700Lを一杯に

8畳のワンルームに似つかわしくない700Lの冷蔵庫。

俺が人より金を稼ぐようになってから、初めて購入した高額家電だ。

住む部屋、車、女、服装・・・、そんなものに興味は無いが、コレと飯だけは譲れない。


独り身にこんなデカい冷蔵庫は必要無い?


そんなことはない。

食品が入れば入るほど、良いに決まってるじゃないか。


どんなに不安なことがあっても、中身がギッシリ詰まったこの冷蔵庫を見れば、安心することができる。





「ん~!ウマい!」


「やっぱ俺の作る牛丼は世界一ウマいな!」


「正田や清倫の邪魔さえ入らなければ、この牛丼で世界を獲れたはずなんだがな~。」



・・・今となっては、飲食事業どころじゃない。

傘下のネオ・サクセスは清倫の失態で収益源を失い、AIjyoはエンジニア不足で機能停止。

そして俺の堂徳商事も、法人の拠点を変える度にリークされ、以前のような規模でウェブサイト運営することができなくなった。


つまり、モラル・サクセス・ホールディングスは事実上崩壊している。

もはや、グループを存続させる意味も無い。


今さらどうしようもねぇし、めんどくせぇし、やることもねぇから、俺はここ数日ずっと自宅で飯を食っている。



「そんな下らないことよりも、やっぱ飯だ飯!」


「飯さえ食ってれば幸せ・・・ウッ・・・」






「ウッ・・・ウッ・・・オェ・・・」







「オェ・・・オェ・・・ゲ・・・ゲェ・・・・」







・・・・。







・・・・。








「あーあー・・・また全部出しちまったよ・・・。」





頭では分かってる。


やることがないから飯を食っているのではない。


飯を食い続けてないと、不安に殺されそうだから食ってんだ。


売上の減少なんて見たくない。

会社の赤字なんて見たくない。

俺の将来なんて考えたくない。



「それより飯・・・飯だ・・・。」







「・・・“コレ”も、もったいねぇな。」




ジュル・・・・



ジュルル・・・・



「1度食ったもんなんだから、ちゃんと腹におさめねぇと・・・。」




ジュルル・・・・



ズズ・・・・





大丈夫だ。


冷蔵庫にはまだギッシリ食材が入ってる。


心配する必要ないじゃないか。


金だってある。


大丈夫。また金を稼げばいい。


どうやって?




・・・。





「ウッ・・・オェ・・・・」







正田の会社は・・・好調らしい。


俺達をネタにしてスタートダッシュを決め、ネットメディアとしての知名度を得た。

今では立派なウェブサイトをこさえて、会社概要に代表者名や役員、会社住所を堂々と記載してやがる。


近々、ベンチャーキャピタルから新たな投資を受け、新事業にも進出していく予定だとか。

愛敬と組んだのは正解だな。脇は甘いが、顔は広いし人望もある。

資金調達や人材集めに困ることも無いだろう。



事業のネタ、人材集め、妨害対策、資金調達、規模拡大・・・。

あまりにも完璧な流れだ。

正田、いつからこんなこと考えてた。うちに在籍していた頃からか?

その頃から計画してなきゃ、こんなこと不可能だよな。



あの頃から・・・?

あのとぼけ面で・・・?

俺や清倫の腹を読みながら、このために着々と準備してたのか・・・?



・・・マジかよ。







「ふ・・・ふふ・・・。」




あの正田が?信じらんねぇ。


パソコンしかできない男じゃなかったのか?

法律も、経営も、社会も知らねぇ、都合の良い優秀な手足じゃなかったのか?

俺みたいな人間に利用されなければ価値を発揮できない男じゃなかったのか?



あの時だって、俺の知ってる正田なら、少し脅せば折れるはずだった。

まさか俺に歯向かうなんて、そのための用意もしていたなんて、思いもしなかった。

いつそんなことが出来るようになったんだ。



今となっては、清濁併せ呑める立派な経営者サマかよ。











・・・それに比べて、俺は何だ。


正々堂々商売してる奴らを見下して、ビジネスは綺麗事じゃねぇ、そんなんじゃ成功できねぇだ言い放って。


誰かを利用しながら社会を上手く渡っているような面をして。


真っ当じゃないやり方でちょっと成功して良い気になって。




・・・中二病だな。




俺が中学の頃にいた、悪だとか裏だとか、金が全てだとか、そんなもんに憧れてる馬鹿どもを思い出した。

小さい脳みそで、社会の仕組みを全て知ったつもりになってよ・・・。


俺も同類の無能だったってことか。

正々堂々商売してる奴らに本気を出されたら、人材を奪われ、商売を根幹から潰され、妨害一つできやしない。


今となっては、愚痴とゲロをぶちまけながら、活躍している奴らを外から睨みつけることしかできない。





「クソダセェ・・・。」





要するに、俺は勝っていたんじゃない。

社会の隅っこで、どうにか生きることを許されていたドブネズミに過ぎなかったってことだ。


そんなドブネズミが、勘違いしてメインステージに立っている奴らに噛み付こうとすれば、叩き潰されるのは目に見えている。


しかし、自分がそのドブネズミだとは、なかなか気づけないもんだな。









・・・で、俺はどうする。これから。


今すぐ金が尽きるわけでもない。

しばらく飯は食える。


また、どっかに勤めるか?前の倉庫とか。


そうすれば、もうこんな思いはしないよな。


そうだ。そうすればいい。その方が安心だ。


もう2度と起業なんて・・・。








「ウッ・・・・ウッ・・・オェ・・・・」






・・・。






もう2度と起業なんて・・・。

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