u:tus?(現実?)

 傭兵といっても、結局は何でも屋である。

 山賊退治、魔獣退治、隊商の護衛、あるいは家出した貴族の娘を捜して欲しいだの、危険なものばかりだが報酬は少ない。

 命を張っているわりには、きつい仕事だ。

 まさに明日をも知れない、不安定きわまりない生活である。

 それなのに、奇妙な充実感を覚える。

 いずれ路傍で果てるくらいの覚悟はしているが。

 たいていの依頼は引き受けるが、モルグズはイシュリナス寺院がらみの仕事だけは、絶対に拒絶する。

 おかしなことにこれはヴァルサも同じだ。

 本能的な嫌悪感と、恐怖を覚えるのだ。

 イシュリナス寺院は、かつてグルディアの謀略により、王都エルナスの寺院を襲撃され、ずいぶんと力を失ったという。

 それでも、今ではだいぶ力を取り戻しているが、やはり正義神を名乗るのが、気に食わないのかもしれなかった。

 モルグズには、絶対の正義など存在するとは、どうしても思えないのだ。

 さらにいえば、なぜかネス伯爵領と聞くと、寒気がする。

 生と死の秘密は、神々しか知らない。

 だが、たとえば大地母神アシャルティアの尼僧たちは、人の魂は死した後に大地の底にある「豊穣の地」という楽園に赴いたあと、休息期間を経てまた地上に生まれ変わると信じている。

 一方、ソラリス神の教えによれば、善行をなしたものは死後、ソラリスの住まう「光の国」と呼ばれる楽園で永遠の喜びに包まれるのだという。

 果たしてどれが正しいのかはわからないが、死人の地獄が存在する、という者もいる。

 悪事をなした人間の魂は未来永劫、死の女神ゼムナリアが支配するその地獄で苦しみ続けるという考えだ。

 ひょっとしたら、と思う。

 実は今、自分が現実だと思っている世界は、すべて夢ではないのだろうか。

 あまりにも酷いことをした報いで死人の地獄に堕ちるべきものが、死の直前に「あまりにも都合の良い夢を見ているだけ」ではないのかと。

 だが、この考えが正しいかどうかは、たぶん誰にも証明できない。

 死後の世界についてどれが正しいかはわからないし、あるいはすべて間違っているのかもしれないのと同じことだ。

 ただ一つだけ、わかることがある。

 この世界には辛いこと、悲しいこと、残酷なこと、おぞましいことで満ち溢れている。

 それでも、生きているということには、きっとなにか、価値があるのだ。

 ときおり、自分でもわけがわからないが、この世界に住まうあらゆるものがたまらなく愛おしく思える瞬間がある。

 不安と恐怖と絶望に押しつぶされそうなときでも、あるいは次の瞬間に死ぬかもしれないが、それでも生きることには価値があるような気がするのだ。

 もちろん、恥ずかしいのでこんなことを人に言ったことはないが。

 人生は、夢に似ている。

 悪夢のように思えることもあるが、素晴らしいと思えることもある。

 そんなことを考えていると、急に空の雲行きが怪しくなってきた。

 「誰かが雨を望んでいる」のかもしれない。


 wo:za ers pulbos dog.(ウォーザは気まぐれだからな)


 すると、ヴァルサに睨まれた。

 彼女に言わせると、まるで神々を「知り合いのように」言うことが、よくモルグズにはあるらしいのだが、自分でもそれがなぜかはわからない。

 ウォーザはまだいいほうで、ゼムナリアについて愚痴を言ったりすると、ノーヴァルデア以外はみな血相を変える。

 セルナーダでもっとも恐れられている神はゼムナリアなのだから当然なのだが、彼女の本当の恐ろしさをみな知らない、と考える自分がよくわからなかった。

(無礼であろう。わらわは多少の「ずる」を寛大な心で見逃しやったというのに、汝も相変わらずじゃ)

 また、声が聞こえた。

 だが、それを言うとみんな怖がるので、余計なことは言わなかった。

 大気は相変わらず不安定だが、向こうから何人か護衛らしい戦士を引き連れた、中年の女性が近づいてきた。

 金色の髪と緑の瞳を持ち、水魔術師の証である青いローブをまとっている。

 髪に白いものが混じりはじめているが、どこか高慢そうなところをのぞいてはヴァルサと似ている気がする。

 彼女はこちらを見た瞬間、信じられないようなものを見た顔をした。


 uld,konete sud vacho cu?(昔、あなたは私と会ったことがありませんか?)


 突然の言葉に、モルグズも驚いた。

 不思議と、どこかで見たような気もする。


 menxav.omogiv ned.(すみません。覚えていません)


 すると、女性は哀しげに微笑した。


 ne+do.duvikeva foy.(ええ。私は誤解していたようです)


 なぜか、彼女に深く謝らなければいけないような気がする。

 なぜだろう。

 涙を流しながら、必死になって、彼女は長剣を振るっていた。

 あまりにも残酷な役を押しつけた。

 なのに、思い出せない。

 そのまま、彼女と道をすれ違った。


 van rolbo.vam la:kafe reys.(さよなら。私の愛した人)


 そんなつぶやきが聞こえた気がしたが、いきなりヴァルサに頬をつねられて、すぐに忘れてしまった。

 モルグズの前には、まだ道は続いている。

 これが死者が死ぬ前に見る都合の良すぎる夢か、あるいは現実かはわからない。

 だが、いま出来ることは、たぶんこの道を前に進むことだけなのだろう。

 そう思いながら、モルグズは最後にはどこに続くかもわからない道を、また一歩、先にむかって歩き出した。

 


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モルグズ異世界殺戮行路 梅津裕一 @ume2

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