手紙

甘味しゃど

我が友へ

 ――我が友へ贈る。


 我が友よ、この手紙は君へと綴ろう。


 我が友よ、この筆は今宵君のためだけに動かそう。


 我が友よ、君は私より聡明で知己な人間だった。

 君は私よりも幾倍も優れていた。翌る日も、翌る日も、君は私に君の教養を見せてくれた。私は、君の教養を聞いて、君へ憧れの感情を持っていた事を知っているだろうか。君は私に「お前は顔に出ない」と言ったね。そんな事はない。私は、いつの間にか君を目で追っていたのだ。

 君の知識は、私を励ました。

 君の行動力は、私の知らぬ世界にまで導いてくれた。

 君の目は、まるで千里眼のように見通した。


 今でも私は、鮮明に覚えているとも。

 そして、私は確信していた。君の知識と、言葉は、いつか世界を動かすのだと信じていた。信じていて、願っていて、そして、それが余地の類いとも思える程に君を中心に世界が回る姿を思い描いてしまっていたのだ。

 過大だと笑うかい?

 私は、過大だとも思わない、それは私の人生に火を灯した君という友だからこそ、私は君をここまで言うのだ。それこそ、私は君のために綴る言葉を並べても、過小としか思えないのだ。


 我が友よ。

 君は、海原に私を連れて行った日の事を覚えているかい?

 私は「海が嫌いだ」と言ったはずなのに、君は態々海水浴ではなくダイビングを選び、私の選択の余地無く潜らされたものだ。

 だが、私はあの日観た世界を忘れない。

 透明な青の世界というものが、彼所まで綺麗だとは知らなかったのだ。陽射しが海面を突き抜け、反射する世界はとても魅力的だった。その光に輝く珊瑚礁も、眩い反射をする鱗を身につけた魚の群も、その世界は圧巻であり魅力的であった。

 ただ、私はウツボを見せた君には、少々不満もある。

 だが、それでも、君という友は私に数多の世界を魅せてくれたな。


 冬の日だったか。

 私が雪が好きな話をすると、近場のスキー場に私を連れて行ったな。

 私は雪が好きだが、愛でるからこそ好きであって、身体を動かす競技のようなものは余り好んでいなかった。それなのに、君という奴は私を誑かして連れて行くのだ。まあ、誑かされた私も私だが、それは関係ない。

 だが、ただ私は、君の言葉に嘘があろうとも、その嘘は幸せのための嘘としか思えず、解っていたとしても、どうしても騙されてしまうのだ。

 そして魅せられた景色は、またもや圧巻だったな。

 山頂まで登り、急斜面の道を観て、私は震えたよ。君は鬼かと。

 君は半分笑いながら「まあまあ」と言ったのも忘れていない。そして、その勢いで背中を押した事も忘れない。急斜面をあの速さで滑るのは、初めてだったし、最初は怖かったよ。でも、身体に風を感じて、寒さを感じて、見開いた目に映る世界はどうしても、良かったんだ。本当に、綺麗で、冷たいのに、痛くなくて、私はあの日、世界の美しさに涙したものだよ。

 まあ、何度も言うが、君が粋なリスキーへと連れて行き、初心者同然の私を山頂まで引き連れ、止まり方を知らない私が道外れの雑木林に突っ込んだ事も忘れていない。


 でも、それでも、きっと私は、あの景色も、あの日も、あの光景も、嫌いにならない。否、嫌いになれないのだ。

 美しくて、綺麗で、言葉に出来ないほどのあの世界を魅せてくれた。

 そしてその終わりには、君は決まって私と話したな、あの日観た景色の素晴らしさを。君はそこに入り交じるように雑学なんかを話したな。今でも耳にこびり付いて離れないよ。何せ、私はその雑学さえも楽しさに思えてしまったのだから。


 我が友よ、私は君に恨みは程々無い。そして、感謝しかない。

 私にとって君との出会いとは、紛れもなく、私の人生を変えた。私だけの世界を壊し、私の知らない世界を魅せてくれた。私の偏見を打ち壊し、神秘を魅せてくれた。

 私は君に感謝しかない、感謝しかないのだ。


 なぁ、我が友よ。

 きっと君は、私のこの手紙を読んではくれないのだろう。

 君はいつだって私の数歩先を歩む。そして、私の手の届かない先だって歩んで魅せた。

 それは今でも忘れない。

 忘れるわけがない。


 なぁ、我が友よ。


 何故なのだ。


 何故君は、私を置いて行ってしまったのだ。

 何故私は其処に居なかったのだ。


 君に届かないと知りながら、私は何故こんな手紙を書いているのか解らない。きっと何処かで君が笑っているのを信じているのかもしれない。


 なぁ、我が友よ。

 君は何故、私を置いて行ってしまったのだ。


 何故君は、こんなに早く、逝ってしまったのだ。


 私は、私の友は、君しか知らないのだ。


 頼む、我が友よ……。

 君の声を、もう一度聞かせてくれ。


 私を、もう、一人にして置いて行かないでくれ。



 友よ。

 我が友よ。


 この手紙を、喩えその日が永久に来なくとも、私は此処に君へ綴る手紙を残そう。





 君の一番の親友と自負した、私より。

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手紙 甘味しゃど @Shadow_Kanmi

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