アミークスの口述

黒月水羽

月夜の狼の話

 なんだ兄ちゃん。何か用か?

 は? 異種族について聞いてまわってる? なんでまた。

 なるほど、学校の自由課題ねえ。

 ってことは、兄ちゃん異種族に興味あるのか?


 興味はないけど、調べると先生の評価がいい?

 なんだそりゃ。自分の意思ってのがないのか、兄ちゃんは。

 他に特に調べたいことも思いつかない……。ほんと無趣味なんだなあ……。そこまでくると同情するぞ。


 俺が若いころはもっといろんなもんに興味もって、毎日動き回ってたもんだがなあ。最近の若いやつはどうにも志とか、目標とか、夢ってもんがねえ。


 説教はいいから異種族について教えてくれって?

 兄ちゃん、人に物頼むわりには口わりぃな。

 まあ、いいけどよ。兄ちゃんみたいに素直なやつは嫌いじゃねえ。


 そもそも兄ちゃん、異種族についてどれくらい知ってんだ?

 王都に住んでんだから見たことはあんだろ。ワーウルフとか、猫又とか。

 あいつらはすっかり王都になじんで、今じゃ珍しくも何ともねえからな。

 といっても、俺が子供のころは今ほどなじんでなくてなあ。俺の村では恐ろしい存在って怖がられてたんだ。


 何が怖いんだって?

 兄ちゃんの年代だと、物心ついたころには異種族と一緒だったろうしな。実感分かんねえのも仕方ねえか。

 

 兄ちゃんにとってはワーウルフ、猫又っていうのは耳としっぽがあるか、ないか。そのくらいの差しか、正直感じてねえだろ。

 でもな、それは大違いだ。

 たしかにあいつらは、他の異種族に比べると人間に近い。寿命だって似たようなもんだ。


 ヴァンパイアなんかは、ほんと異種族。って感じだよな。

 そもそも人間を同じ生き物だって思ってねえだろ。いつも踏ん反り返って偉そうだしよ。

 あんなのに比べるとワーウルフと猫又は、身近に感じるだろ? 気さくなやつが多いしな。

 特にワーウルフは仲間意識が強いから、友達って認められるとよくしてくれるぞ。

 

 兄ちゃん。異種族について今後も調べてくなら、ワーウルフの友達1人くらいはつくっとけ。

 やっぱり異種族に詳しいのは異種族だ。人間じゃどうしても、感覚の違いが出てくるんだよ。


 ワーウルフは人間に近いんじゃないのかって? それは、異種族の中では。って話だ。

 人間と比べたら、やっぱ別もんだよ。


 分かりやすくいうなら、あいつらの耳としっぽ。触りたくならねえか? 動物好きだったら、一度は触ってみたい。って思うだろ?

 けどな、あれ触ったら本気でキレられるぞ。ふだん温厚なやつでも、ありえねえくらい怒るからな。


 あいつらにとってしっぽと耳っていうのは、気安く他人に触れさせちゃいけねえとこらしい。だから普段は隠してるんだと。

 どうやって隠してるのかって? それに関しては俺も知らねえ。どうやってんだろな?

 一度聞いたことあるけど、なんかこうシュバッって感じ。って言ってたぞ。

 どういう感じかって? いや、俺に聞かれてもな。あいつらもよくわかってねんじゃねえか?


 そんなわけでな、見た目は一緒に見えるけどやっぱ別の生き物なんだよ。

 まず力が違う。俺たちと一緒のときは加減してくれてるけどな、その気になったら人間くらい一ひねりだぞ。

 俺は荷物運び仕事してんだけど、ワーウルフが手伝ってくれると進みが違う。俺たちがやっと1個もてる荷物を、あいつら、2個も3個も余裕で持ちやがる。

 これが種族の差か。ってあれを見ると実感するよ。


 今は仲良く出来てるからいいけどよ、それが敵に回るのを想像してみろ。

 怖いどころの話じゃねえだろ。真っ向勝負じゃまず勝てねえ。


 そういう事もあって、俺が子供のころはワーウルフも怖がられてたんだよ。

 俺が生まれたのは田舎だったしな、異種族が来ることなんてほとんどなかったんだ。

 今でも王都周辺以外では異種族は珍しいしな。せいぜい王都に来るまでの道筋にある町ぐらいで、田舎なんて未だに偏見が残ってるって話だ。


 兄ちゃんがもし異種族だったら、そんなとこ近づかねえだろ。

 っていうのに今より偏見がひどかった時代、なぜだか俺の村にはワーウルフが1人いたんだ。

 

