5-14 ふたり
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ちりちりとこめかみが痛い。
額の横あたりが、燻られているみたいだ。
瞼を開けた瞬間、カッと白い光に目を焼かれた。ぎゅっと目をつむって、寝返りを打つ。
もう一度、ゆっくり目を開ける。オバサンの家の屋根裏、おが屑袋のベッドでポルは横になっていた。さっきまでポルの顔があった位置に、天井近くの小窓からちょうど日光が差し込んでいる。どうやらもう昼らしい。日光がもろに目に入ったせいで、周りが真っ暗に見える。
ポルは何度もぱちぱち瞬きをした。陽光で焼けた視界が、少しずつはっきりしてくる。
小窓からの光を挟んで向こう側に、シェンの寝顔があった。
完全に溶けきって、半開きになった口の端から顎の輪郭まで、ヨダレの跡が白く残っている。頬がリンゴのように真っ赤だから、それが余計に目立っていた。
シェンがここまでドロドロに眠っているのは、初めて見た。つついても叩いても起きなさそうだ。
そろ……と手を伸ばして、頬に触れてみる。熱……い。熱い! 瞬時に頭が冴え渡る。
ポルは飛び起きた。頭が重くて、くらりと吐き気が襲う。ああ、まずい。どうしよう。とりあえずスティンに言わないと……
考えてみれば当然だ。シェンが河に流されたのは一昨日の夜か。その晩は河のほとりで寝て、朝帰ってきて、昨日の昼は……もしかして、半日近く屋根の上で話し込んでいた? あの肌寒い屋根の上で。
そして、日が暮れたらすぐに儀式があったから、もう一度町から出て崖まで歩いて……帰りのことは全然覚えていない。たぶん、自分もシェンもちゃんと歩いて帰ってきたと思うのだが、帰り着いてすぐ寝てしまったんだろうか。多分そうだ。
一日以上何も食べていないし。スティンに休めって言われたのに、結局日がな一日外で風にさらされていたし。シェンがどんな風に体調を崩していようと不思議ではない。
あーあ、やってしまった。
ベッドに身を投げ出しそうになって踏みとどまった。自分だって、体が重くてかなわない。横になったら二度と起き上がれないだろう。
尻を引きずって、ベッドから降りる。立ち上がるとやっぱりくらっとした。
部屋のドアを開けようと手をかけて……足元に何か置いてある。
屈んでみると、それはガラス瓶だった。両手で持てるくらいの大きな瓶。中には黄金色の液体がなみなみ、そこにたくさんの野いちごやスグリの実と、皮付きの芋だろうか。四つ切りにしてごろごろと漬けてある。
瓶の下に、小さなメモが挟んであった。そっと取り上げてみる。書いてあったのは、スティンの流れるような、美しい字だった。
〝蜂蜜、生姜、木の実、ジャガイモを煮た。目が覚めたら食べるように。その後一報されたし、薬と水の用意がある。くれぐれも食器を使い回さぬよう〟
へえ、と思ってもう一度瓶の中を見る。
スティンは当然、シェンがこうなることを見越していたのだろう。これは昨晩から用意していたのか。それとも今朝方あたりに、一応様子を見にきてから急ぎ準備したのだろうか。
ポルはもう一度、部屋を見回した。ベッドの上にカバンが置いてある。昨晩帰ってから、ちゃんと屋根の上のものを回収して寝たらしい。全く覚えていない。
うん、と伸びてカバンを取り、中をごそごそ探る。煮炊き用の缶とフォークを取り出して、瓶を開けた。
かあっと甘辛い、薬っぽい匂い。キツくて食欲をそそる香り。いかにも体に良さそうだ。缶の中に中身を全部移して、具を半分だけ選別し、瓶に戻す。瓶の方を抱えると、フォークを中に伸ばしてどうにか野イチゴを口に運ぶ。
ぷち、という種の食感と一緒に、甘くてすっぱい汁がじゅわりと口に広がった。ツンとくる生姜のにおいが鼻に抜け、飲み込んだら喉の奥にじんと染みる。
甘酸っぱい幸せが体の隅々まで行き渡って、思わずとろけそうになった。ポルは片目で瓶の中を覗き込みながら、木の実をほじくり出してはパクパク食べた。
残るは、四分の一サイズでくし切りになった、皮付きの芋がまるっと二個分。屋敷にいた頃、塩で茹でた芋にたっぷり糖蜜をかけて食べた……あの味が、見ているだけで舌に蘇る。自分でもわかるくらい、頬がゆるむ。
ひとつフォークで刺すと――さくっ、と音がした。
ん?
