異種族好きの青年の話

 そこの君! ちょっといいかい!

 君だよ君! 表情筋が死んでる君だよ!


 ちょっとまってくれ! いま、目があっただろ! なぜ無視する!

 

 勧誘は間に合ってるんで? って、私は怪しい人間ではないよ。

 知的好奇心から君と話したい、ただ一般人だ。


 一般人は、初対面の人間に「表情筋が死んでる」なんて言わない?

 そんなこと言われてもな。君が呼びかけても反応しなかったから、仕方ないだろう。

 表情筋が死んでいるのは事実だし、他にあげられるような特徴もないし。 

 君、没個性だね。


 ちょっとまってくれ! 何ですぐ帰ろうとするんだ!

 私はただ、君と話がしたいだけだというのに!


 話がしたいなら、もっと好意的な態度をみせろ?

 私としては最大限の友好を示しているつもりだが?

 他の人間も私と話すと、失礼だ。などと非難するが、私のどこが失礼なんだ?

 私としては思ったことを、正直につげているだけなのだが。


 それがいけない?

 オブラートに包むことも大切?

 オブラートに包んだら、真意が伝わらないじゃないか。それは困るだろう。


 時には、伝わらなくていいこともある?


 君、思ったよりもかしこいんだね。

 目が死んでいるように見えたのは、悟りを開いた結果だったのか。

 生きる活力がない、根暗なのかと思っていたよ。


 ちょっとまってくれ! 何で帰ろうとするんだ!

 また何か気に障ることいったか!? 謝る! 謝るからちょっとまってくれ!

 私は、君と話がしたい。それだけなんだ!

 せめて本題! 本題に入らせてくれ!


 良かった。とりあえず立ち止まってくれた。

 思ったよりも君はいい人のようだ。

 いや……これ以上は良そう。今度こそ帰られては困る。


 その調子でずっと黙っていろ?

 それでは喋れないじゃないか。私は君と話がしたいというのに。


 そもそも、何でそんなに俺にこだわるって?

 それは君が最近、異種族について聞いて回っている。という話を耳にしたからだね。

 よく知ってるなって。なかなか珍しい行動だから、目に留まるのは仕方がないことだよ。


 それに私は異種族に関しては、常にアンテナを張っている!

 どんな細かい情報だろうと見逃さないようにね!

 君は人間のようだが、異種族にかかわる行動をとっているとなれば話は別だ。何より面白そうなことをしている。異種族についての話を集めるとは、着眼点もいい。


 なに? 私が何者だと?

 別に名乗るほどのものじゃない。ただの異種族好きさ。

 学者じゃないのかって? 

 よく勘違いされるが、違うよ。完全に趣味だ! 趣味で異種族について調べて、触っている。マニアだね!


 触ってる。ってどういう意味だって?

 言葉通りの意味さ。

 私は異種族に興味があるが、とくに彼ら特有の部位。耳やしっぱ、角といったものに目がなくてね、見るとついつい触ってしまうんだ。


 あれって、触るのはダメなんじゃって。

 さすが、異種族について聞いているだけあって詳しいね。

 そう! あの部分は異種族にとってデリケートゾーンでね、人間の女性で例えれば胸部や臀部でんぶにあたるらしい。知らない人にいきなり触れれたら、怒るのも仕方ないことだ。


 そう、仕方ない……そう分かっているのだがね、どうしても私は触ってしまうのだよ……。

 それはセクハラになるんじゃないかって? まあ、なるね! 何度か、軍に突き出されそうになったことがあるよ。土下座でなんとかしたけどね!


 自信満々にいうことじゃないって?

 分かってはいるが、あくまでこれは知的好奇心なんだ。性的欲求ではない。

 そこだけは理解してもらいたい。


 君だって気にならないかい?

 獣の耳にしっぽ、鳥のような翼に頭部の角。どれも人間にはないものだ。しかも動くし、感覚もあるらしい。

 そのうえ、自由に出し入れできるんだよ! 生命の神秘だと思わないかい!?


