第2話 空挺攻撃

 貴族軍宿営。南西部侵攻を開始して約一ヶ月。

 総指揮官、ゴドブロワ中将は憔悴しきっていた。いや、彼のみならず参集している、各指揮官と参謀も同様だった。

 戦況図には、南西七都市の内、三都市に貴族軍の旗が置かれている

 中将が絞り出すように声を発した。


「我等は、勝っている。勝っている筈だ。少なくとも殆ど兵を損なわず、三都市を陥落させた。これは快挙と言っていいだろう。何しろ、相手はあの『策士』と『聖女』なのだ」


 自分自身に言い聞かせる――いや、まるで哀願。

 宿営内の空気は重苦しく、死刑台に向かう前の受刑囚のそれ。

 中将よりも疲弊し、目の下に大きな隈を作っている兵站幕僚が感情のない声で発言する。


「……兵站部として進言いたします。撤退すべきです。我が軍は一見、勝ってるように見えますが、破滅に向かっています」

「馬鹿なっ。日々、我々は前進している。このままいけば、グ・オンまで後一ヶ月程で到達出来る!」 

「逆です」

「逆だと?」


 声を荒げた参謀長へ、兵站幕僚は静かに告げた。

 他の将官達は煉獄の蓋が開く瞬間を待っている。


「…………我等は、順調に侵攻しているように見えます。が、内実は火の車。進めば進む程、補給線は伸び続けています」

「だが、各都市で物資も手に入っている。今のところ、飢えを気にする段階にはない!」

「……確かに。現段階ではそうです。しかし、一ヶ月後はどうでしょうか? 各都市において我等が徴用出来る筈だった労働者は、当初予定の約二割。結果、配分に多くの兵員を奪われています。更に幾らある程度、物資を接収出来るとはいえ、全ては奪えません。都市の住民は我等の敵ではなく、帝国臣民だからです。兵站部の計算では、グ・オンに辿り着いた我等は、戦わずして、戦闘力を損失しています」

「っぐっ! だ、だが、補給線を維持し、増援を受ければ」 

「…………先程、報告を受けました。公爵領と我等を繋いでいる各大橋と、主要街道全てが崩壊しました。短時間で復旧は困難。つまり、大規模増援は不能です。また、後方に置いていた各補給基地の悉くも、敵軍の攻撃を受け物資は焼き払われました。例の空中から、兵が降り、すぐ退く連中による仕業です。幸い、前線の物資は潤沢ですが、それだけです。なくなれば補充はありません」

『っ!!』


 各将官達の顔に絶望が浮かぶ。

 理解が追い付いてきたのだ。

 ―—前線は飢える程ではない。叛乱軍が籠るグ・オンへの侵攻も可能。

 が、補給線は遮断され、後方に後置していた補給基地も叩かれた。

 潤沢に想えた手持ち物資も、これから数ヶ月戦い続けられる程ではない。かといって、各都市から根こそぎ徴発を行えば……南西部の各都市と村々は全て敵に回るだろう。侵攻軍は孤立する。

 兵站幕僚は立ち上がり、中将へ頭を深々と下げた。


「……閣下、ご決断を! 今なら、まだ撤退は可能です。前進は、我が軍の破滅に繋がるものと、小官は確信いたします」

「…………少し、考える時間をくれ。皆、御苦労だった」


※※※


「ん~こんなものかな~。傑?」

「おうよ! 撤収準備だ! 怪我人はいねぇな? 大尉」

「はっ! 戦死者、負傷者共、零であります!」


 貴族軍某後方補給基地。

 警護していた貴族軍部隊を蹴散らした、新見とわ率いる奇襲部隊は、今夜もまた無傷で全ての物資を焼き払っていた。

 柚子に直接選抜され、この戦争を生き抜いてきた彼女達はただでさえ精兵中の精兵。しかも、そこに共和国製の最新鋭防御宝珠や、試製魔剣等々をこれでもかっ、と供給されており、その戦闘能力は著しく向上している。

 魔短剣をくるくる回しつつ、とわが呟く。


「ほ~んとっ、柚子っちって過保護だよね~。こんなのなくたって、大丈夫なのにさ~」 

「ほー……」

「傑? 質問なんだけど」

「ん? 何だ?」

「どーして、メモしてるの? それをどうするつもり??」

「そんなのは決まってるだろ? 柚子に、とわが文句を言ってたと報告」


 瞬間、光速の斬撃が放たれた。それを悠々と躱しつつ、傑はメモを続行。

 とわはむきになる。


「かーわーすーなっ!!!! わ、私、柚子っちに、文句なんか言ってないっ!」

「だとさ。大尉、どう、思う?」

「ほ、本官には分かりかねます――新見隊長、通信宝珠より連絡が」

「! 貸して!」


 大尉から渡された宝珠を受け取ったとわは「うんうん、こっちは終わったよ! え? 蛍達は二拠点目?? ぐぐぐ……わ、私達だって――え? あ、うん……も、もう~柚子っちたらぁ。えへへ。うん、りょーかいっ」。

 傑と大尉が目で会話。『今晩の仕事は仕舞いだな。柚子のことだから、また美味い物、食わしてくれる筈だ』『はっ! 兵達が喜びます!』。

 通信を終えたとわが、大尉へ宝珠を投げて来た。


「撤収するよ。すぐに、『カストル』が来るって」

「はっ!」

「とわ、柚子は何だって?」

「うん~。後方の補給基地はあらかた潰したって~。あと、大橋と街道も全部落としたって」 

「予定通りだな」

「うん、予定通り。出来れば、これで撤退してほしいって、言ってた」

「……すると思うか?」

「しないね。帝国の貴族って馬鹿だもん。状況は理解してても――柚子っちが何を考えてるかなんて、想像すらしてないよ。どーせ、グ・オンまで進むと、物資不足で瓦解する~、とかが限界だよ」


 淡々と評するとわ。先程までは、ぴょんぴょん跳ねながら、通信宝珠で会話していたとは思えない程、冷たい表情。異人達の中でも最も過酷な戦場を生き抜き、仲間以外は信じない歴戦の前線指揮官のそれだった。


「さ、帰るよー。帰るまでが戦争だからねー。甘く見て、戦死とかしたら、無理矢理生き返すから、そのつもりでいて!」

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剣星様は甘やかしたい! 七野りく @yukinagi

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