 その当時はワーウルフってばれただけで、ひどい目にあったからな。当然人間のふりしてた。

 あいつら耳としっぽ、あと満月。それだけ気を付ければ、ちょっとばかし怪力なだけだからな。


 俺の村にいたワーウルフも良い兄ちゃんだった。

 ふらっと旅の途中で立ち寄ったんだが、俺の村はとにかく田舎で小さかったからよ、宿なんてなかった。

 どうしようかと困ってたところを気のいい爺ちゃんが泊めたんだ。それに感謝したワーウルフは、泊めてくれた爺ちゃんの仕事を次の日手伝った。


 ワーウルフは力持ちだっていっただろ。

 泊めた爺ちゃんは木こりだったんだが、年とって仕事するのが難しくなっててな。子供たちはもっと大きい町に出稼ぎにいってたし、廃業するしかないか。って話をしてた頃、たまたま来たのが力持ちのワーウルフ。


 爺ちゃん大喜びだったよ。ワーウルフってのは頼られるのが好きな種族だし、悪い気しなかったんだろうな。

 急ぎの旅でもねえから、しばらく爺ちゃんの仕事手伝ってくことになったんだ。


 そしたらあっと言う間に村の人気者よ。何しろ誰に対しても明るくて、人懐っこい性格だ。仕事もできれば、頼まれごとも気前よく引き受けてくれる。旅してきたから、村人が知らねえ外の事もよく知ってる。

 ずいぶんワーウルフの兄ちゃんには助けてもらったんだよ。

 俺も何度も遊んでもらった。肩車してもらうと、ずいぶん視線が高くなって子供のころはお気に入りだったんだ。


 けどなあ……、言っただろ。昔は異種族に対しての偏見が今よりひどかったって。

 ワーウルフは耳としっぽを隠せばほとんど人と変わらねえけど、一番の問題は満月だ。あいつらは満月が近づくと、落ち着かないらしい。

 野性本能の方が強まって冷静な判断ができなかったり、注意力散漫になったりするんだと。


 そう考えると、俺の村にいたワーウルフはうまく隠してたんだよな。

 俺がワーウルフだって気づいたのは、ほんと偶然だった。

 

 夜中に目が覚めて寝れなくなる。そんな経験あるだろ。

 当時の俺もそんな感じでよ。どうにか寝ようと布団かぶっても、全く眠気がこねえ。

 さてどうしようか。そう思って窓の外みたら、大きな満月が輝いてたんだ。

 子供のころ見たから大きく見えたのかもしれねえが、今思い出してもずいぶん大きな満月だった。

 

 そんな満月見ちまったら、じっとしていられねえだろ。何しろ子供だ。

 俺はこっそり家を抜け出して、もっと間近で満月を見ようと森の中に入ってったんだ。

 森を抜けた先にある丘の上なら間近で見られると思ったんだよ。今考えると単純だよな。


 普段だったら怖いと思う真っ暗な森も、その時ばかりは不思議と怖くなかった。

 きっと満月が綺麗すぎて、怖いって感情が吹っ飛んでたんだろうな。いつもは寝てる深夜に、家を抜けだしたって言うのが冒険みたいで、ワクワクしたのもあったんだろ。

 兄ちゃんだって男だ、冒険に憧れる気持ちわかるだろ?


 だからさ、逆に言えば満月しか見てなくて、他のものは全く見てなかったんだよ。

 昼間だったらすぐの丘に行くのに、やけに時間がかかった。

 一言でいえば迷っちまったんだ。満月見たさに上ばっかりみてたから、当たり前だよな。

 それに気づいた瞬間、満月の魔法はあっさり解けた。


 真っ暗な森の中、自分がどこにいるかもわかんねえ。

 夜の森って不気味だろ? 子供ならなおさらだ。

 普段だったら気にならねえ、木々の揺れる音だけでもずいぶん怖く思えてなあ。帰りたくても帰り道が分かんねえし、このまま肉食動物に襲われて死ぬんじゃないか。そう本気で思った。


