07:Hawk - Lore Detective office
あれから無事、柳ヶ瀬口裂け女出没事件は解決し、鷹野は平穏な日常を送っている。――最も彼にとっての平穏とは、言うまでもなく余人にとっての非日常そのものなのだが。
「見て見て!! 再生数二十万だって!! ぬこぬこ動画のデイリー一位だよ! お兄ちゃん!」
と、はしゃぐのはお馴染みの姫乃。俄に話題となった口裂け女探訪の実況は好評を博し、ソレ絡みの収入だけで暮らしていける程度には、鷹野ロア探偵事務所の財政は潤っていた。
「ふっふーん! しかもこれから姫乃は、口裂け女・夏祭りのコラボレイターとして活躍しちゃう訳ですから、お兄ちゃん、これって褒めて貰う所じゃない???」
さらに僥倖にも、柳ケ瀬商店街から直々にオファーを受けた姫乃は、今年の夏祭りの司会役まで仰せつかるまでに至っている。今日日、下手な芸能人やお笑い芸人を使うより、手軽に集客を期待できる人気Vtuberは、あっちこっちに引っ張りだこだ。これは確かに、何かボーナスでも支給しなければと鷹野とて思う所ではある。
「ああ凄いよヒメ。休暇だと思って一緒に楽しもう。ご褒美は何が良い? 流石になにか買ってやるぞ」
「ええーーー、じゃあ姫乃、ウェディングドレスがいいなあ。生放送でカレシできちゃった報告したら、皆驚くよきっと!」
成る程。元々が可愛らしい姫乃の事だ。口さえ開かなければ馬子にも衣装。ドレス姿も中々に似合うのではと一考を巡らせる鷹野だが、背後から立ち上る怨嗟めいたオーラに背筋を震わせて振り返る。
「随分と仲が宜しいようですね姫乃さん? ですけれど残念、お兄様はわたくしと結ばれる運命にあるのです。トイレでしか姿を現せない貴女と違って、ほら――、わたくしはこう、お兄様の手を握る事が出来るのですから」
カシマレイコである。穏健なる武闘派、怨敵を抹殺するがゆえに平和主義である元ビーレフェルト。彼女が出張るからには、さしもの姫乃も縮こまる以外にない。
「ふ、ふーんだ。トイレにしか出れなくたって、姫乃にはお兄ちゃんとの深い深い絆があるもん!」
逃げるように厠のドアを閉めた姫乃は、恐らくVR空間の何処かに隠れてしまったのだろう。こうなるとさしものテケテケと言えど、追いかけるのは難しい。
「あら、お邪魔虫が退散した所で、それじゃあお兄様、わたくし達の時間という事になりますわね」
フフフと冷笑を浮かべるカシマレイコに慄きつつも、なんとか逃げる術はないかと辺りを見回す鷹野。すると空気を察したのか、つい最近入ったばかりのお人形さんが、テレビをつけて沈黙を打ち破る。
「あ、今日もやってますよー。柳ヶ瀬商店街、口裂け女の怪。大人気ですねー」
と、これ見よがしに呟くのは人形姿のメリーさん。せっかくだから気にいったボディをと提案した所、一体十万円は下らないドールを指し示され、泣く泣く躱された鷹野だったが、今となっては「生気を帯びた人形ならざる表情」が話題となり、インスタのフォロワーも結構な数になっている。その御蔭でドールメーカーのパッケージも飾る事となり、さしあたっての金策を考えずに済むようになったのは鷹野にとっては幸いだった。
「お、まだ熱覚めやらぬといった所かー。レイちゃん、岐阜に行ったらどこ見に行くか、今から考えておこうよ」
ともあれメリーさんの機転で窮地を脱した鷹野は、体よく話題を観光に逸らしつつ、レイコの手を引いて居間へ向かう。家の中では車椅子に乗る必要の無いカシマレイコは、この時ばかりは上半身のみの姿である。
「あら、気が早いですわね……お兄様。岐阜といえばわたくし、白川郷へ行ってみたいですわ。なんでもひぐらしのなく頃には怪談めいた事件が起きるとか起きないとか。ぜひ、ぜひ二人でご一緒いたしましょう」
おいおいレイコ、それは都市伝説じゃないぞと内心では返しつつも、まあ重い話は避けられたのだからと胸をなでおろす。あとはもう一人のメンバーを待つだけの筈だが、と。鷹野は腕時計に目を落とす。
「マスター。あと一分で彼女が来ます。盛大にお出迎えするご準備を」
と、その事に気づいたのかニノが声をかけてくる。そう、今日は岐阜のお祭りに居なくてはならないメンバーが、病院から退院する日。仕事で手を離せなかった鷹野は、代わりにニノに、彼女の道案内をお願いしたのだった。
――シャンパン、ケーキ、クラッカーに輪飾り。ベタな、だけれど彼女は体験した事のないであろう諸々を取り揃え、鷹野は彼女を待つ。依代となる遺体を手にし、同調の確認までし終えた彼女。たぶん今の彼女なら、キレイ? と問うても誰しもがこう返すだろう。――キレイだ、と。
ゆっくりとドアが開き、おずおずと女の子が顔を出す。その口にはマスクが掛けられていて、だけれど身体は、赤いコートの代わりにシャツワンピースを纏っている。
「あ、あの……お久しぶりです、皆さん……こんにちは」
「お久しぶり。元気だったかい」
鳴らされるクラッカーに戸惑いながらも、少女ははにかんだように微笑んで見せる。ああ、これからもきっと、この笑顔を見たいが為だけに、鷹野ロア探偵局は日々を紡ぐのだろう。
――
遺聞奇譚<ロストロア>探偵局 鷹野ロアの事件簿 糾縄カフク @238undieu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます