70話 でも、巨乳ですよ!?

「よお、ルリジオ。あいつを入れた義体ゴーレムは問題ないみたいだな」


「アビスモか。まあ……空いていた器にダメ元で移したけれど、思いのほか馴染んでいるみたいでよかったよ」


 ある日の昼下がり、薔薇の咲き乱れる庭園が見えるバルコニーで紅茶を飲んでいるルリジオにアビスモは声をかける。

 彼が応答したのを確認してから部屋に入ってきたアビスモはバルコニーまで足を運んで中庭を見下ろした。

 二人の視線の先には、赤い髪をした小柄な男装の麗人と、アグレアスの姿があった。

 赤髪の女性は、右手が義手になっている。手の甲を覆うような橙色の平べったい魔石は、彼女の義体からだを稼働させるための動力源だ。


「まさか、肉体を捨ててでも構わないからアグレアスに仕えるだなんてなあ……」


「あの義体ゴーレムを動かせないかと悩んでいたから、ちょうどよかったよ」


 話している二人に気が付いたのか、赤髪の女性は上を向いて大きく手を振った。

 彼女の右目には、この世界では珍しい金縁のモノクルが嵌められている。猫を思わせるつり目の彼女は、翡翠色の目を輝かせながら口元に筒のようにした両手を当てて声を出した。


「ルリジオ様ー! アビスモ様ー! こちらへいらっしゃってください! 新しい薔薇の茶葉を手に入れたのです」


「どうする?」


 赤髪の女性の言葉を聞いて、アビスモがからかうような表情でルリジオの顔を見る。

 すました顔のまま、ルリジオは席を立つとバルコニーの外へ向かって、返事の代わりに片手を上げて応じた。


「せっかくだ。お言葉に甘えようじゃないか」


 二人は連れだって中庭へ下りていく。


「オリヴィス、アグレアス、調子はいいみたいだね」


わたしの翼を奪ってしまったことと、乳房を馬鹿にしたことの罪滅ぼしとして、吾の眷属になりたいと言い出した時はどうしたものかと思ったが……。まあ、悪くはない」


 芝生の上に寝転んでいたアグレアスが、ゆっくりと立ち上がる。

 背中に残っている二枚の黒翼を広げながら、伸びをする彼女の横で、すっかり姿の変わったオリヴィスは、ティーテーブルの前に置いてある小さな白木作りの椅子を引きながら眉尻を下げて頬を膨らませた。


