第6話

 強力な臣下には、帝でさえ対抗しがたい世である。父の故左大臣の後ろ盾を失った中宮禎子は、悪意と欲の跋扈する宮中で、陰湿ないじめを一身に受けながら、ただ八条帝の愛を支えに苦難の日々を明るく耐え抜いていた。

 しかし長道の策略で「中宮」の称号まで剥奪され、中宮の称は長道の娘・顕子のものとなった。代わりに禎子には「皇后」の称が与えられたが、彼女の嘆きはいかばかりであったか。ついに、強大な悪意にいじめ抜かれて死してなお、その亡骸は内裏から遠く放置されたままである。いったいどの世に、これほど粗略な扱いを受けた帝妃があったろう。しかし、重臣はみな長道を怖れて、禎子の死を放置していた。

 長道の腹は決まっていた。帝の最愛の后・禎子の存在など認めない。いたとしてもすでに死んだ者。わが娘・顕子こそ、唯一無二の中宮であり、帝の寵愛を一身に受けて、皇子を産む中宮である。

 

 八条帝は寝る間もなく泣き続けた。目は腫れあがり何も見えないが、それでかえって心の波が静まっていった。

 左大臣・長道の力に抗える者はいない。その男にどう対峙していくべきか…。ふさがれた目の奥で、帝はこれからの自分を考える。禎子亡き後もこの世に留まらねばならない我が身には心休まる場はもうない。肥大の一途をたどる権力の前で、いかに我が身を処していくか。 

 帝は心の中で禎子に語りかける。

「そうだね、表立って対立するようなことがあってはならない。あなたがいつも言っていたように、よく考え、分別のある穏やかな言葉だけを口にしよう」

 そしてつぶやいた。

「天にあらば願はくは比翼の鳥、地にあらば願はくは連理の枝とならん。いつもともにいておくれ。決して離れることはないと誓いあった言葉を、あなたも違えるはずはない」

 長道の策によって引き離され、思うように逢えなかった長い月日に誓い合った言葉で、二人は今もしっかり結ばれていることを、帝は強く感じる。


 「夜もすがら契りしことを忘れずは恋ひむ涙の色ぞゆかしき」

         夜通しお約束したことをお忘れでなければ、私のことを恋しく

         思われるでしょう。そのあなたの涙の色を知りたいと存じます。


 これは産屋の几帳の垂れ布に結ばれていた中宮禎子の遺詠三首のうちの一首である。

 禎子の弟・家隆から成行の手によって届けられたこの歌は、目に見えるしるしとして、帝を支えている。


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