 そんな時、狼の声が聞こえたんだ。

 真っ暗な森の中に狼の声。武器もねえし、着てるのは薄手の部屋着。もう絶望的だろ。

 とにかく隠れなきゃ。そう思った俺は、一番太い木の陰に隠れたんだ。地面にしゃがみ込んで、頭抱えて震えてたよ。どうか、気付かないでくれ。ってな。


 でもさ、俺の願いもむなしく、何かが近づいてくんだよ。木々を踏みしめる音が、だんだん大きくなって。今でもあの時の恐怖はハッキリ思い出せる。

 ばれないように。気付かれませんように。って祈りながら口を押えて、必死に息を殺したんだ。

 そしたら、急に音がピタリとやんだ。


 そうすると今度は不安になってくる。何もしないで待つ。っていうのは、何かをするよりも勇気がいる時があるんだ。ちょうどその時がそれだった。

 俺は勇気がなかったから、耐え切れなくてな。そっと様子をうかがった。


 そしたら少し離れた場所に、狼の姿が見えた。

 ちょうど木々がひらけた場所でな、月の光が差し込んで幻想的な光景だったよ。恐怖を忘れて一瞬見とれちまったからな。

 けどな、見とれられたのは短い時間だった。

 狼の様子がだんだん変わるんだ。背中の辺りからブクブク膨れて大きくなって、気付けば人間の男に変わってた。

 そりゃもう驚いたよ。狼だと思ってみてたら、いきなり人間になるんだ。しかもよく遊んでくれる兄ちゃんだって、遠目でも分かったからな。


 今ほど異種族が馴染んでないっていっても、ワーウルフくらいは当時から知ってた。大人に散々おどされてたんだ。悪いことをするとワーウルフに食われちまうぞって。

 ちょうど俺は勝手に家を抜けだす。って悪いことをしてただろ。食べられる! って、とっさに思っちまったんだよ。

 だから、わき目もふらずに逃げ出した。


 今考えるとバカだよな。子供の足でワーウルフから逃げられるはずないのによ。

 ワーウルフどころか、普通の狼にだって勝てるわけがねえ。

 山歩きにも慣れてねえ子供が必死に走ったって、逃げるどころかわざわざ居場所を教えるだけだ。


 今だったら分かるけどな、やっぱ子供だったんだよな。その当時の俺はそんなの全く気付かなくて、気付いたら本物の狼に囲まれてたんだ。

 俺を食う気だったのか、自分たちの縄張りに入ってきた不届き者を追い払うつもりだったのか。それは分かんねえけど、とにかく狼たちは殺気立ってた。


 それでも最初は飛び掛かっては来なかった。こっちを警戒して、様子をうかがってたんだ。

 そこでじっとしとけばよかったんだろうが、とにかく俺は混乱して怯えてた。だから、足元にあった石を一匹の狼に向かって投げちまったんだ。


 幸い石は当たらなかったんだがな、狼からすれば攻撃された。って思うだろ。案の定、一斉に飛び掛かってきたよ。

 ああ、俺は死ぬんだ。そう思ったとき、狼と俺の間に何かが飛び込んできた。

 俺を取り囲んでた狼よりも一回り大きくて、毛並みがきれいな狼。いや、さっき俺が見たワーウルフだった。


 ワーウルフが唸り声をあげると、狼たちは途端にしっぽを下げて後ろに下がった。

 野性動物だからこそ、力の差ってのがよくわかったんだろうな。狼は縦社会だっていうし、自分たちより上だって認めたんだろ。

 その後はあっさり逃げてった。俺なんて見向きもしないでさ。


 ああ、助かった。そう思ったら俺はへたり込んで、動けなくなった。膝が震えて起き上がれねえんだよ。そんくらい怖かったんだ。

 そうしたら、さっきまで唸り声を上げていたワーウルフが俺の前に座り込んで、膝に手を置いたんだ。犬でいうお手って感じ。きっと慰めてくれようとしたんだろうな。

 それ見たら、何だか安心して。さっきまで怖いと思ってたのが嘘みたいに、俺は大声で笑ってた。怖すぎて、頭が変になってたのかもしれねえな。

 それでも、ワーウルフは俺が笑い終るまでじっとその場で待っててくれたんだよ。

 ほんとに優しい兄ちゃんだったんだ。


 そのあと俺は、ワーウルフの兄ちゃんの案内で無事に家に帰った。母ちゃんには抜け出したのがばれてて、こっぴどく怒られてな。その間にワーウルフはどこかにいなくなってた。