「そんなぁ……! ボクだって一生懸命やってるんですよ?」


「ククク……オレ様に力を貸せと傲慢イキっていた時が懐かしく思えるな」


 席に座ったアビスモが、肩を揺らして笑うと、オリヴィスは肩に垂れた後ろ髪を灰色の義手で後ろに払いながら「黒歴史というやつです」と反論する。

 アグレアスとルリジオも席についたのを見たオリヴィスが、青で模様が描かれて白磁のカップに薔薇色の液体をゆっくりと注ぐ。


「我も飲みたいのだ!」


「では、こちらへどうぞ」


 急に現れたセパルに対して、にこやかに椅子を引きながらオリヴィスは答えると彼女にもお茶を注いでから席を外した。

 テーブルを囲んで、四人はのんびりとした様子でカップを傾けて、薔薇色の液体を口へ運ぶ。


「館の生活には慣れたのだが、やはりアレがオリヴィスだということにはなかなか慣れないのだ」


「四六時中共にいるわたしも、まだ慣れない。まあ、便利な小間使いだと思えばいいのだろうが……」


 オリヴィスの小さな背中が館の中へ入って見えなくなったのを確かめてから出たセパルの発言に、アグレアスはそう答えながら鼻を鳴らした。


「ルリジオ、それであいつの体はどうしたんだ?」


「不要だというので、氷の心臓夫人ウェンディエゴにプレゼントしたよ。良い玩具になったのではないかな」


 事もなげに答えたルリジオに、一同は一瞬顔を見合わせて黙る。

 すぐにセパルが「コホン」と小さく咳払いをして、別の話題を切り出した。

 そのまま四人が談笑を楽しんでいると、銀の盆を手にしたオリヴィスが戻ってくる。盆の上には香ばしい林檎の香りを漂わせた焼き菓子が乗せられていた。


絹の君シルキー殿が、リラさんと共に焼いて下さったそうです。どうぞ」


 ティーテーブルにゆっくりと銀の盆を置いたオリヴィスが、微笑みながら銀のナイフで焼き菓子を切り分けていく。

 空になった盆を持って下がろうとしたオリヴィスが、再び回れ右して館へ戻ろうとするのをセパルは呼び止めた。


「一緒に食べてもいいのだぞ? アグレアスの眷属とは言え、貴様も館の住人なのだからな」


「ありがとうございます。ですが、ボクの体は異界の錬金術で作られた義体ゴーレム。食事は不要なのですよ。それに、今はここの仕事を覚えるのが楽しくて……」


 以前のオリヴィスとは真逆とも思える、あまりにも謙虚な対応にセパルが目を丸くする。

 自分を見て驚いている彼女に対して、オリヴィスはふふっと笑った後、長い上着の


「仕事へ戻っていいぞ。しばらくしたら茶器を片付けてくれ」


「畏まりました御主人様マイロード


 アグレアスが手の甲を上にして手を払うと、恭しく頭を下げたオリヴィスは、浮き足だった様子で館へ戻っていった。

 先ほどまで静かにその様子を見ていたアビスモが、眉間に皺を寄せる。それから、ルリジオの耳元へ顔を近付けた。


「なあ、あの義体ゴーレムに細工をしたか?」


「さあ……どうだろうね。九つ尾の君ガウリ暁の君アソオスが魂の転移に協力してくれたのだけど」


「……ああ、もういいい。予想はついた」


 アビスモは九尾の狐と、バエル将軍とアスタロトの娘であるアソオスの顔を思い浮かべると眉間に皺を寄せる。

 険しい表情を浮かべたままのアビスモが、カップの中に残っていた紅茶を飲み干した。


「ん……?」


 カップを置いたアビスモが、微かな振動に気が付いて首を傾げる。

 アグレアスはさっとセパルの両脇に手を入れて地面を蹴った。その瞬間、地面が隆起し、ティーテーブルがひっくり返って上に置いてあった茶器たちが賑やかな音を立てる。

 尻餅を着いて隆起した地面を見上げているアビスモの隣に、空へ逃げたアグレアスとセパルが着地した。

 ルリジオも、下からの奇襲から上手く逃げたようで少し離れたところから急に現れた土の塊を見ている。

 それは大きく震えて、まるで脱皮でもするかのように表面の土塊を落としていった。


「……素晴らしい」


 ルリジオは、殻を脱ぎ捨てた来訪者の姿を見ると満面の笑みを浮かべながらそう言い放った。


わたくしは繁栄の神ヴィレンドルフ。聖女を通して貴方を見て……キメましたわ! 旧き神たる美と知性を兼ね備えたわたくしこそが貴方の妻に相応しいと」


 赤土色の肌を曝け出しながら、二階のバルコニーに届きそうなくらい高い背丈の彼女は、大きな瞳を光らせて、ぎこちなく短い手足を動かした。

 ルリジオは、眉間に皺を寄せて急な来訪者を見ている三人に構うこと無く、自称旧き神の前へ進み出て片膝立ちで跪く。


「焼いた粘土のような肌で作られた柔らかそうな曲線と触れあうことのないように設計された卵のような二つの球体……陶器とも白磁とも違うざらざらとした手触りながらも温かみを感じさせそうな谷間に幾つも埋め込まれている煌びやかな宝石の数々……古くから人々が愛した場所に敬意を示されたその証。磨かれて光を放つ宝石と粘土の肌を交互に味わえながらも、決して挟まれることの敵わない乳房と乳房の距離は追い求めても離れていく砂漠に浮かぶ蜃気楼のようだ……どうか、妻の一人として迎えさせて下さい」


「よろしくてよ……! ふふ……気負わずとも良いですわ。ダヌの方とも話はつけてありますので」


 嬉しそうなルリジオと、大きな丸い目を僅かに細めた旧き神の様子を黙って見ていたアビスモが、ようやく口を開いた。


「なあ……それ、どうみても土偶だぞ? 土偶を妻に? 谷間、だって絶対に硬いじゃん……」


 アビスモの言うとおり、ヴィレンドルフの見た目はまさに土偶だった。


「でも巨乳だぞ!?」


 ルリジオの大きな声が響き渡る。


「そうだな、お前はそういうやつだよ」


 全てを諦めきった表情のアビスモの返答を待たずに、ルリジオはヴィレンドルフの肩に飛び乗ると館の方へ二人で歩いて行く。

 残されたアグレアスとセパルは、ルリジオの背を見つめながらぽつりと呟いた。


「旧き女神をも魅了する英雄……」


巨乳おっぱい狂い恐るべし……なのだ」


 こうして、おっぱい狂いの無敵な英雄の物語は今日も新たに紡がれていく。

 彼の命が尽きる時まで、様々な縁を結びながら外見、種族、性格に拘わらず、そこに巨乳がいる限り彼はどんな正論で窘められてもこう答えるだろう。


「でも、巨乳ですよ!?」と……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おっぱい狂いな無敵の英雄 こむらさき @violetsnake206

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説