第36話
その日、小さな亀裂が生じた。
練習後の自主練中、誰かの声が響いた。それが水戸聖四郎のものであることに俺は気づくことができなかった。
「もうほっといてくれよ!」
普段物静かな彼を知っているだけに、俺は心のそこから驚いていた。
「ちょっとどうしたのハル? ケンカ?」
篠原が心配そうに聞いてきたが俺も事態を把握できていない。
「いや、俺もわかんないわ……」
大ちゃんが水戸君をなだめていた。その一方で瀬戸君が清水君をなだめている。どうやら水戸君と清水君のケンカのようだった。
この2人は中学からの友達で清水君が初心者だった水戸君をサッカー部に誘ったという話を聞いたことがある。いつも一緒にいてケンカなんてしたところは見たことがなかった。
毎日自主練で初心者である水戸君と瀬戸君を清水君が中心となりキックのコツから様々なことを教えていたのが印象的だった。
それが今日は一変して嵐の予感だ。
無言で去っていく清水君を大ちゃんと瀬戸君が追いかけていく。残された水戸君はゆっくりと地面にヘタリ込んでしまった。
篠原が無言で俺の背中を叩き去っていく。
任せたと言うことだろうか。いやいや、俺には無理だろ……
「いや、ちょっ……」
睨まれてしまった。
無言で水戸君の方をバッと指差したかと思うとくるりと向き直りそのまま部室の方へ去っていった。
えーマジっすか……
俺はとりあえず水戸君に声をかけることにした。
「えーっと、どしたの?」
スンっと鼻をすする音が聞こえた。
なんと、水戸君は泣いているようだった。
顔を見られたくないのか膝を抱えて俯いたまま小さく弱音をこぼす。
「……俺、最低だよ」
俺は水戸君の隣に座りあぐらをかく。
「で、なにがあったのさ? あー俺になんか話したくないか?」
俺だったら泣くほどのことなら話したくないもんな。
「八つ当たりなんだ。俺、上手くなりたいのに、試合でも練習でも皆に迷惑ばっかかけちゃってるし……」
なるほどね……これはやっぱり力になれないかもしれないな……
「どんだけ練習したって上達してる実感が途中からなくなってきて……瀬戸くんの成長を見ていると焦って、空回りして、苛ついて……涼(清水君のこと)に八つ当たりしちゃって……」
同じ初心者である瀬戸君の成長と自分の成長を比べちゃったのか。しかも自分的にはスランプみたいな感じになってたのね。気持ちはなんとなく理解できるな。
さて、どうすりゃいんだこんなとき……
俺は輝君ならどうするかということを想像してそれを真似てみることにした。
「別にいんじゃないの?」
「え?……」
水戸君は驚いて思わず顔を上げた。
赤く腫れた目が俺を捉えた。
それでいい。下を向いてちゃ始まらない。
「いんだよそんなこと気にしなくて。お前は何でサッカーやってんの? 約束したんだろ?」
彼らは別の高校へ行った友達とサッカーの試合でいつか戦おうという約束をしたらしい。
THE男の友情って感じでちょっと羨ましい気がする。
「安心しろ。お前は上手くなってる。そもそも最初から上手かったよ。初心者だと思わなかったしな。たしかに瀬戸君の成長スピードはヤバいよ。最初にあったお前との差はほとんどなくなってきてる。だからこそアイツも同じ気持ちだと思うぞ。やっと背中が見えたのに差が縮まらねえって焦ってんじゃないの? 誰にでもあるよ。当たり前じゃん。分かりやすく言えば理想と現実ってことかな。俺も絶賛伸び悩み中だから痛いほどわかるよお前の気持ち」
色んな人と関わり、自分の立ち位置を知り、痛感する。それが、成長の序章だ。
立ち止まらなかったものには、結果がついてくるものだ。そう信じ込まなければ、努力なんてできやしないさ。
瀬戸君というライバルの存在はこの先必ず水戸君にとってプラスになるだろう。それは瀬戸君にも言えることだ。ただしそれが理解できるのはまだ先の話だろう。今はただ、がむしゃらになればいい。
俺はゆっくりと立ち上がる。
「まぁとりあえずがむしゃらにやろうぜ」
見上げる水戸君に精一杯の笑顔を送った。
「サンキュー。なんか元気出た。明日謝んないとな」
仲直りは早い方がいいだろう。まぁその心配は必要ないか。
「清水君の方には大ちゃん達が行ってるし大丈夫だと思うぞ」
そういうと少し安堵したような表情が浮かぶ。
「てかさ橘ってなんで俺のことだけお前って言うんだよ! もっと呼び方あるだろ……」
今言うことかこれ? なんか肩の荷が一気に降りた感じすんな。
「え、だってお前の名前長いんだもん。んじゃみっちゃんとかにする?」
適当に提案してみる。
「みっちゃんか、悪くない響きだ。よろしく頼む。んじゃ俺もハルって呼ぶようにするわ」
ニコッと笑う目の前の少年のような青年は先ほどまでとは別人のようにスッキリとした顔つきになっていた。
毎日見てるけど刮目しないとね。人間の成長って面白いな。
「そうだよな……皆同じなんだよな……」
ポツリと呟く彼の背中を強めに叩く。
「さっ! 帰ろうぜみっちゃん!」
「おう! あ、でもグランド整備どうする?」
あいつら戻ってくるかわかんないしな……
「仕方ない……2人でやるかみっちゃん……」
「そうだなハルちゃん……」
このあと2人でメチャクチャ整備した。
Mr.Brain 詩章 @ks2142
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