 ワーウルフだってばれても、狼だって思われても困るからな。気付かれないうちに逃げた方がいいのは分かってたんだが、俺はお礼を言い損ねたからちょっと不満だったな。


 次の日、人の姿をしたワーウルフの兄ちゃんに会ったんだけど、結局お礼は言えなかった。

 というか、言っていいのか迷ったんだよ。

 子供の俺だって、ワーウルフが大人によく思われてないのは分かってたから、口に出してお礼をいうことで万が一誰かにばれたら。そう思ったら口に出せなかったんだ。

 だから代わりに、うちでとれた野菜を持ってった。

 実家は農家だったからよ。


 そしたら、ワーウルフの兄ちゃん。最初は驚いた顔して、それから嬉しそうに笑ったんだよ。

 もしかしたら、怖がれてもう近づいて来ないとでも思ってたのかもな。

 助けてもらった相手に、そこまで薄情じゃねえぞ俺は。


 ……いや、たしかに最初は逃げたけどよ。それは仕方ねえだろ。何も知らなかったんだから。


 まあ、ここで終わってたら俺とワーウルフの兄ちゃんのいい話。で終わったんだけどなあ……。実は問題はここからなんだよ。

 俺が秘密を知ってからも、ワーウルフの兄ちゃんは村で変わらず過ごしてたんだけど、満月って毎月やってくるだろ。やっぱり回数が増えれば、気づかれる確率ってのはあがっちまうよな。


 ついに、大人にバレちまったんだよ。


 俺は必死にあの兄ちゃんはいい人だ。そういったけど、大人ってのは一度こうだ。って決めちまうと、なかなか気持ちの切り替えが出来ねえんだろうな。

 俺もこの年になったから分かるよ。今まで信じてきたものを急に変える。っていうのはなかなかにこえぇ。


 だからさ、ワーウルフは恐ろしいもの。って認識を、俺の村の大人は変えられなかったんだ。あんだけ面倒見てもらったってのに村の人も、ワーウルフの兄ちゃんに一番お世話になった木こりの爺ちゃんですら手のひら返した。


 それで、ワーウルフの兄ちゃんは村を出ていったよ。

 よかった。これで平和になる。って言ってる大人を見て、俺は悔しくて仕方なかった。


 ほんといい兄ちゃんだったんだぞ。村を出る前も、俺にだけは挨拶してくれたんだ。もう、夜の森には入るなよ。って。

 その言葉聞いたら、何だか泣きたくなってな。ワーウルフの兄ちゃんが出てった後、布団かぶって一人で泣いたよ。


 それが、こうして王都に出てくる切っ掛けになったんだがな。

 あのまま村で、狭い世界しか知らないまま生きるのが怖くなったんだ。

 今思うとその選択は正解だったな。

 王都には年々異種族が増えてって、問題もあるが世界は広いんだなって分かった。


 ワーウルフの友達もできてな。今では人間の友人より仲いいぞ。

 ほんとあいつら良いやつなんだよ。一度仲間だと決めたら絶対に裏切らねえ。

 すぐに疑って、気持ちを変えちまう人間より、あいつらの方がよっぽど信頼できる。


 とまあ、俺の異種族に関しての話はこんなとこだ。

 どうだ、少しは参考なったか?

 まあまあ、面白かった。ってお前は、ほんと人に物を聞く態度じゃねえなあ……。


 でもまあ、そのくらいがちょうどいいのかもなあ。

 俺も話せてすっきりしたよ。あんがとな。


 あっそうだ。今後もお前は異種族の話聞くんだろ?

 まさか、1つ話聞いたぐらいじゃ自由課題にならねえだろうしな。

 どっかで俺の村にいたワーウルフの兄ちゃんの事が分かったら、伝えといてくんねえか。

 あの時、助けてくれてありがとう。ってよ。


 えっ? 分かるはずないって?

 お前ほんと夢も希望もねえな。

 小さくても夢は一つぐらいあった方がいいぞ。絶対叶うとはいえねえけどな、ないよりは人生に張りがあるってもんよ。


 そういうおじさんは夢かなったのかって?

 ああ、叶ったぞ。

 俺の夢はな、ワーウルフと友達になること。

 理由は、いままでの話でわかるだろ。



王国歴248年 春

酒場にて 

夢を叶えたおじさん

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る