終章 ers ju:m ulf u:tus cu?(夢かうつつか)
ju:m?(夢?)
相変わらずヴァルサは、機嫌が悪い。
下手に近づくと、噛みついてきそうだ。
彼女と出会ってもう一年になるが、どうにも独占欲が強いのには閉口させられる。
morguz,eto vam mets!(モルグズ、あんたは私のものよっ)
相変わらず物扱いは、さすがにひどいと言いたいところだが、ノーヴァルデアの冷たい視線を感じると、いささか忸怩たるものがある。
morguz ers resama ja:m.(モルグズは女の敵である)
その女の敵に抱かれて喜んでいたのは誰だと言いたくなったが、闇色のノーヴァルデアの瞳に見つめられると、心臓が凍りつきそうになる。
黒髪を伸ばした冷たい美貌の女は、黒い長衣をまとっていた。
彼女は闇の女神マルファーヴの尼僧なのだ。
それとは対照的に、ヴァルサは真紅の長衣を身につけている。
瞳の色は濃い緑で、髪は金色だ。
二人とも十九歳、つまりは立派な大人のはずなのに、ひどく子供じみたところがある。
モルグズとしては、ヴァルサもノーヴァルデアも平等に愛しているはずなのだが、彼女たちはあくまでこちらを「自分の所有物」と考えている。
まったく、ひどいsabetsuだ、と思い、ふと首をかしげた。
ときおり、こういうことがある。
セルナーダ語とはまったく違う言葉を、ふと「思い出す」のだ。
さらには奇妙な異世界の夢を見たり、ひどい悪夢にうなされることもある。
ラクレィスやレーミスに相談しても、わからないということだった。
それにしても、傭兵団というよりはまるで「魔術師団」だな、と時折、思う。
五人のうち、まともな戦士はモルグズだけで、ラクレィスは闇魔術師、レーミスは水魔術師なのだ。
さらにいえば、みな美形ぞろいときているので、ひどく目立つ。
隠密任務のときは、しょっちゅう、レーミスの認識を阻害する魔術で、地味な姿にしなければならないほどだ。
もっとも、ラクレィスとレーミスには、秘密がある。
彼らは男性同性愛者なのだ。
ただ、もう十八だというのにレーミスはいまだに少女のように見える。
しかも普段は女性の格好をしている。
つまりは変人の集まりなわけだが、ラクレィスとレーミスの関係は、依頼人などには隠していた。
男同士の同性愛はひどく嫌悪されるからだ。
モルグズも、半アルグなので人々に嫌われる、あるいは憎まれるというのがどんな気持ちかは理解できた。
さらにいえば、ヴァルサも半アルグだ。
おかげで二人とも、幼い頃から辛い目にあってきた。
モルグズは牙が目立つので、正体を隠しようもない。
ヴァルサも思春期になってからは、さまざまな男に襲われかけたという。
そしてモルグズも、我ながら呆れるほどにもてる。
ひょっとすると、半アルグにはただの人間の異性を惹きつけるような特別な力があるのかもれない、とヴァルサと幾度も話し合った。
さらに不思議なことがある。
ときおり、誰かが頭に直接、話しかけてくるのだ。
ひょっとするとホスに憑かれたのではないかと怖くなるが、魔術宇宙でのモルグス、つまり魂を見る限り、特におかしな様子はないと、残りのみなは太鼓判を押してくれた。
(これは罪滅ぼしというよりは、ただの独善かもしれない。しかし、私は君と縁の深いものたちをクローンとしてセルナーダ各地に送り、再び集わせるようにした。この新たな生を、君が喜んでくれるかはわからないが)
そんな声がときおり聞こえるのだが、意味不明もいいところだ。
クローンというものが、まずわからない。
他にも、奇妙なことがある。
たとえばイオマンテの「ウォーザの民」という人々のところに仕事で向かったときは、四十ぐらいの立派な戦士に、いきなり抱きつかれた。
名前はエィヘゥグといったか、青銅剣を持つほどの戦士だったのだが、彼によると自分に剣術を教えてくれた男に、あまりにもよく姿が似ているのだそうだ。
そこでさらに奇妙な体験をした。
こちらと同い年くらいの、金髪碧眼の青年を見ていると、なぜか胸が騒いだのだ。
どうやら、あちらも似たようなものを感じたらしい。
彼の母親が息子を産んで間もなく亡くなったと聞いたときに、なぜ涙を流したのか自分でもわからない。
他にも、黒褐色の髪を頭の両脇で結んで垂らすという、珍妙な髪型をした少女に、突然、呼ばれたことがある。
vam mo:yefe magboga!
私の可愛い怪物と呼ばれ、どう反応すればいいのだろう。
奇妙なことに、なぜかレーミスも少女に見覚えがあるという話だった。
しばらく彼女につきまとわれたときは、ヴァルサとノーヴァルデアに幾度も関係を訊ねられたが、正真正銘の初対面だったのである。
ただ、ノーヴァルデアも、どこかであったような気もする、と言っていたが、いまだに真相は謎のままだ。
他に、以前、グルディアで依頼によりクーファーの秘密寺院を襲撃したときに、クーファーの尼僧にしておくにはもったいないような赤毛のグルディア美人にも出会ったが、なぜか彼女もこちらを知っているような顔をしていた。
結局、その尼僧には逃げられてしまったが。
傭兵になってセルナーダのあちこちをまわったが、幾度も「ここは以前見た」と感じることがある。
やはりホスに憑かれているのだろうかとそのたびに不安に駆られた。
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