真昼のコウモリの話

 あら、お兄さん。私にご用?

 ふーん、異種族について聞いて回ってるの。

 学校の課題? ああ、やっぱりね。お兄さん学生さんって感じがするもの。

 

 勉強熱心なのね。

 違う? 楽して評価もらいたいから、話を聞いてまとめてるって。

 簡単にいうけど、知らない人に話しかける。っていうのは本の山と向き合うより、人によっては大変なことよ。


 そうなの。お兄さんにとっては、本の山と向き合う方が苦痛なのね。

 フィールドワーク向きなのかしら。学者に向いてるかもしれないわよ。家にこもってるだけが学者じゃないわ。外に出ないと発見できないものもあるわ。


 やけに詳しいって?

 私もね、熱心に調べものしていた時期があったの。

 図書館にこもって本を読み漁ったり、人に話を聞きに行ったり。今思えば、ほんとに必死に調べたわ。


 何を調べたのかって?

 お兄さん、異種族について話をきいてるなら、当然知ってるわよね。

 トゥインズ。人の国の建国にも関わる不思議な存在。


 あら、知らないの?

 本当に楽したいだけで調べてるのね。全く興味がないのに調べられるって、ある意味ではすごいわ。

 じゃあ、せっかくだし教えてあげる。

 せっかく調べたんですもの。誰かに話したくて仕方なかったのよ。退屈かもしれないけど、評価のためと思って付き合って頂戴。


 トゥインズっていうのは、一言でいえば双子の事よ。

 ただね、普通の双子とは全く違うの。同じ時間、同じ日に生まれてくるのは普通の双子と一緒。

 でもね、親が違うの。違う場所で、別の種族として生まれるのよ。


 片方は必ず人間。もう片方は異種族。

 割合としてはワーウルフや、猫又が多いらしいわね。人間と近い存在だからじゃないか。なんて言われてるけど、未だに詳しいことは分かっていないらしいわ。

 トゥインズって謎が多いのよね。世間に広まってから数百年はたってるっていうのに、不思議よね。


 え? 何で双子だってわかるのかって?

 別の親のところに生まれて、種族も違ったら似てないだろう。って、いいところに気づいたわね。


 たしかに、トゥインズは全くにてないわ。親も違えば、種族も違うんだから当たり前。

 でも、同じトゥインズだって分かる証があるの。それが紋章。

 トゥインズは生まれた時に体に紋章をもって生まれるの。その紋章は片割と全く同じ場所に、同じものが入ってるんですって。

 だから、相手が自分の運命の相手だ。って分かるらしいの。


 トゥインズ同士だと紋章を確認しなくても、会った瞬間に分かるらしいけど。

 人によっては、今どのあたりに片割がいるかまで分かるらしいわよ。私たちには未知の感覚よね。生まれた時から、会いたい相手がいるなんて。

 まさに運命。女としては憧れるわ。切っても切れない絆が、目に見える形であるのよ。


 だからトゥインズについて調べ始めたのかって?

 それはちょっと違うわね……。たしかに憧れはあったわ。男の子は分からないかもしれないけど、女は運命って言葉に弱いからね。あと、特別って言葉にもね。


 それは分かる?

 たしかに、男の子も特別は好きそうね。

 世界にただ1人、自分と対になる存在がいる。そんな相手が美人なお姉さんだったら。って考えたら、楽しくなってこない?


 そうでしょ。

 私もよく想像したわ。私がトゥインズで、片割が文句のつけようのない美形だったら素敵よねって。だって運命の相手よ。誰にも2人の関係を引き裂くことなんてできないの。生まれたときから決まった相手なんだから。


 何でそこまで憧れたのかって?

 一番の理由は幼馴染ね。

 とっても仲のいい子だったんだけど、その子トゥインズだったのよ。

 驚きでしょ? トゥインズって数が多いわけじゃないから、他にトゥインズの知り合いがいる。って人には会ったことはないわ。


 そう考えると、お兄さんラッキーね。トゥインズの知り合いに会えたのは初でしょ?

 お兄さん運がいいし、ほんとによい評価貰えるかもしれないわね。


 トゥインズに会ってみたい?

 ……そうね……、トゥインズから直接話を聞く機会なんてないものね……。

 でも、ごめんなさい。それはできないの。


 予定があわないのかって?

 ううん、そういうわけじゃないわ。

 そうね……、ここまで話したんだし、お兄さんには最後まで話すわ。

 愚かな私の過ちを。


 私の幼馴染ね、同じ女の私から見てもとってもかわいい子だったの。顔は小さいし、髪はふわふわしてるし、雰囲気もおっとりして。まさに女の子って感じ。

 男の子が彼女にしたい理想の女の子。そんな感じの子だったわ。

 だから、とってもモテたのよ。

 

 学校の同級生は皆、あの子に恋してたわ。

 本当よ。学校一の美少女って言われてたし。年頃だと付き合うならだれがいい。みたいな話をするでしょ。そういう時は一番にあの子の名前があがってたわ。


 嫉妬しなかったかって?

