第六章
ネヴィルは体中切り傷だらけだったが、傷は小さく出血の量もそれ程多くはなかったので、シフォーは、てきぱきと傷の手当てを始めた。
傷口を聖水で清めて、彼特製の数種類の薬草を混ぜた軟膏を塗りこむ。
作業の途中で、彼は怪我人が目を覚ましていることに気付いた。
「気がつきましたか。気分は?」
「悪くはない」
掠れた声は、それでもしっかりしていた。
シフォーは頷くと手当てを続ける。
「もう少し大人しくしていて下さいね。すぐ終わります」
「あぁ・・・。彼は?」
顔を巡らそうとするネヴィルの顎を押さえて、シフォーはほほの血糊を拭った。
「ディオですか?その辺りにいると思いますが」
「彼に礼を言わなければ」
「・・・どうしたんです。貴方らしくもない」
ネヴィルの態度が変わったことに、彼は気付いていた。
「恩を受けたら礼で返す。当たり前だろう」
「・・・そうでしたね」
心の中で何かが変わったのだろうと、シフォーは思った。
純粋なようで力強いディオの行動は、周りの人々の気持ちを少しずつ変えていくのだ。
自分と母親もそうだったように。
「ディオの様子を見てきます。それから一緒に山を降りましょう」
シフォーはまだ休んでいるようにネヴィルに言うと、ディオが消えた辺りを探す。
「どこまで行ったんでしょうね。まったく」
しばらく行くと、森の中に光が差し込んでいる場所を見つけた。
人の気配がするようで、シフォーは音がしないように近づいていく。
『・・・そう。君の友達は魔力をかけられてしまったんだ・・・。君はいい子だよ・・・』
ディオが腕にカラスを止まらせて話しているのだった。
「ディオ・・・?」
シフォーは目を疑った。
光の中の彼は、薄い茶色の髪をしていた。
そして、声に振り向くと、ヒスイ色の瞳で微笑んだ。
『にいさま・・・』
幼い日の、あの笑顔で。
「・・・セフィル?」
シフォーは無意識に彼に手を差し伸べていた。
『もう、行かなくては・・・』
彼は寂しそうに目を伏せる。
「どこに・・・」
彼はまた笑って問いには答えず、ディオの中から別れていくように抜け出ると、その姿が薄くなり霞んで消えていく。
「・・・」
行ってしまった。
もう二度と現れることもないだろう、双子の弟。
「どうした?シフォー」
後に残ったのは、黒曜石の瞳で彼を見上げる黒い髪の少年。彼の大切な弟。
「いえ、何も・・・。さぁ、休憩が終わったら山を降りますよ。」
「わかった」
カラスが空高く飛んでいくのを見送ると、二人は来た道を戻っていく。
「それで、あいつ気がついた?」
「ええ。これから先は三人で進みましょう」
「えーっ!」
ディオの悲鳴にも似た嘆きの声が、辺りに響き渡った。
新兵隊隊長の結婚式が行われる田舎町は、ディオにとって、近くて長い距離になりそうだった。
END
木漏れ日の中 君は去りなん 間柴隆之 @mashiba_T
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