※雨と炎と鬼の話

 こんなところで何をしてるのって? ここでやる事なんて一つだろ。あの学校をみているのさ。


 王都に暮らす人間だったら知ってるでしょ? アメルディ学院。異種双子トゥインズが世界各地から集められる学校さ。

 10歳になったら親元から引きはがして18歳まで、よっぽどの理由がないと出られない。一種の監獄みたいな場所。


 棘がある言い方だって? そりゃそうだよ。俺はあの学校嫌いだからね。

 いや、学校っていうか異種双子が嫌いなんだ。

 何で嫌いなのかって? むしろ、何で君たちは何の疑問も抱かないんだい? 冷静に考えてみなよ。気持ち悪くないか?


 生まれた瞬間、体に刻まれてる紋章。あれってどういう原理で浮かび上がるか分かってないんだよ。しかも、見たことも会ったこともない、種族すら違う存在を運命だ。自分の大切な片割だ。そう根拠もなく思うんだ。

 これって本当に彼らの意思なのかな。何らかの洗脳。一種の呪いみたいな何かが働いてるんじゃ。そう俺は思えてならないよ。


 言われてみれば、怖いって?

 君はなかなか賢いね。この話をすると大概の人間は顔をしかめるか、笑い飛ばすんだ。

 皆愚かだ。目の前にある常識、自分の当たり前から逸脱するものからは目をそらそうとする。そして裏切られてから騒ぐんだよ。本当にバカばっかりだ。


 気持ち悪いからそんなに嫌いなのかって?

 そうだね……それだけではないんだけど、説明するとなると一言で終わらせるのは難しいな。

 聞きたい? モノ好きだね君は。

 異種族の話を集めてる?

 ふーん。何だか妙なことをしているね。俺に話しかけたのも、面白い話聞けそうだと思ったの? 君にとって面白い話かは分からないな……。むしろ不快は話かもしれない。それでも聞きたい?


 そう。なかなか度胸があるね。じゃあ、聞かせてあげようか。

 俺が異種双子が嫌いになった話。いや、異種双子を憎み始めた切っ掛けの話。


 君は鬼って知ってるかい? 東方の人の国からはずいぶん遠い場所にテリトリーを持つ種族さ。パッと見の見た目は人間とそれほど変わらない。人間よりはガタイが大きくて、目つきが鋭い奴らが多い。そのくらいかな。

 実際の中身はまるで違うけどね。特に違いがある部分って言ったら角。

 鬼って種族は額に角をもって生まれてくる。この角が強さと美しさ、権威の象徴。本数が多くて、大きいもの。それでいて綺麗な角を持つ鬼ほど周囲に慕われて、大切にされるんだ。


 今から200年ほど前かな、鬼のテリトリーにある小さな村。そこには白くて綺麗な2本の角を盛った娘がいたんだよ。形もいいけど、とにかく色がきれいでね、生まれた時から芸術品のようだ。って大人たちに褒められて、娘はとても大事に育てられたんだ。

 将来は強い立派な角を持つ男の鬼と結婚して、強い子供を産んでくれる。そう期待されていた。


 人間からすると異種族の感覚って分からない部分も多いだろうけど、特に意見が対立するのが子供に対する考え方だね。

 異種族っていうのは出来るだけ強い子を産み、育てようとする。時には愛よりも相性の方が大事だ。そういう風潮になったりもするんだよ。人間からすると信じられないことかもしれないけど、そうして強い血筋を残さないと他種族に負けて滅んでしまう。そういう危機感から生まれた常識なんだ。

 今は異種族間の衝突もだいぶ減ったから、この常識をいつまでも残す必要もないんだけどね。下位種と違って中位種、上位種は寿命が長い。昔の感覚がなかなか抜けず、捨て去ることもできないのさ。


 だから、白い角をもって生まれた娘は当たり前に、強い鬼の元へ嫁ぐ。そう村の中では決まっていたんだ。その娘の胸に紋章が刻まれていた事実なんてお構いなしにね。


 今ほどではないけどね、当時も異種双子に関しては各種族に伝わってはいたんだよ。異種双子の紋章が現れた子供はきちんと報告するように。そうヴァンパイアはうるさいほどに各種族に伝えていたんだけど、その村の鬼たちはそれを無視したのさ。

 これは異種双子の紋章ではなく、生まれつきある痣だってね。いくら何でも無茶な言い訳だ。って今は思うけど、鬼のテリトリーの外れにある小さな村だったならね。よそから他の鬼がやってくることもない。大人たちの勝手な言い分を正す者なんていなかったんだ。