 うーん、あそこまで行くと自慢だったわね。こんなに可愛い子と私は幼馴染なのよって。


 人見知りが激しい子で、特に異性とはうまく話せない子だったの。だから、いつも私が間にはいって、あの子を守ってたわ。

 そうすると、ありがとう。って本当に可愛く笑うのよ。

 うっかり、本気で恋しちゃいそうなくらい可愛かったわ。


 でも、私は知ってたから。あの子はトゥインズで、運命の相手がいること。

 紋章って言うのはトゥインズによって場所が違うですって。あの子の場合は肩にあったの。

 お花みたいな形の紋章でね。柔らかくてふわふわしていたあの子に、よく似合ってたわ。


 その紋章を見るたびね、この子には運命の王子様がいる。ってわかって嬉しくなったの。

 大事な可愛い幼馴染ですもの。幸せになってほしい。って思ったのよ。

 あの子がトゥインズの学校に行くまでの間は、私があの子のナイト役だったわけだしね。

 ほんと大変だったのよ。変な虫がつかないよう追い払うの。

 

 といっても、あの子は自分でもちゃんと断ってたんだけどね。

 引っ込み事案で、大人しくて、人の頼みを断るの苦手な子だったんだけど、付き合って。って言葉はハッキリ断ってたの。

 私には大切な人がいるからって。


 それを聞くたびに、本当に運命の相手なんだな。って思ったの。

 トゥインズってね、10歳になったらトゥインズの学校に行くのが義務なのよ。ほとんどの場合は、そこで初めて片割に会うの。


 10歳まで会えないのかって?

 ほとんどの場合はそうらしいわ。異種族のテリトリーって人の国の外にあるから、気軽には会うには難しいのね。


 お兄さんだって知ってのとおり、境界線の外は無法地帯。人間なんてあっさり肉食種に食べられちゃうわ。

 異種族からしたって、まだ10歳にもならない子供を知らない国まで連れていくなんて不安でしょう。


 トゥインズ同士はいいとしても、親からしたらトゥインズのつながりなんて分からない。子供の相手は会ったこともない他種族よ。片割がよくしてくれたって、その親、周囲までよくしてくれるとは限らない。

 親であれば、そんな不安な場所に子供を連れていくなんて出来るはずないわ。


 だから国が用意した学校に入学する10歳までは、別の場所で育つことの方が多いの。

 自分の片割はどんな人なのか。って想像しながらね。


 あの子も10歳のときにトゥインズの学校に入学したわ。

 全寮制の学校だから、あの子と会う機会は減る。そう分かってたから手紙を送る約束をしたの。離れていても私たちは友達だし、いつだって私はあなたの味方。何かあったら相談してね。って。


 そう、あの時は本気で思っていたのにね……。


 今でも覚えてるわ。あの子から最初に届いた手紙。

 おっとりした、あの子らしくなかったわ。手紙でも喜びと興奮がよくわかったの。丁寧に、ゆっくり字を書く子なのに、その時はいつもよりも乱れた走り書きだった。

 私に伝えたくて仕方なかったんでしょうね。

 今ならそう分かるけど、あの時の私はそこまで気が回ってなかったのよ。


 あの子の片割の種族が蝙蝠族。その事実がものすごくショックで、他の事は考えられなかったの。


 お兄さん、蝙蝠コウモリ族って分かる? 名前ぐらいは分かる? ……有名な種族ですものね。

 名前の通り、コウモリに似た特性をもった種族。

 北にある大きな洞窟をテリトリーにもつ、ずっと洞窟から出てこない夜行種。

 ずっと洞窟から出てこないから目は退化してほとんど見えず、代わりに耳が発達してるの。人には聞こえない超音波で、周囲の様子を探って生活している。


 その当時は、ここまで詳しくなかったんだけどね。

 お兄さんだって蝙蝠族、って名前を知っているなら聞いたことあるでしょう。

 ほとんどの人間は、彼らに悪い印象を抱いてるわ。


 そう。蝙蝠族は死んだ同族の死体を食べる種族。


 あの子はね、ほんとに可愛くてお姫様みたいな子だったの。幸せになるべく生まれた子。そう私は本気で思って、あの子が運命の相手に出会うまで守らなきゃ。って思ってたの。

 それなのに、いざ運命の相手が蝙蝠族って。何それ。ひどすぎる。

 そうあの時の私は本気で思ったわ。


 私は裏切られたっていう絶望しか感じていなかったのに、あの子からの手紙は喜びをつづっていたの。

 片割にやっと会えた。想像していたよりずっと優しくて素敵な人。あなたにも会わせたい。きっと仲良くなれる。

 そんなことが嬉しくてたまらないって弾んだ文字で、便箋いっぱいに書いてあったわ。

 私見ていられなくなって、衝動的にその手紙を破いて捨てたの。


 そのわりにはよく覚えてるって?

