第1話 野戦昇進

「ここが……グ・エンだと?」


 馬上の騎士は、急速に形を変えつつある、かつての帝国辺境都市を見て絶句した。

 左頬には、治癒魔法でも深すぎて消しきれなかったのか大きな傷跡。

 驚愕している彼の後方には数百名の兵士達。


「フォルクハルト隊長、こいつはいったい……負けてるって話だったから、てっきりもっと荒んでるもんなんだと」 

「分からない。が――間違いなく、彼女が関わっているのだろうな」


 近寄って来た、強面の男――ボロボロの軍服には帝国軍曹長の階級章をつけている――へ、フォルクハルトは素直に答えた。

 分かる筈などない。

 グ・オンの郊外は、凄まじい勢いで野戦築城が進んでいた。

 老若男女関係なく、大勢がせっせと土を掘り積み上げている。同時に、魔法士は石壁を形成し簡易要塞? のような施設を次々と形成。

 都市内には無数の飛空艇が、絶え間なく行き来している。帝国軍にはこれ程の数の飛空艇は開戦前ですら存在しなかったから、おそらく共和国の船なのだろう。

 フォルクハルトは断言した。


「彼女達は勝つつもりだ。少なくとも、負けるつもりなど更々ない。私達にもどうやら……復仇の目はまだ残されているようだぞ、曹長」


※※※


 案内されたのは、司令部に使われている古い建物だった。

 ひっきりなしに、連絡士官が行き来し、大声が飛び交っている。その声色は明るく、また希望に満ち溢れている。

 人をかわしながら案内された部屋へ。

 中に入ると、少女――『賢者』咲森小絵が尋常ならざる速度で書類に目を通し、決済していた。


「失礼する」


 ファルクハルトが声をかけると、少しだけ頭を上げた。

 ぶっきらぼうに口を開く。


「遅かったわね」

「すまない。色々あった」

「そ。ま、いいわ。見ての通り、。悪いけど、あんたの身にあったことを一々聞いてる暇はない」

「分かっている。が、一点だけ――柚子森柚樹からの伝言を預かっている。『心配しないで。僕は元気です』。……酷く、遅れたことを謝罪する」


 深々と頭を下げる。

 ――くぐもった笑い声。


「あーそうよね。あんたって、そういう人だったわよね。柚子が気に入るわけだわ――伝言は確かに、受け取ったわ。感謝します。その礼よ。この瞬間からこれを付けなさい」

「?」


 笑いながら、『策士』が小箱を投げてきた。

 ファルクハルトはそれを怪訝な面持ちで受け取り、開け――絶句した。


「咲森殿、これは……」

「否、とは言わせない。あんたは遅れた。決定的に遅れた。けれど……良かったわね? 本当の戦争には間に合った。あの子の読み通り。よっぽど、信頼されたみたいね? ふふ、呪うなら、あの子に出会ってしまった自分の不運を呪うのね。悪いけど、これからの方が大変よ。あの子は私なんかよりも、ずっとずっと厳しいから」

「あの子……? ! まさかっ!」

「――ファルクハルト中佐。貴方をさせ以後、中将とし、残存帝国軍総司令に任じます。これは、共和国遣西部隊総司令、柚子森柚樹からの直接命令。キャロルからの信任状もあるわ」

「!」

「では、ただちに行動を。思う存分、好きにやりなさい。少将も来てるわ。ただし、そんなに時間はないわよ? 大した戦闘にはならないだろうけど――用心には用心を重ねるべきね」


※※※


 部屋を出て、暫し呆然とする。

 自分が帝国軍中将で、総司令……そう言われてもまるで実感が湧かない。

 無論、帝国軍人として義務は果たす覚悟は出来ているが……。


「ファルクハルト!」


 振り向くと、そこにいたのは幾分か痩せたかつての上官。頬は大きくはれ上がっている。

 その後方には、若い女性士官。


「コードウェル少将! ご無事でしたか。その頬は?」

「気にするな。お前さんも無事で良かった。『策士』には?」

「今、会いました……ですが……」

「どうした?」


 ファルクハルトはたった今、告げられたことを少将達へと話した。

 二人は、顔を見合わせ黙り込む。


「小官は非才の身です。とても、そのような重責に耐え得るとは思えません。どうか、閣下の口からもその旨を」

「……ファルクハルト――。それには応じられません。小官は、それを歓迎いたします」

「閣下!?」

「…………受けろ。いや、最初から受けるしか道はもうないんだ。この国を、俺達の祖国を救う為に、あいつが、柚子森の奴がそう判断した。なら、俺達がどうこう言える話じゃない。地位が人を作る。そして、お前には軍才がある。なら、相応しいさ。何より……あいつらに、無理矢理召喚した子供達に、国の命運を押し付け、結果それを見捨てた俺達みたいな奴が、上に立っちゃいけねぇんだ」

「閣下……」


 ファルクハルトは、沈痛な表情を浮かべているかつての上官を見つめた後、小箱に目を落とした。

 そして


「…………分かりました。非才の身ではありますが、全身全霊にて務めさせていただきます。御助力願います。軍編成についての指針は?」

「今のところない。コーラル及びコーエン生き残り部隊の内、最精鋭部隊は柚子森の直轄部隊に置かれ、姿を消した。残りの部隊は『策士』直轄だ。兵站については『聖女』が統括を務めている。生き残った兵站幕僚で目端が利くもんは全部あっち行きだ。都市内外の様子は見たか」

「はい。あれは、いったい……?」

「見た方が早い」

「少将、わ、私は」

「お前は、『策士』のとこにいけ。出来る限り、負担を減らすんだ。総司令に殺されちまうぞ?」


 

 ファルクハルトと少将は、外に出た。

 都市の中心には広大な発着場が築かれ、小型の運搬飛空艇が延々と木箱を下ろしている。どうやら、元々あった建物を解体してまで面積を確保したようだ。

 木箱が下ろされる度、多くの人々がそれを運んで行く。中には女子供の姿も。 

 皆、生き生きとしている。


「……閣下」

「閣下は止めろ。お前の方が階級は上なんだ。兵が見ている」

「……これを、彼が……あの少年が成し遂げた、と?」

「ああ――ファルクハルト中将閣下。あいつは、柚子森柚樹総司令は、俺達が思っているなんかよりも、遥かにとんでもない奴でしたよ。おそらく、あいつがあの時、橋から落ちず帝国に残っていれば……俺達は今頃、魔王城で祝杯をあげていたくらいには」

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