夢喰いバクの話

 何してるんだ? って、それはこっちからも聞きたい話だけど?

 あんたこそ何してんの? こんな何もないところで。

 ……散歩? わざわざ?

 人気のない場所を歩くのが好き? あー……まあ確かに、賑やかなところが好きそうなタイプじゃないね。


 俺はって? えぇっと……散歩。うん、そう。なんとなくここにいるだけ。

 嘘くさい? 嘘じゃないし……。ほんとだってば。

 ふーんって、全く信じてないでしょ。ちょっと! 隣立たないでよ!

 なに見てるのかって? さっきから、なれなれしくない? 何なのほんと。


 あれが何かって? 見れば分かるでしょ。学校だよ。学校。貴族の御令嬢しか入れない牢獄っていう名の学校。

 よく知ってるなって……たまたま。たまたま知ってただけ。

 この場所からだと、学校がよく見えるなって。……それもたまたまだから。深い意味とかないから。


 お兄さん、嘘下手だねって……お前、初対面の人間に何なの。

 あんたは逆に嘘得意そうだけどね。何考えてるか全くわかんない。俺に絡んで楽しいわけ?

 ……楽しいっていうなら、もうちょっと楽しそうな顔してくれない? さっきから全く顔変わらないんだけど。怖いんだけど。ほんと何なの……。

 俺みたいなのに絡んで楽しい? さっさとどっか行ってよ。鬱陶しいから。


 そんなにイヤなら、お前の方がどこか行けばいいって?

 ……何で、あんたのために俺がここを離れなきゃいけないの? 俺はここに用があるの。

 散歩っていってたのに用があるのかって……、俺……あんたみたいなタイプほんっと嫌い。


 あーわかった! わかった! 認めます! 用はあります! ここに用があるんです!

 大事な用だから暇つぶしにからかうつもりなら、どっかいって! 他人が見てたって楽しいものじゃないから!


 何でそんな必死なのかって? 俺、話したくないって空気だしてない? もしかしてあんた、ものすごく空気よめない? それとも読んだうえで絡んでくる性格悪い人? 

 両方だって。うわー……それまったく自慢にならないから。さっさとほんっとどっかいってよね。

 悩みがあるなら聞くって? この流れで俺が悩みあるように見える? そもそも話すと思う? だと思ってるなら頭いかれすぎて怖い。

 あんた、変な薬とかやってないよね? 俺そういうのとは関りあいになりたくないから、ほっといて。


 そう言いながらも離れないってことは、ほんとに大事な用事なんだなって……うん、まあ、そうだよ。大事な、ほんっと大事な用事だよ。だから、ほっといてほしいんだって!


 え? 異種族が関わってるのかって?


 いや、まあ、関わってることは関わってるけど、何で急に? 異種族についての話を集めてる? 学校の課題? 

 それで俺にまとわりついたわけ……。なんで異種族が関わってるって思ったの?

 勘? ええ……何それ、怖いんだけど……。面白そうな話を聞ける気配を感じたって、何なの。あんたこそ特殊な種族じゃないの。

 人間? 人間かあ……たしかに、人間が一番奇妙かもしれないね。よく分からないことにこだわったり、悩んだり……。人間って不思議だよねえ。


 んーじゃあ、仕方ないから話してあげるよ。異種族の話。

 あんたがしつこすぎてウザったいから、仕方なく。聞いたらさっさといなくなってよね。俺はほんっと忙しいんだから。


 なんの話かって?

 ……そうだなあ。一言でいうならば、馬鹿なバクと女の子の話かな。


 あんたはさ、バクってしってる? 西方の方にテリトリーがある、夢を食べる。って種族のこと。

 知らない? わざわざバクです。って宣言してまわるやついないし、人間には関係ない話だから知らなくても無理ないか。


 何で宣言しないのかって? あんまり好かれている種じゃないからだよ。人間はもちろん異種族にもねえ。

 何でって、あんた聞くだけじゃなくて少しは頭つかったら? 夢をのぞかれるって普通にイヤでしょ? 表に出さない奥深くにしまった深層心理をのぞき込む。それがバクの夢喰いだよ。それはおまけみたいなもので、実際は魔力を分けてもらうための力なんだけどね。


 周囲の魔力を吸収して蓄える竜種とか、生まれつき高い魔力を持って生まれるヴァンパイア、妖狐。少ない魔力でも上手い事使いこなせる器用な人魚。他の力で補うことの出来るエルフ、カラス天狗。