 言われてみれば、たしかに?

 そうだろ、そうだろう! 気になるだろう!


 やけにテンションたかいって、ああ、すまないな。異種族が関わるといつもこうなんだ。

 悪い癖だとは分かっているのだが、どうにもなあ。

 あれだけ気になる存在が目の前にいたら、我慢できないのが人間というものだよ。


 お兄さんレベルはそうそういないって。

 うーむ……たしかに。友人にはたびたび止められてしまうな。考えてみると、今まで私が無事でいられたのは友人のおかげかもしれないな。

 

 友人に本気で感謝した方がいい?

 初対面の君にいわれるほどか。じゃあ、今度会ったら伝えておくよ。ありがとうとな!

 ついでに、助言をくれた君にも感謝しておこう。ありがとう!


 何でそんなに元気なんだって、別に元気という自覚はないが。

 私は昔からこんな感じだ。あえて言葉にするならば個性というものだろう。


 じゃあ、異種族に対して興味が深いのも個性かって?

 言われてみれば、そうかもしれないな。私の生まれ持っての個性かもしれない……。

 一応きっかけというものはあるんだが、それを踏まえてもなるべくしてなった。としか思えないな。


 聞きたいかい?

 いや、聞きたくなくても話すがな! 私は語りたいのでね!


 きっかけはいたってシンプルだったんだ。

 近所に、可愛い猫又の女の子が住んでいたのだよ。性格もよく、見た目も可愛い子だ。同世代ではアイドル的な存在だったね。

 私も同世代の子供たち同様、彼女に目を奪われ、彼女を目で追うようになったわけだ。

 子供でも男は男、可愛い女性に目がなかったわけだね。


 だが、私が周囲の人間と違ったのは、だんだんと興味対象が彼女ではなく、彼女の耳としっぽに移ってしまったことだ。

 

 異種族というのは自然としっぽや耳の出し入れができるものだが、子どもは大人よりは上手くできないらしい。

 上手く隠すことができなかったり、びっくりするとすぐ表に出てしまったり。

 大人になると自然と隠すのが上手くなり、人に近い特徴の種族だと人間に混ざっていても気付かれないほどにまでなる。


 だが、子どもはそうもいかない。

 彼女もまた他の猫又同様、子どものころは隠すのが苦手で、すぐに耳としっぽが出てしまっていた。

 

 彼女は表情がコロコロかわる子だった。そのたびに耳やしっぽが動くんだ。それがどうにも私は気になった。

 自分にはないものだから余計にね。

 あれはどういう原理で動いて、どういう触感のするものなのか。そう考え始めてしまったら、気になって、気になって……。ある日、ついに抑えきれなくて、彼女のしっぽを掴んでしまったんだ。


 彼女はびっくりして、それから泣き出した。

 すぐに大人が飛んできて、私はこっぴどく叱られた。

 それから言われたんだ。異種族の耳やしっぽ。人と違う部位は、不用意に触ってはいけない。

 大人の真剣な表情と、泣いている彼女で私はひどいことをした。そう理解して落ち込んだ。


 彼女は優しい子だったので、私が誠心誠意謝ったら許してくれた。

 それに私はホッとして、二度と同じ過ちはしまい。そう誓ったんだ。


 というわりには、触ってるって話じゃなかったかって?

 そうなんだよ。結論からいうと私の誓いはあっさり破られた。


 触ったしっぽの感触が、忘れられなかったんだ。


 君、そんなに嫌そうな顔でこちらを見ないでくれ。

 というか君、表情筋動いたんだね。どうせ動かすならマイナスではプラスに動かした方がいいよ。

 ほら、笑ってごらん。にこーって。


 …………いや、人には向き不向きがあるね……。

 オブラートとはこういうことを言うんだろ。私は一つ学んだよ。

 ちょっとまて、なぜ蹴るんだ! 痛い!