ポルは、そーっと芋を瓶から出して口に運ぶ。がりり……という硬い音。同時に、マズいリンゴに似た粉っぽさが口に広がった。今度は、自分でもわかるくらい眉間に皺が寄る。
しゃお、しゃお、と茹でた芋にあるまじき食感。さっきまで美味しかった生姜とはちみつの濃い風味が、芋の水っぽさを際立たせて最悪だ。これだけの材料を、朝までに調達して用意してくれたのだから、じっくり調理している暇なんかなかったのだろう……けれども。
どうにかして最後の一口を飲み込んだ。皮に残っていた土の臭いが鼻につく。あと三切れもある。同じ数がシェンの分にも。
……まあ、まあ。自分はこれで十分だが、さすがに食欲もないであろうシェンだったら、これはつらいんじゃないか。
ポルは小さくかぶりを振ると、もう一度カバンをまさぐる。魔法陣を描いた紙と、空のインク瓶三つ。火種がない。そういえばスティンが拡大鏡を持っていたから、借りてきて窓からの日光で火を……いや、下の部屋まで余計に往復するのが面倒くさい。
仕方がない、こうなったらイメージの問題だ。ポルはガラス瓶と水筒を取り出して、瓶になみなみ水を入れ、日光にかざした。瓶を通った午後の陽が、魔法陣の上にきらきら輝く白金の弧を描く。
こんなものじゃ発火しないのは分かっているが、目を瞬いてまぶしい光を凝視しながら、どうにかなったらいいなあという期待で想像をふくらませる。輝く円弧がぎゅっと一点に集まっていき、そこから糸のような細い煙とものの焦げるにおいが――
瞬間、日光のえがく弧から光が広がり、魔法陣をピカッとなぞる。風が渦巻くように光が螺旋状に立ちのぼり、あっという間に明るい火になった。
小さな焚き火が、魔法陣の真ん中でパチパチと踊る。ポルはその周りにインク瓶を三つ並べると、さっき芋と木の実の残りを入れておいた缶を、その上へ置いた。お手軽な竈門の完成だ。
こうして、シェンの目が覚めるまでしばらく煮ておこう。ポルはカトラリー入れから新しいスプーンを取り出すと、軽く缶の中身を混ぜた。
――別にこんなことしなくても、シェンはこの生煮え芋を、美味しいと言って食べるだろう。
ふと、思った。
昨日聞いたことが蘇る。シェンの話は、ポルの脳みそにしっかりこびりついていた。何を食ってでも生きてきたんだ。何を食ってでも。それは――想像するのもおこがましい。
自分なんかが想像できる闇なんて、たかが知れている。所詮は半年前まで金持ちの屋敷で、暖衣飽食の生活をしていた身。こうやって、食器に入った食べ物を他人に出してもらう生活だったのだから。
身の程を知れよ、と自分に言い聞かせる。こんなところからじゃ、自分には何も理解できやしない。
手を伸ばしても目を凝らしても、絶対に届かない深淵の底。分かち合うことすら不可能な重荷の下じき。そんなところで、シェンは寝息を立てている。彼女の母親が言ったという〝生き延びるんだ〟は――おそらくこれからずっと千切れることのない、呪いの鎖。ポルには、何度反芻してもそうとしか思えなかった。シェンの真っ赤な頬が、血塗られたみたいに痛々しく見える。
憐れんでいるのだろうか。
ポルは眉間をぐりぐり揉んで、コンコン、とスプーンについた煮汁を缶の端で切った。
そう。今、自分はシェンを憐れんでいる。出会ったばかりで彼女のいいかげんな身の上話を聞いたときから、簡単に同情するのは不躾だと思っていた。対等でいたかったのだ、シェンが気の毒だから一緒にいるだなんて思われたくないし、思いたくもない。
でも、昨日からぐるぐる考えてようやく分かってきた。
対等なんじゃダメだ。憐れんでいても何でもいい。ここにいなさい、って言わなきゃ――シェンは本当に「大人」になった途端、生きるのを諦めてしまう。
新しい鎖で、シェンを縛り付けなきゃいけない。何をしてもどこに行ってもいいなんて。シェンの自由にしたらいいなんて。結局どこにも居着けずに彷徨ってきた彼女を、また野に放つような真似をするのは、あまりにも残酷だ。
私は昨日、一番言ってはいけないことを言った。
ポルはもう一度眉間をぐりぐりと揉んで、顔を上げる。
薄くけぶる湯気の向こうに、ぱちくり、とシェンの黒い瞳があった。
ポルは缶の中にスプーンを立てかけ、カバンの中から紙と鉛筆を取り出した。
『起きちゃったのね』
アルバート語で書いて、ずりずりとおがくず袋の横へ移動すると、シェンにそれを見せた。ふらり、とシェンの黒目が文字を追う。