 そんな種族達にくらべてバクっていうのは生まれ持っての魔力も少なければ、蓄える力も、他のもので補う技術も持っていなかったわけ。

 じゃあどうするか? ってなったとき、バクが行きついたのは魔力が有り余っている優秀な種族から魔力をもらうってこと。それが夢喰い。


 他の種からするとさ、寝てる間に魔力をかっさらわれるわけ。ついでに隠している秘密とか、日頃思っていることとかをのぞき見されるわけだよ。 

 いい気分じゃないでしょ? だからバクっていうのは種族を明かさないのが普通。昔はほか種に紛れ込むのそれなりに苦労したみたいだけど、今は異種族交流の時代。王都にいれば色んな種が入り乱れてるし、人間だっていっとけばバレにくい。

 バクにとっては生きやすい時代になったわけだよ。


 あっていっても、あんたは心配する必要ないよ。

 バクが食べるのは魔力のある種族。人間なんて魔力のかけらもない存在を狙ったりなんかしないから。たまに気まぐれで人間の夢をのぞきみる、趣味の悪い奴はいるけどね。

 でもって、今から語るのはそんな趣味の悪いバクの話。


 人と異種族が共存する王都と言ってはいるけど、本当の意味で共存しているか。っていわれると、微妙なところだと思うんだよね。


 だってさ、さっきも言った通りバクは隠れて生活してる。一番王都になじんでいる。っていわれてるワーウルフに猫又だって、耳としっぽは隠してるし、獣化したら大騒ぎ。種族すら隠して人間のフリしている奴だって多い。

 それで共存? 笑っちゃわない?


 でもまあ、人間はともかく異種族側からすると面白い場所であるのはたしか。

 ほか種とこんなに気楽に話せる場所ってのはそうそうないからね。お互いに種族に気づいても、話題に出さずに人間のふりをしていれば揉めないし。演技が上手いやつだと、話しているだけだと種族がわからない。


 それでもなんとなく異種族だ。っていうのは分かるんだよ。

 でわかると、何の種族なんだろう? って気になってくる。

 疑問をもった、しかも抑えのきかなかったある性格のわるいバクはね、あろうことか夢喰いで確認しようと思ったんだよ。


 夢喰いっていっても、見たら必ず食べなきゃいけない。ってわけでもない。魔力を食べなきゃ相当勘のよい相手じゃないかぎり、バクにみられたって気づかない。

 だって夢って曖昧だろ? 夢の内容をハッキリ覚えていたとしても、バクに実際に見られたのか、バクがでてきた、ただの夢なのか。どちらか判断ができないんだよ。魔力が激減しているのがわかって初めて、バクの仕業だ。そう異種族たちは思うわけ。


 ようするに、魔力さえ食べなきゃばれない。

 それを利用して性格の悪いバクは夢を覗き見て、相手の種族を確認していたってわけさ。

 勝手に他人の秘密を暴いて回って楽しんでたわけだから、ほんと性格悪いよね。


 しかも、バレないことを良いことにだんだんエスカレートしていったわけ。最初は種族の確認として見てたわけだけど、ただ気になる人を覗き見る。そんな方向に変わっていってしまったんだよ。

 こうなるとただの不審者だよね。


 興味がわいた相手を種族問わずにのぞき見していたある日、バクは気になる女の子を見つけたんだ。

 一目でいいとこのお嬢さんだって分かる、制服とかいう仕立のよい服を着た女の子。

 同じ学校らしい、同じ服を着た子たちが周囲にはいるんだけど、その子だけちょっと離れた場所で仏頂面で立ってるんだ。上手くいってないんだな。って一目で分かる空気を出してね。


 それを見てバクは興味を持ったんだよ。

 王都に来てそれほどたってなかったから、人間の文化になじみがなかった。ってのもあるけど、何だかやけに目を惹いたんだ。一度みたら目が離せないっていうか、頭から離れないっていうか。とにかく気になって、バクは思った。今日はこの子の夢を見ようって。


 夢を見て分かったことはさ、女の子は家族ともうまくいっていなければ、学校でも上手くいっていないってこと。

 女の子は少々……いや、かなり口が悪くてね。言葉遣いは上品なんだけど、トゲがあるっていうか強いっていうか……。態度も強気だから遠巻きにされてて、友達がいない。そのうえ女の子の両親は女の子のことを政略結婚の道具としか見ていなかったんだ。


 バクはそれはもう驚いた。こんな悲惨な人生を歩んでいる子がいるのかって。しかも年下の女の子。

 自分よりも裕福な家庭で生まれて、学校なんて場所に通わせてもらって、綺麗な服にプレゼントをもらって、多くの人が望むものをもらっているのに、幸せには見えない。むしろ不幸にしか思えない女の子の生活を見て、バクはとにかく驚いて、衝撃を受けたんだ。


