※ゾンビオークションの話
一昨日ここで何があったかって?
お前何でそんなこと聞いてくるんだ。……はあ? 学校の課題?
学校の課題で、異種族について調べてるから気になるって?
何だその課題……。
王都では異種族の数がどんどん増えているから、種族間交流を深めるために特性や価値観を知る必要がある……ねえ。
お前本気でそう思ってんのか?
先生の評価がいいから調べてるって……お前ずるがしこいっつうか、がめついっていうか……。
まあそれはいいとして、評価がいいってことは先生は必要だと思ってる。ってことだよな。
嫌そうな顔だって? ああ、嫌だよ。異種族交流なんて俺は必要ないと思ってるからな。
あいつらは俺たち人間とは別の価値観で生きてる。あいつらだって俺たちのことは理解できないだろうし、俺たちだってあいつらの事なんて理解できないさ。
何でそう思うのかって?
実をいうと昔からそう思ってたわけじゃない。つい最近、っていうか一昨日だな。ちょっとしたこと……いや、俺にとってはものすごい事が起こってな……。
一昨日っていうとここで異種族による集会があった日だよな。ってお前やっぱ知ってて話かけてきたな。
たまたま耳に入ったから、面白い話きけないかと思って聞き込みしてた?
……どんなに聞き込みしたって面白い話はきけねえと思うぞ……。
学校の課題で発表するような話でもねえだろうし、あきらめて他の話あたれ。世の中知らない方がいいってこともあるしな。
そこまで言われると逆に気になる。ってお前は淡泊なのか好奇心旺盛なのかどっちなんだ。
皆に断られたから、ここまでくると淡泊でも気になってくるって?
……俺以外にもすでに声かけてたのか……。意外と行動力あんなあ……。
他の奴らには断られたって、どんな感じだった?
全体的にもう思い出したくない。って感じだった。まあ、そりゃそうだろうなあ。
もったいぶらずに教えてくれって? 渋ってんのはお前のためでもあんだぞ。俺が純粋に話したくねえ。っていうのもあるけどよ。
このまま真相が分からないと気になって次にいけない? 課題が進まない?
子供の学習に協力するのが大人の義務だろって……お前見た目のわりに強気だね。なんかいかにもやる気なさそうな、もやしっ子っぽいのに……。
そこまでいうなら話してやってもいいが、聞いた後に後悔しても知らねえぞ。
俺はお前にしつこく頼まれたから話したんだ。恨むならしつこく聞いた自分を恨めよ。
念押しはいいから、さっさと話せって。人に話聞く態度じゃねえなあ……。
といっても、どこから話すか……。
そうだな。まずはここに一昨日集まってた種族のことから話すか。
ここでは年に一度とある種族の一大イベントが開催されるんだと。っていっても俺も知ったのはつい最近なんだけどよ。
結構な年数やってるらしいけど、全く知らなかっただろ? あんまり広めてねえんだ。内容があれだしな……当然っちゃ当然だな。
そのとある種族っていうのがゾンビだ。
ゾンビって知ってるか? 北の方にテリトリーがある、生きる屍。なんて言われてる種族だな。滅多に王都にはこねえから見た事あるやつはほとんどいねえだろ。
もしかしたら少しぐらいは王都に紛れてるかもしれねえけど、他の異種族と一緒で本気で人間に混ざられたら見分けがつかねえからな。
ゾンビは腐敗臭がするから、すぐに気づくんじゃないのかって?
別にゾンビ事態が腐敗臭をはなってるわけじゃねえよ。あいつら死体をあさる習性があるから、匂いがうつってるだけ。王都で人間に交じって生活してるようなやつは、ゾンビだってばれるような行動はとらないだろうからな。匂いじゃまず分かんねえ。
お前だってゾンビが嫌われものな事ぐらい知ってるだろ。
蝙蝠族といい北にテリトリーをもつ連中は嫌われものが多いよな。
一説によるとそういう奴らが他種族との関りをたつために、北にテリトリーに引っ込んだらしい。逆に他の種族が関わりたくねえから追いやった。ってのもあるらしいけどな。
そこまで嫌わなくても。って?
そうはいってもなあ、お前だってゾンビの死体漁りは知ってるだろ。こっちとしては気分いいもんじゃねえよ。
身内の墓を荒らされた。ってなったら腹が立つし、全く関係ない他人。動物だったとしても気分いいもんじゃねえだろ。
そもそも何で死体をあさるのかって?
お前、ゾンビが何で生きる屍って言われてるか知ってるか?
