カオティック・インフェクション

月緒 桜樹

DEMENTING型インフルエンザ

 僕は、ウイルスなのです。

 人間さまに、“D型インフルエンザ”という名前を貰いました。


 “DEMENTING”は、“発狂”を意味するようです。ちょっとマイナーな単語ですよね? 日本語に混ぜこんだら通じない、って言うか……。


 本当は“CRAZY型インフルエンザ”にしたかったらしいんですけどね。実は、“C型インフルエンザ”って既に存在しているので。被ってるじゃん、と“D型”にされちゃいました。


 そんな僕も、冬には有名人です!


 過激派のA型兄さんとか、穏和だけど陰湿なB型さんみたいなスターよりは、圧倒的に無名ですけど。


 ちょっと虚弱体質で、免疫獲られたらオワタなC型さんも側にいるから、劣等感なんてありません。

 ――え? 非道い? 僕ウイルスなんで、非道でも外道でも、全然構いませんよー? あはは。



 ――ところで。


 僕に憑かれ感染すると、人生がHAPPYになるんです! 凄いでしょう?


 B型さんが猛威を振るっている、その隣の教室では。僕のおかげで、皆わはははな学校生活を過ごしているのです。

 感染してるって気づいていないんですかー、おーい!


 あのー、笑い茸と一緒にしないでくれます? 僕は最凶なるインフル様ですよ?



   ***


 僕が取り憑いている人間の隣の席の奴を、僕は今日も狙っています。

 こやつの免疫は、めっちゃ僕を拒絶するんです。悲しい。


「どーもどーも、雨水あまみくんの免疫さん! お友だちになりませんかー?」

「あ゙?」


 ――ガンつけられた。


 僕が狙っている彼の名は、雨水あまみ海波みなみ。めっちゃ韻踏んでんじゃん。てか、名前の湿が酷いですね。物凄いウイルスへの拒絶を感じます。

 彼は、この教室で1/3しかいない非感染者なのです。普通なら、この割合は学級閉鎖だよね?


 やっぱり、僕の知名度は低いのです。


 ニュースにもなったんですけどねえ……。【新型インフルエンザ、またもや発見される】なんて。



 僕はしつこく雨水くん(の免疫さん)につきまといました。

 そして、彼の体内にまでは入れないけれど、免疫さんにガンつけられないくらいには仲良くなれたのです。立ち話くらいならできるようになりました。


 挨拶は「おい、このふわふわウイルス!」なのだけれど。――A型兄さんとかB型さんとかは(一応C型さんも)トゲトゲした金平糖みたいな見た目なので、僕はそう言われると悲しくなります。

 けれど、お話できるならと妥協しました。


 曰く、雨水くんは僕の存在に気づいているのだそうです。そして、インフルエンザにはうがいもマスクも予防にならないとも知っていました。

 ちゃんとしてるなあ! まったく……。


 そして、彼はこのパンデミックを、とても冷めた目で見詰めていたのです。



「授業やるよー、ふははっ、昨日さあ……」



 まぁ、教師がこんな狂った状態で雑談始めるような授業だから、当たり前ですね。


「――――と帰っていたら、電柱にぶつかってね、へへははは」

「せ……っ、先生、く、ふはっ」

「――せんせー! ポテトハバネロナポリタン食べましたあ~?」


 楽しい楽しいパンデミックを、彼はやっぱり冷めた目で見詰めていました。うん、これは酷い。元凶の僕でさえ、そう思います。――救いようがないですね。

 ある意味、人生がHAPPYになっているでしょう?



 数日後――その間も、勢力図は地味に僕が塗り潰していきました――、漸く学校も僕の存在に気がついたようでした。


 そして、頭のネジがぶっ飛んだ人々に、学級閉鎖のお達しが出ました。

 確か、期間は1週間ほどでしたかね。


 当の“ネジぶっ飛んだぴーぽー”は、こんな感じでした。


「「「全然熱とか無ぁい! よっしゃ、これはもう遊ぶしかなぁ~い!! ふうぇぇぇぇい」」」


 平和すぎる学級閉鎖ですね。え、勿論皮肉ですよ? そう騒いでいるのは感染者ですし、謹慎するのは彼らのはずなのですから。


 学級閉鎖の意味解ってないとか、危機感無さすぎですよね?

 一歩間違えば、発狂状態で死んでしまうようなパワー秘めてますよ? 僕。


 ――まぁ、ネジぶっ飛んでるのだから、無理もありませんね。



 それと。


 僕は粘着質な性格のウイルスなので、雨水くんに(勿論繁殖した上で)ついていって、取り憑い感染させてやりました。僕、頑張った! これは、褒められてもいいですよね!!


 彼は自宅待機期間の間、わはははな生活を過ごしていました。楽しそうだった……。




 あ。


 皆さん解っていないと思うので、言っておきますね。


 僕の本当の恐ろしさは、“わははは”になることでも、発狂状態で死んでしまうようなパワー秘めてることでもないんですよ?

 とは言え、普通のインフルエンザの致死率は0.1%なので、そこまで恐れてねーよって方もいらっしゃるのでしょうけど。



 ――僕の本当の恐ろしさはですね。



 わはははな状態が治ると、反動でほとんど鬱に陥ることなのです!


 え? 意味が解らない?


 日本ではですね。

 自殺者の90%は精神疾患の状態にあって、そのうちの60%は抑鬱状態にあるんですよ?


 だから、最近のワイドショーは【あなたも“隠れうつ”かも?】とかそんなことばっかりやってるんです。Did you understand?


 鬱には気をつけてくださいね、本当に。


 だって、教師含めてクラスで集団自殺なんてされたら、もう……。ね?



 ってことで、パンデミックは収拾がついてきたし、僕の舞台はお仕舞いですね。


 あ、そういえば。


 なんかワイドショーで【春先の自殺率が高いのはなぜ?!】なんてやってましたよ。対人関係とかの環境の変化がどーのこーの……。

 あのー、それだけじゃないんですよー。


 僕の存在と関連づける人は、皆無でした。


 そろそろ暖かくなってきますけど、お気をつけてー。

 僕の最後のショータイムに、あなたが引っ掛からないことを祈ります!


 それじゃあ、また。

 来年の冬にお会いしましょう! “しーゆーあげいん”ですー。

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