえない、そんな部屋の静寂がありがたかった。


 ここ何日か、俺はせわしない日々を送っていた。年末の大掃除で玩具が何一つ捨てられることがなかったため、長老をはじめとする玩具から感謝の言葉を掛けてもらっていたのだ。


 俺は、隣の彼女に視線を向けた。あのお方と呼ばれていた日本人形だ。長老から、長年の功績を称えていつきという名前をもらっていた。

 今では、古びた着物の代わりにドレスを着ている。花をあしらった和服に、袴を連想させるプリーツスカートを合わせていた。

 母親は手先が器用らしい。ちりめん細工で梅の花を作り、髪飾りをこしらえていた。

 日が当たる場所にいることで、斎の微笑む回数が増えてきた。俺は、そんな小さな変化が嬉しくてならない。


「外に出て良かったか?」

「もちろんよ」


 斎は、横に置かれた写真を指で示した。


「あの子の笑顔を、いつでも見ることができるから」


 写真の女性は赤ん坊を抱いていた。溢れんばかりの女性の笑みに、斎は誇らしげに頷いていた。


 玩具にとって、持ち主とともに過ごす日々は宝物のように尊いものだ。ましてや、持ち主の笑顔は生きることに価値を与えてくれる。

 俺はあのちびを眺めた。どんな夢を見ているのか分からないが、すやすやと穏やかな寝息を立てている。

 いつも周りにいる人以外でも、幸せを願う人は存在している。そのありがたさに感謝しろと心の中で呟いた。

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人形の祈り 羽間慧 @hazamakei

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