 こんな日々を送っている子供がいるのか。ああ、なんて可哀想で不幸なんだろう。

 そんな身勝手な気持ちと興味で、バクはそれから女の子の夢を何度も盗み見た。

 いつだって女の子の夢は薄暗かった。両親に邪見にされたり、クラスメイトに濡れ衣をきせられたり、意味もなく冷たくされたり。女の子にとって現実は厳しくて、夢の中すら希望がなかった。


 バクは最初は興味本位で、次には心配で、女の子の夢を何度も何度も盗み見た。

 どうにもできないって分かっていた。女の子がバクの存在を知らないことも分かっていた。それでも自分すら夢を見なくなってしまったら、女の子が本当に一人になってしまう。そんな気がして、バクは夢を見続けた。


 そんなある日、いつも通りに夢をのぞいたら女の子の方がバクをみた。そして言ったんだ。

 あなた、何度も私の夢に出てくるわね? って。


 バクは女の子が心配で、大切なルールを破っていたんだよ。

 夢喰いは同じ相手も行うと気づかれる確率があがるんだ。原則は一人に一回。何度も行うなら期間をあけて、相手が忘れた頃に。それがルール。

 それをバクは忘れて、短い期間に何度も女の子の夢をのぞいていた。

 いくら夢でも、何度も同じ相手を見かければ不思議に思う。女の子も夢の中に出てくるバクの姿を不思議に思って調べて、バクという種族に行きついていた。


 女の子はね、性格が悪くて馬鹿なバクに比べて、とっても聡明な子だったんだよ。


 女の子に気づかれてしまったバクは困ったよ。バレたら夢喰いはやめる。それが当たり前。

 それなのにどうしても、バクは女の子ことが気になって仕方がなかったんだ。そのくせ現実に会いにいく度胸はない。だから弱虫で、愚かなバクは気づかれても夢をのぞいたんだ。


 女の子は最初呆れてた。指摘したら現れなくなる。そう思っていたのにまた現れたわけだからね。

 それでも、拒否はしなかったんだ。優しい子だったのさ。


 そこから女の子とバクは夢の中で話すようになった。といっても最初はバクが一方的に話すだけ。バクは女の子の現実がどんなものか知っていたから、女の子が話さなくていいように知ってる限りのいろんな話を聞かせた。


 女の子は最初は不信に思っていたけど、だんだんと楽しそうにバクの話を聞くようになったんだ。そのうちに、自分の話も少しずつしてくれるようになった。


 そうやって夢の中で話すのが当たり前になったころ、女の子はいった。

 最近、話しかけやすくなったと言われました。あなたのおかげですね。って。


 バクは浮かれたよ。女の子のためにできることがない。そう思っていたけど、自分もできることがあったんだって。もしかしたら、もっと女の子の現実をよくできるかもしれないって。


 バクはそれから女の子と色々な計画をたてた。友達を作る計画。両親との距離を縮める計画。全てうまくいったわけじゃないけど、少しずつ女の子は現実でも楽しいことが増えていった。

 それを聞いてバクは喜んだ。きっと女の子には幸せな未来が待ってるはずだ。そう信じていたんだよ。


 まったく馬鹿な話だよ。結局バクは夢の中しか見ていなかったのさ。現実のことを考えながら、夢は終わらない。そう思っていたんだ。


 課題っていうんだから、あんたも学校には通ってるんだろ?

 女の子が通う学校は13歳から18歳までの5年間。卒業したら人間社会では大人の仲間入り。って扱いになるらしいね。

 あんたが今何才かなんて俺には興味ないけどさ、女の子は今年で18歳。そう、卒業なんだよ。


 女の子はね、生まれてすぐに婚約者が決まってた。戦略結婚の道具としてしか両親は女の子を見ていなかったし、その意見は最後まで変わらなかった。


 卒業したら、顔も見たこともない相手と結婚しなきゃいけません。って女の子が悲しそうな顔でいったのは最終学年になってすぐだった。

 バクはそれを聞いてね、世界が壊れたような気がしたんだ。今まで大事に大事に、女の子と作り上げた夢の世界が、少しだけ色づいて見えた世界が結局薄暗いままだった。そう気付いてしまったんだ。