何度殺しても生き返る。っていうのは聞いたことあるだろ。
正確にいうと本当に死んでいるわけじゃないらしい。ゾンビの最大の特徴は再生能力が桁外れなこと。だから他種族からしたら致命傷でも、すぐに傷口を再生する。
それが殺したのに生きている。そう見えるんだと。
でもな、ゾンビも万能じゃない。生き物だからな、死ににくいだけで死にはする。
再生にも限界があるんだと。何度も致命傷を負って、治る。を繰り返していると、限界がきて再生しなくなり、最後は腐り落ちて死んじまうんだとさ。
回数制限があるってことかって?
簡単にいとそういうことらしいな。
そこらへんは個人差があって、ゾンビ自身もよくわかってねえらしい。
それと奴らにとっては一番厄介な特性っていうのが、再生能力っていうのは常に発動し続けている状態ってことだ。
あいつらが意図的に再生をしてるわけじゃなく、勝手に治るんだとよ。たとえ治したくなかったとしても。
ゾンビは他種族からすると不死に見えるけどな、それは自己再生能力が異様に高いからそう見えるだけだ。
実際ゾンビって長寿種。って分類にはされてねえだろ? 人間よりは長生きだけど、竜族やヴァンパイアなんかに比べたら、あっという間に死んじまう弱小種だ。
何で再生能力が高いのにすぐに死んでしまうのかって?
皮肉なことになあ、再生能力が高すぎるゆえに死んじまうらしい。
さっきゾンビが再生するにも回数制限がある。っていっただろ?
普通に生きてるだけでも回数制限を無意識に果たしちまうんだと。大けがをせずに普通に生きてても。
それが「生きる屍」っていう通り名の由来よ。
年齢を重ねるごとに四肢がどんどん腐り落ちて行って、最終的には自身も腐って死んじまう。その姿を見て、こいつはもともと死体だったんじゃ。そう他種に認識されて、広まったのが今のゾンビのイメージ。
そこだけ聞くと可哀想ではあるよな。
黙って四肢が腐っていくのを待つしかないのかって?
そういうわけじゃない。あいつらだってそこは考えている。そこで生まれたのが死体をあさる。って習性だよ。
何であいつら死体をあさるのかお前考えたことあるか? 趣味ってわけじゃねえ。生き残るための知恵ってやつだ。
人間からするとそこまでして。って感じではあるけどな。
再生能力が高い。って話はしただろ?
あいつらはちょっとした傷ならすぐ治る。手足を切ってもくっつければ勝手に繋がるんだ。その特性を利用してな、他の人型種族の手足、または動物の手足なんかをもらって自分の体にくっつけるんだよ。
他の動物、他人のものでも綺麗にくっつくらしい。っていうか、くっついた。一昨日見たんだ……。
お前、今嫌な予感しただろ。
この先きいたらまずそうだって気づいた顔だ。でもな、ここまで来たら俺は最後まで話すからな。
恨むならさっきも言ったが、しつこく聞いた自分を恨め。
ここまでゾンビの説明をしたわけだがな、最初のお前の質問に戻るぞ。
一昨日ここで何があったのか。それはな、ゾンビオークションだ。
ゾンビを売るのかって?
名前だけ聞くとそう勘違いするのもわかるが違う。そもそもゾンビを欲しがる奴なんかいるのか。って話だしな。
学者はもしかしたら欲しがるかもしんねえが、ごく一部だろ。オークションまでは発展せずに、せいぜい闇取引で終わりだ。
実をいうと俺は一昨日までゾンビの特性なんて全く知らなかったんだよ。
縁のない種族だしな。異種族の中でも嫌われものだ。興味もなかったし、嫌悪感すら抱いていた。
いや、嫌悪感に関しては今も覚えてる。っていうかさらに増した。って言った方がいいけどな。
とにかくだ、俺はゾンビなんて種族は全く知らなかったんだが、一昨日オークションに参加することになってな。その時に色々と教えてもらったんだよ。
何を買ったんだって? いや、逆だ。俺は売りに行ったんだ。俺の腕をな。
まだ腕がついてるので分かる通り、寸前で怖気づいてやめたんだけどよ。今考えても正しい選択だったと思うぜ。ああ、本当に怖気づいてよかった……。
