06:Last - Lore

 繁みの中を走りながら想う。

 なぜアイツだけが愛されるのか。

 なぜワタシだけが愛されないのか。


 生まれてこの方、恐れ以外の眼差しで以て、キレイだなんて言われた事がない。それはそうだ。身長二メートルの、それも口が裂けた大女が、キレイでカワイイ訳がない。


 だから、アイツが憎かった。

 同じ口裂け女であるにも関わらず、生まれた瞬間から愛されていたアイツが。


 こっちはもう忘れ去られる寸前だというのに、あっちは皆から必要とされ、愛され、慈しまれている。この差はなんだ。同じ口裂け女だというのに、この運命の雲泥たる差は。


 さっき斬られた腕が痛い。こんなにも嫌いな顔なのに、それでも咄嗟に庇ってしまった自分が可笑しい。哀れで惨めで、馬鹿馬鹿しく嘆かわしい。


 昨年の夏、遠くから眺めた祭りの灯りが恨めしかった。輪の中で愛されるアイツが、羨ましくて仕方なかった。怖がられてなどいない、キレイでカワイイと持て囃される、その外に立つだけの自分が厭わしかった。


 ワタシもあの輪の中に入れたのなら。だけれどそう去来する思いは、オマエは彼処に似つかわしくないという現実によって突き崩される。ワタシは醜い。醜くて恐ろしく、どうしようもなく愛されない。


 せめて愛されたかった。たぶん、ワタシの願いはそれだけだったろう。生まれてきた事を心から祝福されて、そうして満面の笑みで応えたかった。だから恐らく、憎悪の如き執念で以て、人の前に姿を現し続けたのだ。


 だがそんな願いがもう届く事はない。ワタシは死ぬ。ワタシという口裂け女は、今宵を以て消えてなくなる。残るのは皆から愛される、あの街にとって必要な口裂け女だ。


 悔しいが、仕方ない。腕からの出血は止むことを知らないし、意識もどんどんと薄くなっていく。誰からも必要とされなかった物語が、ただ自らを欲するがゆえに支え続けた僅かな自我も、あと幾許で泡沫の如く闇に沈む。


「ワタシ……本当は……」


 ああ、みんなと一緒に遊びたかった。あの輪の中で踊りたかった。愛されたかった。必要とされたかった。誰からも怖がられず、誰からも可愛がられたかった。


 暗闇に手を伸ばす。応える者はいないと知りつつも、ぽろぽろと零れ落ちる想いの出口を求めるように、赤いコートに包まれた腕が……誰かに、掴まれる。


「?!」


 瞬間、女は困惑した。一体誰なのだ。この終わりの間際に、ワタシの手を握りしめるのは、と。


「その手を伸ばせ――、キミはまだ、忘れ去られない」


 聞こえる。声が。感じる、体温を。

 誰ですか、誰ですか、まだワタシを呼んでくれる、あなたは。


「ワタシ……綺麗? お願いします……教えて下さい」

 

 幻聴でもいい。ウソでもいい。最後の最後、誰でも良いから、ワタシを認めて欲しい。女は必死に希いながら言葉を紡ぐ」


「ああ、綺麗だよ。だからキミは、死んじゃ駄目だ」


 ああ……嗚呼……聴きたかった、その言葉を。恐れの中でなく、慄きの中でなく、ただ対等の、一人の人として。


「私……綺麗なんですね……よかった……よかった」


 何度でも、何度でも、いいや何千回でも囁いて欲しい。そして、これが私の終わりならば、それも悪くないなと女は笑みを浮かべ、意識は急速に閉じていった。

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