 すぐにね……拾って別の紙に張り直したの。何だか、あの子自身を捨てちゃった気がして、罪悪感で押しつぶされそうになったのよ。

 今にして思えば、そこだけは褒めてもいいわ。

 その後はほんと最悪よ。


 私は手紙の返事を返さなかった。

 いつまでも友達。あなたの味方。なんでも相談して。なんていったくせにね。

 勝手に失望して、絶望して、裏切られた気持ちになって……。全部みなかったことにして忘れようとしたの。


 あの子からすれば急に連絡が取れなくなったわけでしょ。

 優しい子だったから、私がわざと無視してる。なんて思いもしなかったんでしょうね。長期休みにはいってすぐに、会いに来てくれたの。 

 その時、あの子一人だったら私ももっと冷静でいられたかもしれない。けど、あの子は1人じゃなかった。片割。蝙蝠族の少年と一緒だったの。


 蝙蝠族ってずっと洞窟にいるから肌が真っ白なの。それこそ幽霊みたいに。体は細いのに身長はあるし、見えない目は包帯でおおってる。一言でいうなら不気味なのよ。

 そんなのが可愛いあの子の隣にいるの。不釣り合いったらなかったわ。

 しかも、初めてあった彼はとっても眠そうでね。私が目の前にいるのにフラフラしてて、今にも倒れそうなの。そんな彼をあの子が手を引いて、支えてた。


 逆じゃないのって思ったわ。

 あの子は可愛いお姫様で、相手は王子であるべきなのに、なんであの子が支えてるのって。

 あまりにも想像していたのと違う光景に、私は頭に一気に血が上って、「そんなのが片割って何かの間違いじゃないの」って言っちゃったの。


 あの子の笑顔が凍り付いたの初めて見たわ。

 いつも笑ってる、柔らかい雰囲気の子だったのに、目を吊り上げて私を見てた。

 何でそんな顔するのって。私はまた裏切られた気持ちになって、あの子と彼を罵倒したわ。今思い出してもほんとに酷い言葉でね。


 あの子は怒って。そして泣きながら帰ったわ。彼の手を引いて。

 彼は最後、私に頭をさげてくれたけど、私はそれすら腹が立って反応しなかった。

 それがあの子と私の最後。あれから一度も会ってないわ。

 当然ね……。私があの子の立場でもそうするわ。されて当然の事を私はしたのよ。


 それでも私は、自分は悪くないってどこかで思ってた。何で私を捨てて、あんな蝙蝠族なんてとったのって、あの子にずっと腹を立ててた。

 ほんとに身勝手だったわ……。


 その後の私は、自分の過ちに気づけないまま大人になった。

 あの子との思い出を忘れようと、異種族もトゥインズもさけ続けたの。


 そんな私にも、運命の出会いがあったの。

 相手は生まれつき目が見えない人。最初は目が見えないなんて。って私も思ったんだけど、話してみたらとってもいい人だったの。

 自然と話す機会が増えて、いつしかこの人とずっと一緒にいたいって思ったわ。

 相手も同じことを思ってくれて、結婚しようって約束したの。


 でも、その後が大変だったのよ。

 私の両親は相手の目が見えないって聞いて大反対。相手側の両親も、私に迷惑をかけるのは申し訳ない。って断ろうとするの。

 私は必死で説得したわ。目が見えないから何なのよって。とっても彼は優しい人間なの。話せばわかるのに、なんで彼のほんの一部しか見ないで釣り合わない。不幸になるなんて決めつけるのって。


 そう説得した時、ふとあの子と蝙蝠族の彼が浮かんだのよ。

 もしかして私も両親のように、ほんの一部しか見てなかったんじゃないかって。


 なんとか両親を説得して結婚が決まった後、私はトゥインズ。蝙蝠族について調べ始めたの。


 蝙蝠族ってもともとは夜行性ではなかったんですって。

 洞窟でも生活してなかったんだけど、ほかの強い種族から逃れて、行き着いた先が洞窟だったの。そうして他の種から隠れて、洞窟暮らしをしていくうちに夜行性に変化したらしいわ。