さっきも言っただろ。ゾンビっていうのは体がどんどん腐り落ちていくって。その腐り落ちた部分を補うために他の種族、動物の手足を使うってな。
そういうのは出来るだけ新鮮な方がいいんだよ。骨になっちまったらいくらゾンビでもくっつけられねえ。腐敗が進んでるとすぐに他の手足に付け替えなくちゃいけねえ。
そういうわけで、出来るだけ新鮮で品質がいい手足を手に入れる必要がある。
そのために年に一度開催されてるのがゾンビオークション。
ゾンビが自分の手足を手に入れるために開催する一大イベントだ。
恥ずかしい話なんだけど、俺には借金があんだ。ちょっと商売に失敗して、地道に働いて返すには気の遠くなるような額を抱えちまったんだよ。
妻もいるし、子供もいる。今後の生活を考えたらお先真っ暗。どうしたもんかって考えてた時に、運が良ければ多額の金が手に入るイベントが近々開催される。って教えてもらったんだよ。
その時の俺からすれば天の助け。って感じでな、詳しい話を聞いたんだ。
手足をゾンビに買い取ってもらうオークションだって聞いたときは手足の1本や2本で金が手に入るなら。そう軽く思っちまった。
そのくらい切羽詰まってたっていうか、手足を失う。っていうのをどこか甘く考えてたんだよな。
時間は深夜。会場は地下で行われた。関係者以外に話すな。ってきつく言われたよ。
あんまり広めていい類の話じゃねえのは確かだよな。ゾンビからすると死活問題ってことと、年に一回ひっそり行われてる。ってことで上の人間は大目にみてるらしい。
地下ってこともあって会場は狭くて、暗かった。そんな場所にたくさんの人間、いやゾンビがひしめているんだ。想像するだけでも不気味だろ?
しかも参加者は顔を仮面で隠した。だから余計に気味悪くみえたんだよ。
暗いし、顔は仮面で隠れてたし、一昨日参加したゾンビが今横を通り過ぎても俺は気付かねえだろうな。
あくまで、普通の外見をしたやつは。って話だが。
どういう意味かって?
ゾンビは見た目的には人間と変わらない。四肢が腐り落ちるって特性を上手くごまかせば人間とも共存は出来るだろうよ。でもな、昨日会場にいたやつには、明らかにシルエットが可笑しいやつらが混じってたんだ。
片方の腕だけ獣のものだったり、片腕だけが妙に筋肉質だったり。暗闇でも分かるキラキラしたものが混じってたり。
シルエットだけでも明らかに別の生物のものだって分かるもんが、手足にくっついてるんだよ。
暗くてもそれだからな、明るいところでみたら見た瞬間に逃げただろうな。そういう理由もあって真っ暗な中やってんのかもしんねえな。俺みたいに怖気づかれる人間は出来るだけ少ない方がいいからな。
けど、俺が怖かったのは外見以上にやつらの会話だった。
ステージの袖で俺たちは待機してたんだけどな、奴らの囁き声が聞こえるんだ。
そろそろ新しい新鮮な足がほしい。とか、どうせなら綺麗な女性の手足がほしい。とか、最近の流行は獣だとか、珍しい種族の手足があったらぜひ買いたいとか。
声を聞けば聞くほど、とんでもないところに来ちまった。そう気づいたけど、今更逃げ出せねえ。その時はそう思った。何しろ金が必要だったしな。
けどな、いざオークションが始まったらそんな気持ちは吹っ飛んだよ。
少しでも腐敗を防ぐためだろうな、氷で冷やされた手足がどんどんステージの上に運ばれてくるんだ。それを陽気に司会者が説明して、仮面をつけた奴らが値を付けるんだよ。
何度もいうが、切断された手足をだぞ?
異様な光景すぎて、何だか現実味がなかったよ。
竜種の腕が出たときはすごかった。俺が一生働いても手に入らないであろう値がついた。あれだけあったら一生遊んでくらせただろうな。
それでも俺は恐怖を覚えた。値段が跳ねあがるにつれて、なんていったらいいのか分かんねえけど気分が悪くなってな。今すぐにでも逃げてえ。って思ったんだ。
でも、他の出品者は誰も帰ってなかったから、ここで怖気づくのはかっこ悪い。そう必要のねえプライドで何とか耐えちまったんだ。
俺のほかにも出品者がいたのかって?