 娘も自分が異種双子だとは教えられずに、ただ特殊な痣がある子供として育てられた。村の大人たちは娘に関しては特に気を使って、一切他からの情報が入らないように、閉じ込めるようにして育てたんだよ。


 でもさ、異種双子っていうのはね、知識はなくても本能で、自分の片割がどこかにいる。そう感じ取ってしまうものなんだ。娘も、自分が異種双子だと知らなかったのに、よく遠くの方を見て言っていたよ。


 あっちの方角に、何か大事なものがいる気がする。

 ってね。


 当時は分からなかったけど、その方角に進むと「人の国」。ここにたどり着くんだよ。

 笑っちゃうよね。娘は何一つ知らされず、次の強い子孫を残すためだけに閉じ込められていたのに、それでも片割を感じ取っていたんだ。

 強い絆。運命だと人によってはいうだろうけどね、俺にとっては恐ろしいものにしか思えない。

 だって意味が分からないじゃないか。

 娘自身に聞いても「何となく」そうとしか答えないような曖昧な感覚だ。それでも、そこに行ったら大事な何かにあえる。そう確信していたんだから、無茶苦茶だ。


 異種双子にしか分からない感覚なのかもしれない。異種双子にとって、片割とそれ以外っていうのは大きな差があるんだよ。親であっても兄弟であっても、片割以外は他人と同じなのさ。


 そんなことはないだろうって?

 君、異種双子に会ったことないだろ? あったことがないからそんなことを言えるんだよ。

 奴らはおかしいよ。片割以外のことだったら平気で捨ててしまえる。なかったことにできてしまう。出会ったら最後、何よりも片割の方が大事になってしまうんだ。

 十数年一緒に過ごした肉親よりね。


 ってこんなことを君に言っても、困らせるだけだね。話を戻そうか。


 鬼側の理想としてはさ、娘に何も知らせず悟らせず、そのまま強い子供を産んでもらうことだったんだけど、そううまくはいかなかったんだ。

 娘を幽閉しようと、片割。人間の方は「人の国」に生まれているわけだ。娘が知らず知らずに「人の国」を見ていたくらいだから、片割の方も娘がどの方角にいるかは分かったんだろうね。

 ある日、鬼のテリトリーにヴァンパイアを含めた一行が入ってきたのさ。


 鬼っていうのは他種をテリトリーに入れるのを嫌がるんだけど、そこはヴァンパイアだ。脅迫じみた方法で無理やり押し通したんだろうね。それだけヴァンパイアは異種双子を集めることに必死なんだよ。

 それに関しても疑問だよね。下位種になんて興味がないはずのヴァンパイアが、どうして人間に肩入れするのか……まあ、俺には関係ない事だから、どうでもいいんだけど。


 一行はヴァンパイア一人に案内役兼護衛役だろうカラス天狗。それと人間が一人。

 大人たちはこの人間が娘の片割だってすぐに察した。ヴァンパイアが交渉している間もずっと、人間は誰かを探すように。いや、娘を閉じ込めている屋敷がある方角をじっとみていたんだよ。それだけで察するには十分だった。

 その数日前から、娘の方も、ソワソワと落ち着きがなかったんだ。何かが近づいてきている気がするって、大人しくて静かな娘だったのに、頻繁に外の様子を見に行こうとするようになっていたんだから。


 村の大人たちは焦った。このままじゃ娘を連れていかれてしまう。娘はとても美しく優しく、器量よく成長していた。そんな娘に惚れている鬼の若い男も多かった。もう少したったら、娘の旦那を決めるために武闘大会を開こう。そう話していた時期だったしね。


 旦那を決めるのに戦うのかって?

 鬼っていうのはそういう種なんだよ。力が全てなんだ。

 ほか種からはよく脳筋だなんていわれるけど、俺から言われたらほかだって似たようなもんだよ。

 金、名誉、地位。あとは顔の造形。性格。言い方が違うだけで、当人が持っている強み。力でしょ。

 鬼はその中でも特に腕力に重点を置く。それだけの話さ。


 そんなわけだったから、鬼からすれば今のタイミングで娘を連れていかれるのは嫌だった。しかしヴァンパイアを上手く言いくるめる手も、カラス天狗を誤魔化す手も思いつかなかったのさ。

 鬼はいつだって力技。策略を張り巡らせるなんて向いていなんだよね。


 だからこそ、娘の一件も力で解決させてしまおう。そう思ってしまったのさ……。


 テリトリー内ではそのテリトリーを守る種族の決まりが優先される。それは知ってるだろう?

 それを知っているからヴァンパイアはなるべく早く娘を見つけて、テリトリー内から出ようとしていたんだ。それに対して鬼は色々と理由をつけて引き延ばして、ヴァンパイアが鬼たちに気を取られている間に人間だけを引き離したのさ。

 そしてあろうことか、娘の片割の男を殺してしまったんだ。


 あの日は……酷い雨の日だったよ……。

 外が騒がしいのには気付いていたけど、雨がひどかったし、何だか嫌な予感がして、俺はその娘と一緒にいたのさ。

 いつも通りに遊んでいたら、突然娘が目を見開いて、着物をはだけ始めたんだ。驚いた。そんなことをする鬼じゃなかったからね。どうしたのかと聞いたら、自分の体を見て、震えだしたんだ。

 視線の先をみて、俺も遅れて気付いた、胸に刻まれていた紋章が綺麗さっぱり消えていたのさ。最初からそこには何もなかったみたいに。


 異種双子の紋章というのはね、片方が死んでしまったらもう消えるんだ。

 どういう原理は分かっていないらしい。でもさ、片割は分かるんだよ。視覚的にも感覚的にも、世界に唯一の自分の半身が消えたってね。

 その後の娘の反応は早かった。雨の中、俺の制止の声も聴かずに飛び出していったんだ。大人の言いつけを守って、外に出たいなんて言わなかったのに、止めようとする手も声も振り払って、迷うことなく一か所に向かって走っていったのさ。


 俺も後を追った。追わなきゃいけない気がした。

 必死で走って、追いついた俺が見たのは、人間の男の前でぼう然と立っている娘の姿だった。

 人間は刀で背後から刺し殺されたんだってすぐに分かった。一撃目で致命傷だっただろうに、その後憂さ晴らしに何度も切られたんだって、雨だけじゃなくて血を吸ったボロボロの衣服で分かったよ。


 男を殺しただろう数人の鬼がさ、必死に言い訳してた。違うんだ。これはお前のためなんだって。それに対して娘は何の反応もしなかった。ただ微動だにせず片割だった男の、会うことも話すこともできずに殺された自分の半身を見つめて……、いきなり笑いだしたのさ。


 初めて聞いた声だった。声を立てずに笑う鬼だったのに、雨の中狂ったように笑うんだ。それを見て、俺は恐怖を覚えた。生まれて初めて、あの鬼が怖いって思ったんだ。

 それは男を殺した奴らも一緒だったんだろうね。半歩後ずさって、それから逃げようとしたんだよ。でもね、娘は許さなかったんだ。


 奴らが男を殺した刀を奪い取ると、迷いなく腹に突き刺した。

 刀なんて一度も持ったことがないはずなのに、初めて持ったとは思えないほど迷いがなくて、綺麗な太刀筋だった。

 倒れた一人を見て、ぼう然としている間に残りの数人も娘は突き刺した。血が噴き出して、自分に返り血がかかろうとも気にもせずに深く、深く、一撃で殺せるほどに深く刺したんだ。

 生気が抜けて、その場に崩れ落ちる鬼を見て、娘は静かに笑ってた。


 こんなにあっさり死んでしまったら、復讐できないでしょ……。


 いつもと変わらない口調でそういって笑うと、娘はね、片割の亡骸を抱えて、雨の中、歩き出したんだ。もう死んでしまって動かない片割を、宝物みたいに。世界一愛おしいものを見るような蕩けた顔で見つめながら、雨と血に染まった着物を引きずって、血に濡れた刀を持って娘は歩き出した。

 俺は見てることしかできなかった。目の前に起こったことが現実だとは思えなかったし、思いたくなかったんだ。


 遠くで悲鳴があがった。大きな物音、誰かが倒れる音。その後も何度も悲鳴や物音は聞こえ続けた。雨の音よりなぜかよく聞こえたんだ。

 大人のものもあったし、子供のものもあった。許しを請うようなものも聞こえてきたし、怒鳴り散らすものもあった。声も言葉もバラバラだったけど全て平等に、最後は聞こえなくなった。

 俺はいつまでそこに立ち尽くしていたか分からない。いつの間にか力が抜けて座り込んでいたけど、それがいつだったかも分からない。

 気付いた雨は上がって、周囲は燃えていた。娘が閉じ込められていた屋敷が火の中心だって分かった。きっと娘はあそこで、大事な男と一緒に死ぬ気なんだってね。


 暮らしていた家が、村が、炎に包まれていく様を見つめながら、俺も死ぬんだと思ったよ。それでもいいかと思ったんだ。あんな娘……いや、もういいか。

 姉さんの姿が現実だとは思いたくなかったんだ。このまま火にくるまれて死んでしまったら、何もかもなかったことになる。姉さんの罪さえも、俺という目撃者が消えればなかったことになる。


 でもさ、そううまくはいかなかった。

 片割の男と一緒に来たカラス天狗がね、俺を見つけて助けてくれたのさ。

 いや、助けてくれたと言っていいのか。あの場で死んでいた方が俺は楽だったかもしれない。殺してくれって叫んだら放っておいてくれたかもしれない。けど俺は、何も考えたくなくて、抵抗する気力もなかったんだ。


 カラス天狗に助けられて、避難していたヴァンパイアに聞いたんだ。俺以外の生き残りはいないって。お前以外はお前の姉が全員刺し殺したってさ。

 火を放ったのもやっぱり姉だった。

 ヴァンパイアとカラス天狗は見逃してもらえたから助かったらしい。見逃すどころか感謝までされたってさ。片割を連れてきてくれてありがとうって、話したこともない男の亡骸を抱えながら、姉さんは満足そうに笑っていたそうだよ。全身同族の返り血で真っ赤に染めながら。


 その話を聞いて俺は思ったよ。異種双子って何なのかって。

 姉さんは優しい人だった。大切にするって名目でほとんど外に出してもらえず、同世代の友達もおらず、最終的にはほとんど知らない男の所に嫁がされる。そんな未来を知っていても、それで皆が幸せになるなら。そういって笑っているような穏やかな人だった。


 あんなことを出来る人じゃなかったんだ。

 あんなことをするような力も度胸も持ち合わせいないはずだったんだ……。


 異種双子が片割に抱く執着っていうのは人よりも強いらしい。何よりも守ろうとするし、何よりも大切にする。異種双子じゃないと本当に理解できない感覚を持って彼らは生きているんだとヴァンパイアに聞いたよ。


 それを絆だ運命だ。そう綺麗な言葉で語るけど、本当にそうなのか?

 出会ったら最後、性格も変わって、常識も変わって、家族も、弟も置き去りにして、殺しつくして、最後には自分も死んでしまうような衝動。それを執着という言葉で、絆や運命なんて綺麗な言葉で片づけられるものなのか? もっと恐ろしくて、おかしなものじゃないのか。

 それを守ろうとし、世界の中心とする今の世界は正しいのか? 異種双子こそ、今の世界にいらないものだろう……。


 君はどう思う? 異種双子の運命って言うのは尊いものだと思う? それとも恐ろしいものだと思う?


 ……分からないか。

 中途半端な答えだね。

 でも、嫌いじゃないよ。真剣に考えた結果だってのは分かるしね。自分の正義感、価値観で好き勝手言う奴らより、よほど君の方が好感が持てる。


 嫌いなのに学院を見ていたのは何故かって?

 嫌いだから見てたんだよ。忘れないために。あの日を、あの姿を。そして決意を鈍らせないために。


 異種双子なんて存在、この世界から消えてもいいのさ。もともと彼らは異常なんだ。なくったって世界は回る。最初からおかしかったんだよ。異なる種族の双子なんてね……。


 何かするつもりなのかって?

 それはどうだろうね。やるかもしれないし、やらないかもしれない。それに俺が何かしたとしても君には関係ないだろう? それとも、正義感で止めて見せるかい? 言っておくけど、俺は君の倍は生きてるし、不意打ちされたとしても人間相手に負ける気はしないよ。


 やらない? 怖気づいた……ってわけでもないね。

 まだやってないのに、やるかもしれないで止めるのもおかしいって?

 ちっぽけな正義感振りかざして来たら、殺してやろうかと思ったんだけど、君はなかなか賢いね。


 もしかして、最初から殺す気だったから話してくれたのかって?

 さあて、それはどうだろう。真相は君の想像にお任せするよ。

 でも、俺が君を気に入ったって言うのは間違いない真実さ。


 だから忠告してあげよう。鬼っていうのは執念深い。一度怒らせたら手が付けられない。だから今後出会うことがあっても、怒らせないようにくれぐれも注意して。君たちみたいな人間が勝てる相手じゃないんだから。


 じゃあね、聡い子。機会があったらまた会おう。

 次は君の方が、面白い話を聞かせてくれると嬉しいよ。

 どんな話がいいかって? そうだな……、俺の恨みが晴れるようなやつとかどうかな? そんな話がこの世界にあるとは思えないけど。



王国歴248年 冬

アメルディ学院前

異種双子嫌いの鬼の話

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アミークスの口述 黒月水羽 @kurotuki012

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