 同族の死体を食べるっていうのもね、餓死しないための苦肉の策だったらしいの。

 食料も魔力も少ない洞窟では、食べ物を確保するのも難しい。だから仲間の死体を食べることで、命をつないできたんですって。


 彼らが仲間を食べることは食事ではなくて、神聖な儀式なんだそうよ。

 貴方の死を無駄にはしない。必ず生きて、次の世代へ命をつなぐ。そういう誓いの儀式。


 私そんなことも知らないで、聞きかじりの知識だけで気持ち悪い種族。そう思っていたんだって、知ったときに唖然としたわ。

 その時にね、太陽の光にも弱くて、昼間起きているのは大変。ってことも知ったの。


 王都にいる夜行種っていうと有名なのはヴァンパイアでしょ。ヴァンパイアって昼間平然と歩いているように見えるけど、あれはヴァンパイアの中でも上級に位置する人たちだけなんですって。

 中級は太陽を遮るマントが必須で、下級だと昼間起きていることも難しいって。


 そんなことも知らなかった私は、同じ夜行種のヴァンパイアが起きてるんだから、蝙蝠族だって起きれるでしょ。って思ってたの。

 そんなわけなかったのよ。蝙蝠族ってそもそも下位種だし、魔力の蓄積量だってヴァンパイアとは比べ物にならない。比べるのがそもそもおかしいんだって、無知な私は気づかなかった。


 彼、それなのに会いに来てくれたのよ。きっと今にも倒れそうなほど、眠くて仕方なかったのに、それでも会いに来てくれたの。あの子はそれが分かってたから、彼をずっと支えてたの。

 そんな簡単なことにも、私気付かなかったのよ……。


 仕方ない……? いいえ、違うわ。

 慰めてくれるのは嬉しいけど、これは仕方ないって済ませちゃいけないことよ。

 私はあの子の幸せを願うといいながら、あの子の幸せを受け入れなかった。それどころか、私の勝手な理想を押し付けようとしてたの。

 ほんとに最低な女よね……。


 ……ごめんなさいね。急に泣かれたって困るわよね。

 あなたは何も悪くないわ。

 私の勝手な懺悔に付き合わせて悪かったわね。


 幼馴染とは今後も会う気はないのかって?

 ……実は私、来週結婚式をあげるの。あの子にも招待状を送ってるのよ。

 直接あやまりにいく勇気はなくて……、でも手紙ですませちゃいけない気がして……。

 もし結婚式に来てくれたら、あの子ともう一度幼馴染に戻れるんじゃないかって……。


 ずるいって自覚はあるわ。本当にひどいことをしたのに、未だに逃げ腰なんてね。

 あの子、招待状を破り捨ててるかもしれないわ。昔の私みたいに。


 もし来なかったらどうするのかって?

 あなた酷いことを聞くのね……。

 来なかったらあの子は私の事を許してないってことね。でも仕方ないわ。それだの事をしたんですもの。


 本当にそれでいいのか?

 いいわけないわ。私は謝りたい。許してもらえなくても、せめて謝りたいわ。あの子と、あの子の大切な片割に。


 それなら、会いに行けばいいって……。

 簡単にいうわね……。勇気がないって言ったでしょ。

 勇気なんてなくても、行ってしまえばどうにでもなる。って、あなた凄い事言うのね。

 でも……そうね。会えばどうにかなるわ。罵倒されるかもしれないけど、それは仕方ないわ。むしろ、されなきゃフェアじゃないわよね。


 ありがとうお兄さん。スッキリしたわ。

 私、結婚式が終わったら、あの子に会いに行く。


 来てくれる可能性も残ってるって? それはどうかしら……。来てくれたらうれしいけど……。できれば、蝙蝠族の彼と一緒に。


 そうだわ、お兄さん。

 これも何かの出会い。ある種の運命よ。

 来週の結婚式、お兄さんも来てくれない? 美味しい料理、用意してるわよ。

 こんな醜い女の懺悔を、最後まで聞いてくれたお礼になるかは分からないけど。


 醜くない? 私のウエディングドレス見るの楽しみ?

 あら、お兄さん上手い事いうわね。

 私には運命の人がいるから無理だけど、他の女の子は落ちるかもしれないわよ。

 

 でも、せっかく褒めてもらえたけど、あの子のウエディングドレス姿にはかなわないと思うわ。

 ほんとに可愛い子なんだから。お兄さんにもいつか紹介できるといいわね。


 あの子にも、生まれたときから運命の相手がいるんだけど。



王国歴248年 春

教会にて

来週結婚するお姉さん



追記

結婚式会場にて、お腹の大きい女性に抱き着いて泣く、ウエディングドレスのお姉さんを目撃。

女性の隣には、子供を抱っこした蝙蝠族らしき男性の姿あり。

料理は文句なしに上手かった。

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