第7話
重い腰を上げてようやく長道が葬送の采配を取ったのは、年が明けて春の除目を済ませた後であった。
「このままでは十七日の射礼に出ることができない」
という帝の言葉に、しぶしぶながら納得した格好だった。しかし、除目の成り行きに心奪われているほとんどの貴族たちには、不遇の皇妃の葬儀になど、すでになんの意味も興味もなかった。そんな時を選んで設定された禎子の葬儀は、冷たい風に雪の激しく舞い散る日、ひっそりと執り行われた。
周伊、家隆、円隆、三人の兄弟に付き添われて、禎子の柩は深い雪の道を六波羅密寺へと進む。
「煙とも雲ともならぬ身なりとも草葉の露をそれとながめよ」
煙にも雲にもならない私の身であっても、
草葉に置く露を私だと思って偲んでください。
天上に消えるのではなく、愛する帝と御子のそばに留まっていることを望んだ禎子の遺詠に従い、亡骸は荼毘に付されず、鳥辺野の一隅に土を掘り、小さな霊屋に安置された。
このとき供奉した貴族はごくわずかであった。「中宮」という、女性の頂点にあった人として、あまりに寂しい野辺の送りであった。葬送に立つことを許されない帝はその日、清涼殿の御座に濃い鈍色の服で着座し、ひそかに長道の不興をかった。
こうして悲劇の皇妃・中宮禎子はこの世を去って行った。わずか二十四歳のその生涯の後半生を、父亡き後、実の叔父・藤原長道と実の伯母・西二条院宣子にいじめぬかれ、それでも毅然として皇妃の威厳と優美さと明るさを失わずに生き抜いた、短い生涯であった。
七日七日の法要が終わるたび、それでなくとも少なくなった禎子の女房たちは、風に追われて消えるはぐれ雲のように邸を去って行った。
新しい勤め先の決まった者は、先方に気がねをして、初七日を済ますとそうそうに姿を消した。宮仕えはもうこりごりだという者は、夫のもとへ、実家へと、落ち着きどころを見つけて去って行く。あてのない者は哀れである。働き口が見つからなければ、悪くすれば都の片隅でのたれ死ぬ。皆、それぞれに自分の生きる道を探っていた。たとえ禎子の四十九日の法要を待たずに去ったとて、彼女たちを責めるわけにはいかない。
中宮の兄弟である藤原周伊・家隆は、今は低い身分に落とされていた。かつて内大臣だった周伊は公卿補任という曖昧な立場に置かれて権力の外に、中納言だった家隆は兵部卿に。隆盛を極めた父大臣・隆道の早逝、実家の没落、さらに中宮禎子という最後の砦も失って、兄弟の地位はもはや挽回不能であった。ここまできてやっと長道は、一族の安泰とさらなる繁栄を確信して安堵した。
一方で、禎子に仕えてきた女房は権力闘争の恐ろしさを身にしみて味わった。これまで、権力を求めて、自分たちにまで取り入る男たちの滑稽な姿をせせら笑っていたものだが、あくなき権力欲は、最高位者の命までも冷酷に奪うのだ。女とて世を渡るには運不運だけでなく、機を見る力、行動する勇気が必要だ、耐えて微笑んでいるだけではだめである、つくづくそう思う彼女たちだった。
みるなの内裏 東條文緒 @fumio-t
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