ヴァンパイア式英才教育の話

 んーなんだ。オレになんか用か?

 異種族について聞いてまわってる?

 アンタ妙なことしてんなあ。でも、ちょうどよかった。


 ちょうど人に話したくて仕方ない話があんだよ。

 え? だったら話せばよかっただろ? って。


 そう言われてもなあ、話そうにも相手が相手っていうか……。

 あんまり公には言えねえんだけど、ヴァンパイアの話でさあ。


 そう、ヴァンパイア。

 アンタだって王都で暮らしてんなら見たことはなくても、噂聞いたことぐらいはあんだろ。

 あいつら、テリトリーから出てこないわりには噂で回ってるからなあ。主に悪口だけどよ。

 あそこまで嫌われてると逆に感心するよな。人間だけじゃなく異種族にもだしよ。


 でも、気持ちは分かるよなあ……。あいつらほんっと偉そうだし、他の種族見下しすぎ。

 たしかに、あいつら面はいいよ。

 王都で高級な服身に着けた美形は、ほぼヴァンパイアだからな。これは冗談じゃなくホントの話だぞ。

 声かけるとだいたい「気安く話しかけるな、人間」みたいなこと言われるからな。


 声かけたのかって?

 そりゃかけるだろ。あいつらホント見た目はいいんだぞ。あんな美人なネェちゃんいたら、声かけなきゃ男がすたるだろ。


 結果?

 さっきの話でわかんだろ。返事してくれたらいい方。だいたいは視線も合わせずに完全無視よ。

 ほんと態度わりぃっていうか、お高くとまってるっていうか……でもほんとに面はいいからよぉ……遠くで眺める分にはいいよな。

 関わり合いにはなりたくねえけどな。


 面だけはいいって言ってたのに? って、そりゃ面はいいけどよぉ……中身がアレだし、なによりヴァンパイアって種族がいけねえ。

 人間のための、人間による国。なんて言われてるけどなあ、人の国の権限を握ってるのはあいつらヴァンパイアだよ。

 人間はあいつらに逆らえねえ。機嫌損ねたらどうなるか。


 オレらを他種族から守る。って名目で王都に陣取ってるけど、ホンネは楽に食料確保したいだけだろ。

 あいつらがその気になったらオレたちなんて、あっさりあの世行きよ。

 何しろ上位種だ。下位種にだって勝てないオレらが、異種族の中でも上位のヴァンパイアに勝てるわけねえ。


 そんなわけでな、オレは人に話したくて仕方がなかったんだが、言えなかったんだよ。

 万が一噂が広まって。オレが話したなんてバレてみろ? どんな目にあうか想像もしたくねえ。一滴残らず血を飲み干されて、川に捨てられるかもな……。


 え? 見るからにマズそうだから、せいぜい殴るくらいだろって。

 お前……見た目のわりに口わりぃな……。

 たしかに健康的とは言い難いけどよぉ……。ヴァンパイアはグルメっていうしなあ……ワンチャンそこに賭けるか?


 ここまでもったいぶったけどなあ、ホントはしゃべりたくて仕方ねぇんだよ。

 何しろ、とんでもねえもん見ちまったからな……。

 これを胸の奥に秘めておくなんて、オレには無理だ。何より精神衛生によくねえ。

 

 元からマズい血がさらにマズくなるな。って、アンタほんと口わりぃな……。

 でもたしかに、これ以上マズくなるのはオレも避けてえな。

 最近どうにも眠れねえし、洗いざらい吐いちまった方がいいかもしれねえ。


 そうだな……まず、話を始める前に聞きてえんだが、魔物って知ってるか?

 何か気持ち悪いやつだろ。って、間違ってはねえけど、アバウトすぎねえ?

 

 一つ目のコウモリみたいな羽が生えた、丸っこいやつな。でもって手なんだか、しっぽ何だかわかんねえ、触手みたいなのが生えてんだ。


 そこが特に気持ち悪い? その感覚は正しいな。

 魔物ってのはあの部分を生き物の脳みそにぶっ刺して殺して、そのまま体をのっとちまうんだ。そうして生き物の魔力を吸い上げ、ため込む。ため込めばため込んだほど大きくなるらしい。


 っていっても、せいぜい大きくなってもウサギ程度。それ以上の大物は、滅多にお目にかかれねえ。大概その前に人間に駆除されるか、異種族に食われちまうからな。


 ああ、異種族はアイツを食うんだよ。人間の俺らからすると信じられねえよな。

 あいつらがため込む魔力って、とにかく高濃度で純度が高いんだと。だから魔力を重視する種族。

 さっきから話題に出してるヴァンパイア。あいつらにとって、魔物ってのは高級食材なんだと。


 理解できない? 

