一番旨い牛丼の食い方
久々の日差しだ。
外には出たくなかった。
しかし、もう自慢の700L冷蔵庫も空だ。
「腹が減った。牛丼が食いたい。特盛り、汁だく、ネギ玉、キムチ・・・。」
食って吐いてを繰り返しながら、俺はずっと考えていた。
なぜ、俺は起業なんてしたのかと。
金が無いと飯が食えない。
飯が食えないと腹が減る。
腹が減るのは怖い。
だから、金を稼ぐ。
そこまではいい。
そこまではその通りだ。
起業した理由も、確か、食うのに困らないくらい金を稼ぐためだった。
しかし、飯を食うことが目的なら、ここまでリスクを取る必要は無かったんじゃないか?
人を雇う必要あったか?オフィスを借りる必要あったか?
他の奴と共同出資で会社を立ち上げたり、買収したりする必要があったか?
清倫に会う前から、俺は確かに規模を追い求めていた。
なぜそこまでリスクを取った?
飯を食うってだけなら、会社は小規模に留めておけば良かっただろ。
あるいは、自分で事業なんて起こさず、人の起こした事業に乗っかって副業程度にウェブサイト運営でもすりゃいい。
それで十分、食うのに困らないはずだ。リスクも低い。
事業規模を求めて大きくリスクを取れば、こうなる可能性だってそりゃ高くなるだろ。
本当に飯を食うことだけが目的なら愚策もいいところだ。
そこが分からない。
なぜ、俺はそんな馬鹿なことをした。
・・・そして、もっと馬鹿なことに、こんな経験をしておいて、俺は性懲りも無くまた事業のことを考えている。何なんだ?
俺は本当に、食うために事業をしていたのか?
それとも、まさか・・・。
手段と目的がグチャグチャだ。
「よく分かんね。腹減った。」
・・・空腹で歩く街も悪くない。
***
長らく電源の切れていた携帯を充電して気づいた。
親から・・・メッセージが入っている。
まぁ、内容は大体想像がつくんだけど・・・。
・・・。
なるほど。
タイトル「一族の面汚し」。
文面をざっと見たが、夥しい数の罵詈雑言だ。
普通、傷心の息子にこんなメッセージを送るだろうか。
まぁ、それをやるのがうちの親なんだけど。
「一生懸命書いたみたいだけど、削除っと。」
もしかしたら、息子としてはショックを受けるべきなのかもしれない。
いや、過去の僕ならば臥せっていたに違いない。
しかし、もう僕が積み上げてきたものは何も無い。
攻撃対象の無い荒れ野に爆弾を落としたところで、砂埃が舞うだけだ。
笑えるほど全てを失ってから、僕は当たり前のことに気づいた。
他者からの評価は、永遠ではない。
僕は常に変化するし、他者も常に変化している。
変化し続けるお互いの何かがたまたま繋がった時、一時的な現象として「評価」されることがあるというだけだ。
マイナーなアーティストがメジャーになってから「昔と変わった」と言われるように。
歳を取ってから昔よく見ていた映像作品を見て「面白くない」と思うように。
評価する側とされる側が常に変化している以上、善行であろうが悪行であろうが、これは真理のはずだ。
僕はそんな不安定なものに拘っていたのか?
永遠を求めていたのか?
論理的に考えれば分かることなのに?
馬鹿だな。
捨ててしまえ。
・・・しかし、僕が死ぬほど大事に思っていたソレを全て捨てても、まだ拘ってしまうことが一つだけある。捨てられないことがある。
「・・・良い天気だな。散歩でもするか。」
***
「「あ・・・。」」
「・・・何だ、お前まだこの街にいたのか。」
「・・・まぁ、次のプランが決まるまでは。」
「ふーん・・・。」
「会社どうすんの。」
「いや、ホールディングスの代表はあなたでしょ。面倒臭い後処理がまだ残ってますよ。」
「・・・ああ、思い出したくなかった。面倒くせぇ。清算でいいよな?」
「まぁそうなるでしょうね。」
「あっさりしてんな。」
「無理なものは無理ですから。」
「まぁな。」
「ところで、お前今いくら預金あんの?」
「今それ聞きますか?」
「いいから。」
「・・・人から崇拝される程ではないけど、20代としては多すぎるくらいですかね。」
「回りくどい言い方だな。」
「あなたは?」
「牛丼数十年分くらい。」
「いや、例えがよく分からないんで。」
「・・・これからどうすんだよ。」
「考え中ですが、とりあえず海外に行きます。」
「は?海外?」
「こうなってしまったら、今の日本で事業なんてできませんよ。」
「・・・お前、また起業する気か?」
「します。」
「へぇ・・・。」
「逆に聞きたいんですが、起業の世界を知って、今さらそれ以外の道なんて考えられますか?」
「・・・そう。そうなんだよ。俺も色々考えたんだが、それだけは考えらんねぇ。馬鹿なんじゃねーのかと思ってたところだ。」
「起業家なんて、皆ある種の病人なんですよ。多分。」
「確かにな・・・。食い扶持とは別に、やりたいからやってるとしか言いようが無い。どんなトラウマ抱えても、またこの世界に戻りたいと思っちまう。」
「始まりはともかく、結局のところ、私達はソレに突き動かされています。まぁ、私も最近気づいたんですけど。」
「なるほど、失敗したから諦めるなんて発想にならないわけだ。」
「とりあえず、私は本でも書こうと思います。今回の件で良くも悪くも話題になりましたから、失敗談でも書けば売れるでしょう。今はネットに小説投稿サイトもあるようですし。」
「あ、いいなそれ。俺も真似しようかな。」
「・・・。」
「・・・。」
「それじゃ・・・。」
「ああ、今度は俺の邪魔すんなよ。」
「どっちが。」
「・・・いや待て。」
「・・・はい?」
「なぁ、腹減らないか?これから牛丼屋に行くんだが。」
「は?牛丼?」
「ああ。牛丼。」
「・・・水をかけていいなら。」
「水・・・?牛丼に?マジかよ・・・何で?」
「食事なんてただの摂取でしょ。味とかどうでもいいんで。」
「・・・それは聞き捨てならないな。」
「来い。一番旨い牛丼の食い方を教えてやる。」
完
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