 意外と暴力的だね……君。でもまあ、私が悪いようだし話に戻ろう……。


 君、異種族の耳やしっぽに触ったことはあるかい?

 ないか……まあ、そう簡単に触れるものではないからね。

 いくら王都に異種族がいるのが当たり前になったといっても、全体数は少ない。

 異種族であるということを隠して生活している種も、我々が気付かないだけでいるだろう。


 触ったことのない君に分かりやすく説明するなら、動物とにたものだ。

 猫又は猫、ワーウルフは犬といった感じだね。翼も鳥と似たものだ。角に関しては、陶器に近い。あれが生き物の一部だと考えると、生命の神秘を感じるね。本当に不思議で魅力的なものだ。


 だが、決定的に違うのは大きさ。

 異種族というのはだいたいは人と同じくらい。獣種が獣の姿をとっても、普通の動物より一回りほど大きい。

 自然と体の部位もふつうの動物よりも大きくなる。触ったときの触感だ段違いだ!


 それに毛ざわりも、動物に比べると良い。

 とくに女性だと丁寧に手入れしているから、うっとりするような毛並みだったりするんだよ。触りすぎると怒られるんだけどね。


 毛並みを整える習慣は、親しい相手。好意を寄せる相手にしか耳やしっぽを触らせない。という所から来ているそうだ。

 仲のいい相手、特に恋愛感情を持つ相手にはよく思われたい。そういった気持ちは異種族であっても同じだということだね。


 とくに翼種はそういう傾向が強いから、翼種の翼はよく手入れされている。

 それもあって、自分の翼に自信を持っているんだ。ほかの種に比べると頼めば、快く触らせてくれる者も多い。

 だから君も触ってみたいと思ったら、翼種に頼んでみると言い。

 ただし、間違っても羽根を抜こうとしてはいけない。ひどい目にあうからね……。ほんと、冗談じゃなく……。


 今までいろんな種を触ってきたのかって?

 ああ、触れるものはね。少し触るだけでも、ずいぶん苦労した種もいたよ。

 ワーウルフや猫又は人間にも打ち解けているし、人間がしっぽや耳を物珍しがる。という気持ちも理解してくれている。だから仲良くなれば彼らも触らせてくれるんだ。


 だが、問題は珍しい種だ。分かりやすくいえば上位種だね。


 一度、鬼の子供を見たことがあるんだよ。

 珍しいだろ。上位種。しかも東方の種族はめったにテリトリー外に出ないというのに、まさかの子供が王都にいたんだ。

 偶然見つけたときは、何ともいえない気持ちだった! 嬉しすぎて、そのままのテンションで友人に語ったら、病院を進められたよ!


 いや、気にするようなことじゃない。よくあることさ。

 

 それにしても、よく鬼だって気づいたなって?

 荒い操縦の馬車にびっくりして角が出てしまったんだよ。偶然、私はそれを目撃したんだ。

 本でどういったものかは知っていたからね、あれは鬼に間違いない。そう思ったら、いてもたってもいられなかった。

 すぐさま子供に走り寄って、角を触らせてくれ! って頼んだんだ。


 不審者……。

 実際、そういう対応をされたよ……。たしかに、客観的に見たら私は危ない人間だった。

 だが、重ねて言うが、ただの知的好奇心! 下心は一切ない!