 だよなあ……オレも分かんねえ。よくあんなもん食おうって思うよな……。

 しかもなあ……いや、この話は最後に言った方がいいな。


 気になるって? 話ってのはちゃんと順序ってものがあるんだよ。 

 心配すんな。最後にはちゃんと話してやる。

 きいた頃には聞かなきゃよかった。って思ってるだろうけどな。

 

 じゃあ、話に戻るぞ。

 実はオレの仕事っていうのは、魔物を捕獲して異種族に売る事なんだよ。

 そんな仕事あんのかって?

 一般的とはいえねえな。魔物探して、人里離れた山奥とかに入るし危険ちゃ危険だけどよ、稼ぎはいいぜ。


 ヴァンパイアってのは偉そうだけどよ、金払いはいいんだ。

 質にはうるせぇけど、十分なものをもってけば、それ相応。機嫌がよければそれ以上に奮発してくれる。

 商売相手として付き合うにはいい相手だぜ。


 人間同士だと騙されるってことあるだろ? 最初の契約と違うとか、何だかんだ文句いって報酬くれねえとか。

 ヴァンパイアの場合はそれがねえ。

 格下から奪う。っていうのはアイツらにとっては恥ずべき行為なんだとよ。だから嘘はつかねえし、働いた分はキッチリ払ってくれる。


 だからオレはな、こう見えて高給取りなんだよ。

 そうは見えない? アンタほんと思った事ハッキリいうな。

 まあたしかに、金稼いでるわりには残ってねえけどな。

 何でって、全部すっちまうんだよ! ギャンブルで!


 クズだな。って、ほんとハッキリいうなあ……。

 でもまあ、確かに。今はもうちょっと真面目に働いとけばよかった。って思ってる。

 オレは昔っから金使いが荒くてよぉ。だから、大金稼げる魔物ハンター始めたわけなんだけどよ……。真面目にコツコツ生きてれば、あんなもん見なくてすんだんだよな。って思うわけだ。


 さっきから勿体ぶるなって。

 わりぃ、わりぃ。もうちょっと話付き合ってくれよ。

 あの日はよぉ、いつもより質のいい魔物が捕獲できたんだ。


 魔物って全部一緒に見えるだろ? 

 けど、ちげーんだよ。あいつらにも頭いいのと、悪いのがいんだ。でもって、頭いいやつの方が質のいい魔力蓄えてんだよな。

 そのうえで、大きさもそこそこあったら大物よ。高値で買い取ってもらえる。


 その日捕まえた魔物はほんと上物でよぉ、魔力の質も良ければ大きさもいい。

 これは高く売れるぞ! ってオレは大急ぎで、ヴァンパイアと仲介してくれるギルドまでいったわけ。


 分類としては食品だからな。鮮度が大事なんだ。

 死んでると魔力がほとんど体外に流れちまって、意味がねえ。ケガさせてもダメ。ケガ治すのに魔力を使っちまって、量が減っちまう。

 だから、出来るだけ無傷で捕まえなきゃいけねえんだけど、これが難しい。

 けどな、あの日は上物を無傷はとらえることができたんだ。これは幾らになんだろな。って有頂天だったよ。


 ギルドの奴も、ここまで上物は久しぶりにみましたよ。っていうしさ、鼻高だよな。これを捕まえたのはオレなんだぞ。すげぇだろ。って気持ちよ。

 ほんっとあの時はいい気分だった。

 そのまま終わってれば、今頃オレは上機嫌でギャンブルしてたんだろうけどよ……。こんな場所で意味もなくぼーっとしてる時点で分かんだろ。

 人に話たかったってのはこの後よ。


 ちょうど魔物が欲しい。って言ってたヴァンパイアが、とにかく上物を鮮度の高い状態で。って依頼してたんだと。だから、そのまま魔物を屋敷まで運んでくれ。ってギルドの奴に言われたんだよ。

