星の夢の先に
ティアマトが眠る、円筒形の巨大な設備。周囲を透明なガラス用物質で覆われ、内部には闇色に輝く、複雑な形状の物体が、行く層にも折り重なっている。
「やめろっ、撃つなっ」
僕は自分でも何を言っているのか、正直よく分からなかった。でも結良の思想と、目の前の融合個体が何をしようとしているのか、両者が完全に一致したのだ。頭の中にざわついていた思考の数々が、ただ一点に集中していく感覚。ティアマトを起動しなくてはいけない。それは僕と結良の希望……。
円筒形のガラスごしにティアマトを眺めていた融合個体が、ゆっくりとこちらを振り向く。あれほど銃弾を浴びたのにかすり傷一つついていない。彼女は何事も無かったかのように「矢部君、コンソールを起動して」と静かに言った。
僕は巨大なティアマト制御コンソールの前に座る。起動には旧式のセキュリティーを解除する必要があったが、僕がここまで導かれた意味がようやく理解できた。そう、このセキュリティーは僕にしか解除できない。
「矢部っ、あなたは一体何をしているの? 動かないでっ」
村沢の構えた銃口は僕の頭部に狙いをつけているようだ。恐怖も何も感じなかった。ただ目の前にある希望をつかみ損ねたくない、それだけだ。
「なあ、村沢、なぜこの融合個体とやらは仁美結良の記憶を持っている?」
「惑わされないで。彼女はゲゼルシャフト被験体の
補助脳……。そんなものがあったのか。経産局や田邊重工は、あのゲゼルシャフト計画の先に、いったい何を夢見ていたのだろう。あの計画がヒトを救う最後の希望と信じて、散った命や、彼らの記憶は一体なんだったのか……。今となっては誰も説明できないというとことにヒトの愚かさがある。
「星の意志……。彼女の希望。なあ、村沢、間違っていたのは俺たちの方じゃないのか?」
そういって僕はコンソールの操作を始めた。帰属登録証番号の入力画面と指紋認証解除パネルを立ち上げる。
「何を言っている、矢部っ。しっかりしろ」
「本当にあべこべなのは、僕らヒトの方だったんじゃないかって」
村沢の拳銃から放たれた銃弾が、僕の足元に着弾する。威嚇射撃のつもりだろう。次は僕の心臓か……。そうだな、彼女のことだ、頭を正確に狙うだろう。
「やめなさいっ」
「矢部さん、やめてください」
坂上も自動小銃を融合個体から僕に向け直す。しかし、その瞬間、融合個体の右腕から延びた鋭利な金属棒が坂上の頭蓋を貫通していった。
一瞬の出来事に理解が追い付かない村沢に向け、不気味な笑みを浮かべる融合個体は、続けて金属棒を彼女の頚部に向けて突き出す。さすがの反射神経と言うか、間一髪で急所をよけた村沢だったが、右肩を貫かれその場に倒れ込んでいった。
『ユーザー認証。帰属登録番号を入力してください』
ティアマトの音声ナビゲーションシステムが動き出す。半世紀前の代物だというのに、何事も無かったかのように滑らかに起動する様は、さすが田邊重工の英知の結晶と思えた。
「矢部……。やめなさいっ」
村沢の声がどこか遠いい。それは仁美結良の希望に比べたらはるかに小さな価値しか持たない。星の夢は自分が思うよりもはるかに壮大だった。そのスケールにヒトはもっと早く気付くべきだったのだ。
――世界は一つの生命として永久に輝き続ける。
『帰属登録番号確認。田邉重工一級社員、矢部浩紀 適正ユーザーです』
「ありがとう矢部君。君も見たでしょう?」
そう言って融合個体は僕の横顔を覗き込む。その瞳も、あどけなさが残る表情も、当時の仁美結良そのものだった。
「僕が見た景色……」
「ドローンが地表を埋め尽くしている光景のことよ。あれは再生の儀式」
地表を埋め尽くす汎用型ドローン数百体の姿。ドローンが立つ荒れ果てた土壌には、関東から消滅したと考えられていた植物の姿が確かにあった。
「世界は蘇る。ヒトによる破壊の痛みに耐え続けてきたのも、ドローンと、その行動原理を規定するティアマトをこの世に生み出すため」
ドローンは、星を再生し、そして星をより強固な生命体に生まれ変わらすための役割を担うもの。
「ヒトの誕生は、ヒトそのものの排除を前提としていたのか……」
「それは、ちがうわ、矢部君。共に生きるのよ。共に」
融合個体の背中から、金属光沢を放った触手のようなものがいくつも伸びてくるのが分かった。それは天井高くまで延び、やがて僕の頭上からゆっくり降下してくる。
「矢部、離れるのよ……」
村沢の声は確かに僕の耳に届いていたけれど、あまりに神秘的な光景に体が動かない。
『ティアマト、再起動スタンバイ』
融合個体から延びた一本の触手の先端が、僕とは違う方向に向けられ、銀色を帯びてく。やがて、鋭い槍のような形状に変化した直後、それは村沢の後頭部を直撃した。
その脇で、起動シークエンスを終えたティアマトがゆっくり再起動していく。円筒形のガラス内部は青白く点灯し、持続的に低い唸り声をあげている。まるで生命そのものようだ。
「さあ、こちら側へおいで」
融合個体から延びた触手が僕をゆっくりと包んでいく。ヒトとドローンの境界なんてものは、ヒトが生み出した幻想に過ぎないのだろう。あらゆる生命体を様々な種類に分類して、それぞれを別の何かと認識していること自体が大きな誤りだったのだ。星は一つの生命体。そこに存在する様々な生き物たちがそれぞれの役割を担いながら地球という巨大な生命を支えている、それだけのこと。
「結良、もう一度、君に逢いたかった」
――Fin:『星の夢の先に』
世界の終りのその淵で 星崎ゆうき @syuichiao
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