 女の子はバクにお願いをした。

 学校の卒業式の日。私と一緒に逃げてほしい。って。

 知らない人と結婚するより、あなたと一緒にいきたい。そう言われたんだよ。


 バクは喜んだ。でもそれ以上に恐怖を覚えた。

 だって、バクは人間のことはほとんど知らない。王都に来て、女の子と出会って数年。人間一人をかくまいながら幸せにできる自信なんてなかった。


 それにバクは知ってたんだ。

 女の子が結婚する相手が、身分もしっかりした優しい人間で、女の子を幸せにしてくれる力を持っている人だってこと。

 女の子から婚約者のことを聞いてから、バクはこっそり調べて、この人だったら女の子を幸せにしてくれる。そう知っていた。でも、それを女の子には言わなかったんだよ。

 言ったら、女の子が自分と話してくれなくなるんじゃないか。そう怯えて秘密にしていたんだ。


 バクはとっても臆病で弱くて、性格が悪かった。

 女の子の未来が幸せだって気付いていながら、それを伝えることはせず、女の子の幸せを願っていながら真逆な行動をとった。

 ついには、夢の中でしか会えない自分なんかが唯一だ。そう錯覚までさせてしまった。


 それに気づいてバクは離れなきゃ。そう思ったんだ。

 身勝手な話だよ。勝手に心の中におしかけて、勝手に怖がって逃げたんだ。

 でも、これ以上自分がつきまとったら女の子は幸せになれない。そう思ったのは本心だった。最後は心の底から女の子の幸せを願って、その日を最後に女の子の夢に出なくなった。


 それで終わりかって?

 ああ、終わりだよ。


 見ていたのは女の子が通っている学校なのか?

 その通り。そして今日は卒業式。18歳の女の子は大人になって、それから素敵な婚約者のところに嫁いでいくのさ。


 それでいいのかって?

 いいに決まってる。臆病な俺なんかより、あの子にお似合いの相手だ。とっくに気づかれてる。って分かっているのに、他人の話のように語るような、卑怯でどうしようもない奴より。


 彼女の意見は聞かなくていいのかって?

 聞く必要はないでしょ。自分勝手で、いきなり夢にでてこなくなったような俺だよ? あの子もとっくに俺のことなんか忘れてるか、裏切り者って恨んでるよ。

 それを分かっていても、こんなところで卒業を見守ってしまう女々しい男だし……。


 じゃあ、向こうから走ってくるのは幻覚か……って……え?


 ちょっとまって、え? なんで、あの子が? ま、まずい! 逃げないと!

 おい! あんた! 俺は逃げなきゃいけないんだけど! 何で全体重かけて俺の服つかんでるの! やぶれるから! っていうか、逃げなきゃいけ……あああああ!

 やけにしつこいと思ったら、お前! ぐるだったのか! 

 はあ!? 頼まれて足止めしてた!? くっそ! こんなところまで賢くなくていいのに!

 はなせって、ああ、もう! 覚えてろよ! 今度、お前の夢にでてやるからな!



王国歴249年 春

女子校が見える丘の上

誘拐犯になったお兄さん






勝者インタビュー



 あの人が臆病で弱くて性格が悪い? そんなの最初から知っていますけど?

 そもそも見ず知らずの女性の夢を勝手に覗き見る時点で品性を疑いますし。悪気がないあたりもどうかと思いましたし。

 ですが、それ故にとても純粋なものに見えたというか……何だか憎めなかったのですよ。

 あの人もはじめて私を見た瞬間、目が離せなかったといっていましたし、そういうものなのでしょう。きっと運命。これで生まれ持っての紋章があったら完璧でしたが、異種双子じゃなくても運命くらい語ってもよいでしょう。

 婚約者のことを調べて知っていたのに関しましても、わかってましたよ。だってあの人嘘つけませんし。私だっていつまでも子供じゃないんです。自分で相手の事を調べることぐらいできます。

 結婚した方が平穏な人生はおくれたでしょうね。お金に不自由しませんし、隠れて過ごすこともありませんし。でも、仕方ないでしょう。もうあの人以外ありえない。そう思ってしまいましたし、そう思わせたのはあの人なので責任は取ってもらわないと。

 捕まえる際にはご協力ありがとうございました。あの人の性格からいって、卒業式は必ず来るだろうと思っていましたし、見るならあの丘だろうとあたりはつけていたんですが、途中で逃げられてはどうにもなりませんから。

 卒業式の数日前に協力してもらえる存在、あなたに会えるなんてほんとに幸運なことでした。

 いや、必然だったんでしょうか。

 あの人は否定するでしょうけど、私はこれが運命だと思っています。逃がしませんし、また逃げられても捕まえますよ。

 すぐ怖気づく臆病者には、私みたいなのがちょうどいいんです。

 あなたもそう思うでしょう?

 同意して頂けて嬉しいです。あの人が夢に出てきたら愚痴ぐらい聞いてあげてくださいね。

 それでは、また。

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