漁ると……

湖城マコト

アサルト

 生活ゴミというのは個人情報の塊だ。

 住所や氏名、時にはそれ以上の情報が記された郵便物。

 購入した商品、時間帯、店舗などが記されたレシート類。

 子供がいる家庭なら、テストの答案や成績表。


 個人情報を悪用しようとする者にとって、ゴミまさに宝の山。

 そしてここにも、悪意を持ってゴミを漁る一人の男がいた。


「周りには誰もいないな」


 深夜帯。とある住宅街の一角にあるゴミ捨て場を、顎髭を蓄えた初老の男が漁っていた。

 男は元々、若い女性の出す生活ゴミに興奮を覚える性的倒錯者であったが、闇のルートで売り捌けば生活ゴミから得られる情報は金になると知り、最近は趣味の傍ら金になりそうな情報の収集にも精を出していた。


「何だこれは?」


 ゴミ袋の山の中に、一際目につく真っ黒なゴミ袋を見つけた。

 市町村名が記された指定のゴミ袋ではないのでルール違反ということになるが、それにしても市指定のゴミ袋に混ざる真っ黒なゴミ袋はとても目立つ。


「……開けてみるか」


 興味本位で男は真っ黒のゴミ袋の口を開けた。


「黒いゴミ袋?」


 中には一回り小さい黒いゴミ袋が、口を縛った状態で収められていた。

 縛り口にはメモ帳の切れ端らしき紙が貼りつけられており、サインペンらしき字で「開封厳禁」と書かれている。


「バラバラ死体じゃないだろうな」


 男は冗談交じりに苦笑する。

 異臭はしないし大して重くもない。少なくとも人体の一部ということはないだろう。

 開けるなと言われれば開けたくなるのが人情という物。

 長年の経験故にゴミを漁ることに抵抗の無い男は、躊躇なく黒いゴミ袋の封を開けた。


「中身は――」


 黒いゴミ袋に手を入れた瞬間、


「ぎゃあああああああああ――」


 深夜の静寂を裂く男の絶叫。

 一目を憚る行為をしているのもお構いなしに、男は涙を流しながら叫び続ける。


 黒いゴミ袋から引き抜かれた男の手は、手首から先が食い千切られていた。


「ああああ! な、何だこのゴミ袋は!」


 男の手を噛み千切ったゴミ袋の口が咀嚼を始め、骨肉が砕ける音と共に袋の口から血が滴り落ちてくる。


「喰ってる……ゴミ袋が俺の手を――」


 一通りの咀嚼を終えた黒いゴミ袋の口が、男の方へと向いた。

 このままでは食い殺される。激痛と大量の出血に耐えながら、男は何とかその場を離れようと立ち上がったが、


「えっ?」


 ゴミ袋に背を向けた瞬間、男は戦慄した。

 どこから集まって来たのか、意志を持った大量の黒いゴミ袋達が、男の行く手を遮っている。

 耐え難い恐怖に後退りした瞬間、男の手を噛み千切ったゴミ袋が、背後から男の後頭部目掛けて噛み掛かった。


「ぎゃああああ――」


 男の絶叫を合図に、他のゴミ袋も一斉に飛びかかり、脛を脇腹を、目を口を、鼻を、脳みそを、片っ端からたいらげてしまった。さながらゴミ袋による肉塊の掃除である。




 ゴミを漁るとゴミにアサルト(強襲)されてしまった。

 何とも皮肉な結末である。

 もっとも、男には皮も肉も残されてはいないが。




 了

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漁ると…… 湖城マコト @makoto3

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