かな漢字変換で言語が変化していくさま


最初にお断りしておく必要があるのだが、まず私は『正しい言葉づかい』という類の概念に対して、非常に無頓着である。


いや、言うまでもないか・・・


このコラムを通じて『私の書いた文章』を読んでくださっている方にとっては、むしろ自明のことであろう。

というか、『何を今更?』かもしれない。


ともあれ、個人的に重要なのは『情報がよく伝わるか』どうかであって、それが歴史あるフォーマットに則ったものかどうかは、本当のところどうでも良い。


したがって、長い年月の間に意味が変容したり、異なる解釈が並立してしまっている単語や用法に関しては、現時点で『受け入れる人が多い方たすうけつ』を使用すればいいと考えている。


代表例は、多くの人が使う「確信犯」という単語だ。


これを『自分は正しい行為をしたと信じ、悪いことをした自覚のない人』と解釈するよりも、『悪いことだとわかっていながら目的のために実行した人』と解釈する人の方が増えている現在、前者の意味でこの言葉を使用する場合は、あえて『本来の意味での確信犯』といった回りくどい表現を使う必要を感じる。


あるいは、適当に対応を済ませてしまう「おざなり」と、成り行き任せに放置しておく「なおざり」も、そう遠くないうちに一体化というか区別がなくなってしまうのではないかという気がするし、「やばい」という表現も、かつての『非常によろしくない状況』だけから、良悪無関係なく『凄い』『面白い』『素晴らしい』にまで適用範囲が広がっているようだ。


またよく言われる『ら抜き表現』でも、「見れた」を能動的なシーンに使い、「見られた」を受動的なシーンに使い分けるというのも、誤用云々ではなく、より意図が伝わりやすくなる進化のように思えたりする。


こういう変化は実に興味深い。


漢字は、それそのものが固有の意味を持っていることが多いので、明確な「誤字・誤用」は情報が伝わりにくくなるという点で気になるが、送り仮名の振り方のように誰でも読み取れるブレ幅であれば好みの問題だと考えている。


(それに、威張るわけではないが、大体、私自身が誤字脱字誤用のオンパレードなので、人のことをとやかく言える立場ではない。)


ともかく、言語は社会で共有する記号であり、「正しい」というのは『意図通りに情報を伝えられる可能性が高い』と同義だ。

したがって私の感覚では、表記や用法のブレが存在する場合、『過半数の人に伝わりやすい方の表記』が「正しい表記」である。


本質的に、言葉は時間とともに混じり合い、変化していくものだ。


そして、コミュニケーションには「ゆとり(緩衝と許容)」が必要であり、過度な厳密さは助けにならないどころか、むしろ効率を著しく悪化させる。


極端に言うと、完全な論理性を持ち得ない「人間同士」のコミュニケーションに対して厳密性を求めるのは、『最後の一辺が嵌るまで意味が確定しないジグゾーパズル』をコミュニケーションツールに用いて会話するようなものだと思う。



昨今、日本語に限って言うと、「文体」や「用語」の変化は『かな漢字変換』と言う特殊な仕組みによって、面白いほど簡単に引き起こされるようになった。


かな漢字変換システムの凄いところは、利用者の知識に存在していない漢字や慣用句を、容易に引っ張り出して当て込める事だ。


しかし「知らない文字」を利用できるという仕組みは、裏を返せば「よく知らないまま使えてしまう」ということでもある。

もちろん、ITの役目はそういう人間の労力を肩代わりすることにあるのだから、それ自体は良いことだ。

私も今更手書き文字で「薔薇」とか書くのは面倒に感じるし、差し支えがなければカタカナ・ひらがなで済ませてしまうだろう。


ただ、よく知らないということは「チェックが不可能」ということになり、それは、手書き文字の時代にはあり得ないほどの言葉づかい・文字づかいのバリエーション(従来の表現で言えば『誤字・誤用』とも言うが・・・)の洪水を生み出している。


特に面白いのが「クラウド変換」と言うか、ユーザーの変換処理の傾向をサーバー側に吸い上げていき、その学習結果をみんなで共有し合う機能を持っているタイプの入力システムだ。


スマホの普及で頻繁にSNSへの書き込みやメッセージのやり取りを行なっている人々が増えている現在、結果として、その時点で流行しているバズワードや、連日ニュースのネタになっている芸能人の名前、スマホ文化特有の略語などが、変換候補のトップに表示されると言うことが、容易に引き起こされる。


スマホのタッチパネル上に表示された小さな仮想キーボードと、その使いにくさをカバーするための「推測変換」の合わせ技なのか、とんでもない誤変換がメールやSNSの文章としてそのまま送信されるケースはかなり多いようだ。


機械学習では、『間違ったインプット』が与えられれば、『間違った学習』を行うことは自明である。

それは、多数決というか、最大多数のニーズに答えるという意味では必ずしも間違っていないのかもしれないが、徐々に言語に関する奇妙な集合知を形成していくだろう。


そうして、かつて聞いたこともない(見たことのない)言葉遣いや単語が、次々と目の前を通り過ぎていく。

それらの多くは、単なるエラーとして一瞬で消えてしまうのだろうが、いかなる偶然か、なぜか生き残って定着する言葉も僅かにある。


繰り返しになるが、そもそも言葉とは、そういう「うつろう」性質を持っているものだと言っていいし、現代使われている言葉にしても、正確な語源などはっきりしないものも多い。


言葉は、文化や社会を支えるために必要な道具であって、逆ではない。


決して、正しい言葉づかいを伝承するために社会を営んでいるわけではないのだ。


私の古い感性で見てのことではあるが、ネットで妙ちくりんな言葉遣いや、意味不明な(指している対象と文字や音の関連性が全く想像つかない)単語が飛び交っていたりするのを見つけると、だからこそ、思わずニヤリとしてしまうのである。


変化はいつだって面白いものを連れてきてくれる。


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< なぜ、「確信犯」という言葉の意味が真逆に変化したのかを考察するのは非常に興味深いのだが、ここでは置いておこう。>


< こと『対話』に限って言えば、今ではPCのキーボードで文字を打つよりも、スマホで文字を打っている人の方が遥かに多いのだろう。もはや、テキスト入力の標準デバイスは物理キーではなくタッチパネルである。>


< ちなみに、わいせつ単語や差別用語など社会通念上好ましくない言葉を、かな漢字変換システムにおける変換候補として表示_させない_と言う動きが一部で話題になったこともあるが、ここで論じているのは、そういった「意図的なバイアス」のことではない。まあ、政治的指向性を持ったかな漢字変換システムというのは、ちょっとばかりゾッとする存在ではあるが...>

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