 ふつうはそのままギルドに預けて、その後ギルドの奴がヴァンパイアのテリトリーに運んで。って、それなりに時間がかかんだ。

 その手間を省いて、直接もってこいだと。さすがヴァンパイア様。って感じだろ。


 でも、その分報酬は上乗せするって聞かされたから、その時はラッキーって思ったんだ。

 ちょっとヴァンパイアの屋敷まで直接持ってて、手渡しすりゃあ報酬にボーナスつくんだぜ。行くしかねえだろ! って俺は、鼻歌交じりにヴァンパイアのテリトリーまで行ったわけよ。


 アンタも知ってるだろうけど、ヴァンパイアのテリトリーってのは王都にあるけど、もう別の国扱いだからな。

 人間なんて本当に限られた一部しか入れねえ。一般人なんか近づいただけで門前払いの嫌味攻撃。

 そんな場所に入れるってのもさ、テンションあがんだろ。

 魔物ハンターの中では俺が初めてなのは間違いねえしな。これは、仲間に自慢できるぜ。ってウキウキしながら向かったんだ。


 門番にはさ、あからさまに嫌な顔されたぜ。嘘だろ。って顔だけじゃなく、声にも出されたからな。それでも、ギルドからの依頼書見せたら渋々入れてくれたよ。

 あの時ばかりはヴァンパイアの嫌味も全く気にならなかったね。


 問題起こされると困る。って監視役はつけられたが、それも全く気にならなかった。むしろ、いなかったら困ったろうな。

 どこに何があるか分かんねえし、道行くヴァンパイアは皆オレをゴミみたいな目で見てたから、聞いても教えてくれなかっただろうしな。


 アンタもひでぇ。って思うか。

 でもさ、視界にうつる人、うつる人、みーんな美形なんだよ。

 劇団に入ったら間違いなくスターになれる男前に、着飾った令嬢がかすんで見える美女。小さい子供ですらやけに輝いてみえんだよ。

 あまりの綺麗さに、ここは天国か!? 俺はいつの間にか死んでたのか!? って本気で思ったね。


 そんでちょっと、ヴァンパイアが他種族バカにする気持ちわかっちまった……。

 あんな美男美女に囲まれてるのが普通なら、オレたち人間なんて格下に見えるよなあ……。そりゃゴミ見るような視線むけてくるわ……。って冷静になった今はちょっとへこんでる。


 だがな、あの時はとにかく浮かれてた。

 目に入るもの全部輝いて見えるし、このままいけば大金が手に入る。浮かれすぎて監視役のヴァンパイアが引いてたけど、そんなことすら気にならなかった。

 それで案内されたのが、これまた大きな屋敷でな。ヴァンパイアの中でもかなり上級に位置するって一目でわかった。それみたらさらにテンション上がったぜ。


 さっきも言ったけどヴァンパイアは気前がいい。

 とくに上級階級にいけばいくほど気前がいい。子供にお小遣いあげる感覚で、ポンっと大金くれたりすんだよ。

 きっと今回の依頼主もそういうタイプだ。俺のテンションは最高潮に達した。


 屋敷に入ったらすぐに使用人に部屋まで案内された。監視役は外で待機。めんどくせぇ。って態度隠しもしてなかったが、ヴァンパイアだしな。って俺は気にしなかった。

 通された部屋にはこれまた美人のヴァンパイアと、美少年がイスに座って待っててな。


 屋敷につくまでも美形ばっか見てきたんだが、その中でも群を抜いた美女だった。

 しかも、おっぱいでけぇ。男なら気持ちわかるだろ?

 ギルドの人間から、子どもに食べさせるために魔物を探してる。って事前に聞いてたからよ。これで子持ちかよ。って驚いたね。

 ヴァンパイアってほんとすげぇな。って初めて本気で感心した瞬間だった。


 その美女がさ、オレが捕まえてきた魔物を見てほんと嬉しそうに笑うんだよ。それだけで死ぬかと思った。ホントに美しいもの見ると、人間って呼吸できないんだな。

 口は良く回る方だと自負があんだが、一言も話せなかったぜ。


 ナンパしないと男がすたるんじゃなかったのかって?

 ムリ、ムリ。あそこまでいくともう別次元すぎて、同じ人間だと思えねえ。

 実際、同じ人間ではねえしな。やっぱ異種族ってのは、見た目が同じに見えるだけで別の生き物なんだよな。改めて思ったよ。


 美女はさ、オレにお礼をいったらすぐに使用人に報酬を取りにいかせた。

 その時はやった。って思ったぜ。すぐに手渡しで大金もらえるうえに、待っている間、目の前の美女を堪能できるわけだ。

 一言ぐらい会話できねえかな。ってオレは遠い昔に過ぎ去った思春期ばりに緊張して待ってたよ。


 そしたらよ。いきなり美女がさ、オレが持ってきた魔物を手づかみ。片手で魔物掴みながら、おいで。って黙ってイスに座ってた子供を手招きしたんだ。

 ああ、食べさせる前にどういうものか見せるつもりなんだな。ってオレは思ってみてたんだ。美女が魔物を手づかみ。って絵面はシュールだったけど、やっぱ母親なんだな。ってその時はのん気に思ってたわけよ。


 悪夢はそれからだ……。


 子供が美女に近づいた瞬間だよ。動きにくいドレス着てるとは思えない動きで、美女が子供の顎つかんでさ、持ってた魔物を子供の口に無理やり押し込んだんだよ。

 嘘だろって。ちげぇよ! ほんとだよ!

 その瞬間、オレ思わず「えぇ!?」って叫んじまったもん。あれだけ声でねぇとか思ってたのに、驚きすぎて素で叫んだよな……。


 それでも、オレの叫びは完全無視。

 美女は子供の口に魔物をグイグイ押し込むわけ。

 しかも生きてるやつ……。新鮮、捕まえたて、意気のいいやつ……。魔物は嫌がって、ギィギィ鳴くだろ、子どもも苦しいから声にならない悲鳴あげるだろ。

 それでも美女はさ、一切容赦なく子供の口に魔物を押し込みつづけるわけ。


 笑顔で……。


 顔が整ってるから余計に恐ろしかったよ。

 顔だけみたら聖母みたいな笑顔浮かべてんだよ。でも容赦なく、子供の口に生きた魔物突っ込んでんだよ。

 

 地獄絵図ってああいうことを言うんだな。


 さすがにオレ見ていられなくってさ、止めてあげてください! 何でこんなことするんですか! ってとめたんだよ。

 可哀想ったらなかったぜ。子供本気で泣いてるし、苦しそうだし。魔物も生きたまま食われるわけで、悲痛な声あげてるしな……。


 そしたら美女がさ、こっちみて相変わらず美しい顔でいったんだ。

 英才教育です。って。


 ……そう。英才教育。今はやってんだと、ヴァンパイアで。

 小さい頃から純度が高い魔力を与えてると、立派なヴァンパイアになれるんだと。そのためには質の良い魔物を、できるだけ鮮度がよい状態で食べた方がいいんだとさ。

 

 結果が、生きたまま丸のみよ……。


 その説明をな、泣き叫ぶ子供の口に魔物押し込んだまま、笑顔で語るわけよ。

 怖すぎて正直ちびりそうだった……。でもここで、んなことしたら命はねえ。って、もう必死で頷いた。何にうなずいてるのか分かんねえけど、とにかく頷いた……。


 そうしてたら、報酬もった使用人が戻ってきてよ。天の助け! って思ったよな。報酬貰ったら速攻逃げた。

 逃げる途中で魔物と子供の悲鳴が聞こえたけど、オレにはどうすることもできなかった……。

 外で待ってた監視のヴァンパイアが心配してくるくらいには、顔面蒼白だったらしいぜオレ……。そりゃそうなるよな。


 アンタも想像したら気分悪くなってきただろ? 顔青くなってるぞ……。

 なあ、オレが最初にいった事分かっただろ。

 これを胸に秘めとくのは恐ろしすぎる……。

 未だにあの時の美女の顔と子供を夢にみるし、魔物見るたびに思い出しちまう……。

 あんなのが英才教育って、ヴァンパイアも大変だよな。


 とまあ、オレの話はここまでなわけだが、俺からも一つ質問いいか?

 アンタさあ、わりのいい仕事しらねえ?



王国歴248年 春

広場にて

転職中の兄ちゃん

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