 けれどね、そうはいっても伝わらないものだよね。

 子供は涙目になって、本気でおびえていた。

 それを見て、まずいと思ったんだが言葉は取り消せないからね。


 そうしたら、男女の兄妹……いや、あれは双子かな。が近くの店から勢いよく飛び出てきたんだ。

 涙目の子供と私をみて、危ないって思ったんだろうね。

 鬼の子を女の子の方が抱きしめて、男の子の方が庇うように前に出て、私を思いっきりにらみつけた。それから、不審者! って叫んだんだ。


 いやあ、周囲の目の痛いこと、痛いこと。


 間違ってないだろって。

 何度もいうが、本当に知的好奇心なんだよ。ただ、ちょっと触らせてもらいたかっただけなんだ。


 といっても、子供に伝わるはずがないしね。

 しかも鬼の子をかばった双子は貴族の子供だったらしくて、叫ぶとすぐに店からボディガードの男たちがわらわら出てきたよ。

 その後は、必死で土下座したね。


 あまりにも必死だったせいか、怒っていた男の子の方も呆れてね。鬼の子も許してくれたんだよ。

 だから私は勢いのままにもう一度土下座して、再度角を触らせてくれ。と頼んだんだ。


 こりないなって。

 仕方ないだろ。鬼なんて会える機会、二度もあるとは思えなかったんだ。一生に一度のチャンスと思えば、人間必死にもなるさ。


 それで、その子は触らせてくれたのかって?

 ああ、とっても良い子だったよ。ちょっとでいいなら、って許してくれたんだ。

 鬼の子に両側から双子が抱き着いて、思いっきり私をにらんでいたけれど。


 今考えると、あの双子のどちらかはトゥインズだったのかもしれないね。

 紋章は見えなかったが、危険な目に合わないよう隠す。というのも最近ではよくあると聞くし、貴族であれば尚更だ。


 そう考えると、私はとても貴重な触感を得た事になる!

 鬼! しかも、トゥインズのものだよ! これほどまでに、貴重で神秘性にみちたものはないだろう!

 

 帰ってもいいか。って、さっきから君はひどいなあ。

 せっかく異種族好きの仲間が出来ると思ったのに。君だって異種族好きなら私の気持ちがわかるだろう?


 え? 異種族好きじゃない? 課題で仕方なく調べている?

 なんだい。それは。あれだけ神秘の塊を前に、興味がないだと。君はそれでも人間かい?


 ……ああ、いや、人間かい。は言い過ぎだね。

 人の思考は千差万別。趣味だって十人十色だ。

 そうかあ、同じ趣味の人間じゃなかったか。じゃあ、私の話はずいぶんつまらなく聞こえたのだろうね。


 つまらなくはなかった?

 主にお兄さんが不思議生物すぎて、面白かった?

 なんだいそれは、褒めているのかい? 貶しているのかい?

 君なりの最上級の褒め言葉? まあ、そういうなら良しとしよう。

 言葉の選択だって、自由だからね。


 だが、そうかあ……。せっかく仲間に会えたと思ったが、違ったのか……。残念だねえ。

 私の夢はいつか人の国を出て、各種族のテリトリーをめぐり、ありとあらゆる触感を楽しむことなのだが……。


 君も知ってのとおり、人間が人の国の外に出るのは危険なんだよ。

 人の国の外は、無法地帯。人間のルールなんてないからね。強い異種族の護衛がなければ、目的地にたどり着くことすら難しい……。

 だから、共感してくれる仲間を増やしたかったんだけど……。

 

 ギルドに依頼することも考えたが、私の思考は受け入れがたいもののようでね。

 個人で依頼を出すにも相当な額がかかる。危険だし、私の目的を達成するとなると長期的なものになってしまうからね。


 だったら、学者になってしまえばいいって?

 学者なら、研究内容によっては国から補助金が出る?


 ……言われてみれば、そうだな! それは盲点だった!

 あくまで趣味であり、学術的な意味を見出していなかったが……。無理やりこじつければ、学問らしくなるかもしれない!


 いいねえ、君! 目が死んでいるわりには良いことをいう。

 さっそく貶すなって? 私的には褒めたつもりなのだが?

 本当に人との交流とは難しいものだねえ……。だが、君とはうまくやっていけそうな気がする。


 どうだい? 私が無事に学者になって、人の国の外に出れることになったら一緒に旅に……。

 ちょっとまってくれ! せめて最後まで言わせてくれ!

 ああもう! 途中で帰るなんてひどいじゃないか! 君!



王国歴248年 春

本屋の前にて

意外と有名になりそうな変なお兄さん

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