2人のアサギリ

「ツムギ、ホットワインはいくつだっけ?」

「3つです。あと3人分は、こっちです」


 朝霧JAMでは、2日間の日程終了後、希望があれば1泊分だけオーバーナイトの延泊キャンプができるようになっている。次の日の日程に余裕のある参加者たちは、星空の下、フェスの余韻を胸にたき火の前に集まって、朝霧JAMや、その年に参加した他の夏フェスの想い出を語り合い、ゆっくりと休んでから翌朝帰路に就くのだ。


 コータとツムギ以外のMAKA-MAKAのメンバー達も、キャンプサイトに設えられたキャンプファイア前へと集まっていた。2人は、皆が飲むドリンクを作るために、店舗テントで作業をしている。コータは雪平鍋に注いだ砂糖とシナモン入りのワインを火にかけると、ふぅっと息をついた。


「それにしても、なんとか、本当になんとか切り抜けたな。ツムギ、お疲れ」

「はい。コータ君も。ふふ、本当にいろいろありましたね」

「まったくだ。気楽なタダ乗りのはずだったんだけどなあ」


 コータはここ数日で起こった様々な事を思い返す。


「やべー事もあったけど、……でも、楽しかったなあ」

「はい。ねえ、コータ君、もし、来年も出店するって言ったらどうします?」

「来年? 来年なあ」


 コータはしばらく黙って鍋をかき回していたが、やがて晴々とした声で言った。


「やめとくわ。しばらくは無理だ」

「無理……ですか?」

「ああ、無理だ。今回思い知らされたよ。俺はまだまだだ。皆に助けて貰えなかったら、1日だって乗り切れなかった。いや、参加まで漕ぎつけてねえかもしれない」

「確かに、そうかもしれませんね」


 カクテルを作りながら、ツムギも頷く。


「ああ、それにな、今回やってみて、正直少し欲が出た。今度は親父の、『割烹まかいの』の代理じゃなくて、最初から『Café MAKA-MAKA』としてイチから勝負してみてえ。そしていつかは、はなさく亭さんみたいな、フェス飯の柱になる店舗になってみてえ」

「コータ君……」


 ツムギの嬉しそうな視線に気が付いて、コータは照れたように笑う。


「まあ、でも、それができるのは、あと何年後か分からねえけどな。まだまだだ。その時には、シンタとトビセは名古屋に行って、ミナミもどっかに嫁に行って、ヤスも仕事がしやすい場所に転勤してるかもな。そしたら、また俺とツムギの二人で頑張るしかねーんだけどな」


 ホットワインをカップに注ぐコータを見つめ、ツムギはくすりと笑う。


「そんな何年後かもわからない予定なのに、私は一緒にやる事前提なんですか」

「え? やるだろ?」

「やりますけど」

「よっしゃ! 決まりだ!」


 2人はドリンクを持って、キャンプファイアに向かって並んで歩き出した。赤々と燃えるその行く先には、手を伸ばせば届きそうな満天の星空が広がっていた。


―了―

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フェスめし!! 吉岡梅 @uomasa

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