10人くらいはいたんじゃねえか。世間話する空気でもなかったから知らねえが、だいたいは俺と似たような理由だろうな。皆何かに追い詰められた雰囲気だった。
人間の売りは希少性じゃなくて鮮度だ。一言でいうなら、その場で手足を切り落として提供するってことだ。
今思うと何でそんなの俺は了承したんだろうな……。金に目がくらむと正常な判断がつかない。ってのはホントらしい。
痛みはないように麻酔をつかう。その後の生活に問題がないように義手や義足も用意する。問題があったらすぐに対応する。って連絡先もしっかり記載されたマニュアルみたいなものも渡された。
現実味がなかったのもあって、ここまでしっかりしてくれるなら。ってどっかで思っちまったんだろうな……。
どんどんオークションがすすんで、いざ自分たちの番になった。
最初に出てったのは幸薄そうな男さ。今にも倒れそうな真っ青な顔してたけど、逃げなかった。
俺以上に金に困ってたのか、他に理由があるのか知らねえけどふらふらしながらもステージの上にあがった。
提供したのは腕だった。ステージの上で商品を説明してた司会者が、男の腕をもちあげて「次の商品はこちら」って明るい声でいうんだ。
何だこれ。ってその時になってようやく俺は夢から覚めた気がした。
どんどん値段が吊り上がってく。鮮度ってのはゾンビにとって重要なんだろうな。竜族ほどではないにせよ、結構な高値で落札されたよ。
俺の借金を返しておつりがくるくらいだ。怖気づかなければ、俺の腕もあのくらいの値段はついたんだろうな。
それでも無理だったんだよ。
落札者はステージにあがってきて、司会者は注射針を用意した。それに続いて奥から刀をもった係員が現れたんだ。
東の方で主流な刃物ってのはきいてたけど、あれ本当によく切れるんだな。武器屋で見かけるたびにしばらく思い出しそうだ……。
男の腕はあっさり切られたよ。あっけなさすぎて最初切られたって思わなかったぐらいだ。ステージ上に落ちた男の腕と、すぐさま止血にきた係員の姿でやっと現実味がわいた。
麻酔で痛みもねえからな、切られた男もきょとんとしてたよ。それが余計に不気味だった。
落とされた腕をすぐさま競り落としたやつが拾いあげた。
そうすると刀をもった係員は、今度は落札者のゾンビの腕を切り落としたんだ。麻酔なんか使ってないと思うんだが、ゾンビはまったく気にせず、さっきまで男についていた腕を自分の腕につけたんだ。
ちょっとおさえてたと思ったらすぐにくっついた。調子を見るみたいにゾンビはグルグル腕を回す。それから会場にいる他のゾンビたちに向かって腕をふりあげた。
それを見た瞬間に会場から歓声が上がったよ。
アイドルでもいるみたいな熱気が伝わってきて、俺は気分が悪くなった。
腕をとられた男は未だに現実感がわかないみたいで、ぼう然としたままズルズルと係の奴らに引きずられて戻ってきた。男が焦点の合わない目で「俺の腕……」そうつぶやいたのがすれ違いざま聞こえてな……。
それを聞いた瞬間、俺は無理だ。って思って出品をとりやめたんだ。
出品者の意思を尊重するっていってもかなり引き留められたよ。奴らからしたら新鮮な手足っていうのは本当に価値があるみたいだな……。
けど、どれだけ金をつまれても無理だ。って思っちまったし、その選択を俺は後悔してねえ。他の奴らがその後どうしたかは知らねえ。結局は俺が真っ先に逃げ帰っちまったからな。
お前が俺の前に話しかけたってやつに手足がねえやつ。または動きが不自然なやつがいなかったか?
……ああ、いたか……。
そうか……それがそいつらの選択。っていうなら俺が口出すべきじゃねえな。
今後どうするのかって?
地道に働いて金を返すよ。いくら金を積まれたって、あんなのにはもう参加しねえな。手足だけじゃなく、大事な何かを売り渡しちまう。そんな気がするからな。
ゾンビのことは嫌いになったかって?
もともといい印象はなかったけど、今回の件でさらに印象は悪くなったな。っていうのが正直なとこだな。
あいつらにとっては必要なもの。っていわれてもな、本能的な嫌悪感はどうにもできねえ。この先も好きにはなれねえだろうな。
いくら身近な存在になったってな、異種族ってのは人間とは別の生き物なんだよ。
姿形が似てようと、会話できようと、生まれ持っての差を埋めることはできねえ。特にあいつらみたいに生物としての在り方が全く違う奴らはな。
お前は話聞いてどう思った?
四肢を売ってでも大金を手に入れるか? それとも俺みたいに逃げるか?
……わかんねえか……。
お前お金に困ってる。って感じでもねえしなあ……。想像できねえかもしれねえな。
まあ、参考までに覚えておくといいんじゃねえか。
毎年この時期このあたりで、ゾンビオークションは開催してる。
どうしても金が必要になったら、手足と引き換えにするって選択もなしじゃねえ。
俺はおススメしねえけど。
王国歴248年 冬
トラスナー通り
疲れた叔父さん
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます