ヒーローが生まれる前日譚、怒りの導火線

これは顔のないヒーロー、ブギーマン:ザ・フェイスレスが誕生するきっかけの物語だ。

父から貰ったツールでSNSをのぞき見する権限を得た羽原紅子は、その力を非合法な手段で善用しようとする。第一話は学年一の美少女にまつわる噂の検証、第二話は児童買春の防止、第三話はいじめの告発がテーマだ。実在する技術に関する知識がしっかりしているので、確かに高校生でも(天才なら)こんなことできそうだというリアリティがある。高校生の天才が高校で起きる身近なトラブルを防ぐため奮闘するのもいい。

これは著者がわかってやっていることだが、非常に胸糞の悪いシーンが多い。特に閉鎖的な学校という場でのいじめや売春の描写が秀逸だ。高校生のクソガキどものリアリティが実に優れている。善意から「差別はよくない」と教えたところで、その善意さえ捻じ曲げて他人をからかう手段にしてしまう連中はどこにだっている。

第二話では不快な展開からの逆転劇が最高だが、実は本作の白眉は逆の第三話の終盤での敗北だ。これは高校生がただ無敵のツールを得てやりたい放題する話ではない。挫折も描くことで、ヒロインが等身大の人間であることを学ぶ。自分に何ができて何ができないかを知る、これこそが青春だ。
善意が悪意に屈する瞬間の胸糞の悪さは研ぎ澄まされており、こんな教師いるわという生々しさで、読者は限りない無力感に呆然とし、力を失う。しかし、これは前日譚だ。救いのないラストは顔のないヒーロー、ブギーマン:ザ・フェイスレスが目覚めるきっかけとなる。
よって、この作品は「ブギーマン:ザ・フェイスレス」の前に読むのをおすすめする。

しかし、これはただのバッドエンドではない。エピローグは極上のスパイ映画のようにスタイリッシュで、未来への可能性に満ちている。グレイハッカーから脱皮したヒロインは誰よりも強い。

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