『何か食べられそう?』
ポルはシェンの顔を覗いた。シェンは隠れるように、顔をおがくず袋にうずめる。
ポルは、缶の下の火を左手でふいっ、と指さした。指先の動きに合わせて、音もなく火が消える。
『違うわね』
シェンの体の下から、パンパンに火照った小さな手を引っ張り出して、
『食べなきゃダメよ。起きなさい』
すると、シェンはイモムシのように、もぞもぞ上体を起こした。
ポルはカバンから、川の水に浸って読めなくなったメモの束を取り出すと床に敷いて、その上に缶を下ろす。スプーンで缶の中身を軽くかき回し、金色の煮汁とベリーの破片をすくった。
スプーンを、そうっとシェンの口へ近づける。シェンはぼんやりした目でポルの顔を見た。
赤く浮腫んだ手が伸びてきて、ポルの手からスプーンを取る。シェンは自分で煮汁を口に運び、こくん、と飲み下した。
『自分で食べるなら下りてらっしゃいよ』
ポルはシェンの空いた手に、厳しく言った。カバンから使っていないコートを取り出して床に敷き、ぽんぽん、と叩いてみせる。
シェンはずりずり体を引きずりながらそこへ下りてきて、スプーンで缶の中身をつつき始めた。ポルはそれを見ながら、即席竈門を片付ける。インク瓶をカバンにしまい、下に敷いてあった紙を手に取る。
魔法陣は少し焦げ付いてしまったので、もう使えない。ポルはしばらく紙を見つめて、ぱらり、と振った。その瞬間、紙は濡れた白い布になって、だらしなく垂れ下がった。
「ぶっ倒れないでくださいヨ」
ガサガサした声。シェンが、こちらを見もせずにそう言った。喉も傷めているのだろう、かわいそうに。
まあ、原因は私なんだけど……と思いながら小さく頷くと、目の前でチカチカ星が飛んだ。
そのまま、しばらくポルはシェンが缶をつつくさまを眺めていた。
見た感じ、さっきの生煮え芋にはしっかり火が通ったようだ。シェンは、芋をスプーンで少しずつ崩して冷ましながら、小さな口へ運ぶ。シェンはふうふう言いながら、時間をかけて缶の中身を平らげた。
「ごちそうさまでしタ」
そう言うと、シェンは膝に指をついて小さく礼をした。
ポルはカバンから水筒と銅のカップを取り出す。カップに水筒から水を注ぎ、そこへ缶に残った煮汁を入れた。
『はい、飲んで』
カップを渡すと、シェンはそれを一気に飲み干した。そこへポルがすかさず水を注ぎ足す。
『もう一杯』
シェンは言われるがまま全部飲んだ。まるで、目の前に出てきたミルクをひたすら飲み干すことしか知らない、生まれたての子猫みたいだ。もう一杯入れてやりたくなったが、思いとどまってカップをシェンの手から取った。
『体、拭いてあげるから着替えましょうね』
「……それくらい自分でしまス」
濡れた布を片手に待ち構えていたポルを、シェンが睨んだ。ポルは慌てて布を投げて寄越すと、
『わ、分かってるわよ。背中くらい拭いてあげるわ』
カバンの中に目を落として、寝巻きを探す。シェンは受け取った布を片手に、さっさと服を脱ぎ始めていた。
肩までカバンに突っ込んでようやく見つけたのは、若草色の二重ガーゼに、うすく綿をつめた寝巻き。ポルはそれを引っ張り出して、わざとゆっくりした動きで畳んで、顔を上げる。
シェンの細い身体が目に飛び込んできた。
シェンは今更恥ずかしげもなく、下着まで全部脱いで首周りを拭っている。
そういえばいつも、ポルはシェンの前でも脱ぐところには気を遣うのに、シェンはそんな素振り見せたこともない。女同士だからか知らないが、ポルがいようとお構いなしだ。だから、ポルがいつも何となく目のやり場に困って、そっぽを向くようにしていた。
普段のクセで、ふい、と顔を逸らし……そうになって、ポルはシェンに向き直った。頭の中にいる自分が、他人の身体をじろじろ見たら失礼でしょ、と叫ぶ。そんなこと言ってる場合じゃない、と言い返して、そいつを叩いて殴ってちぎって捨てた。
シェンの腕や脚はところどころ、穴を穿ったような傷が塞がったのか、巾着のごとく皮が引き攣れている。アザがそのまま残ったような跡は無数にあって、青黒い模様を形作っていた。背筋をナナメに横切る紫色の肉の峰、腰から下へ不規則に点々と続く、ピンクがかった白い染み。首筋から肩、服の襟からでもギリギリ覗く場所にある大きなへこみ。
シェンの体は歳の割に相当幼くて、傷さえなければあらゆる令嬢たちが羨ましがりそうなくらい、つるんとしている。
手先や足先の細かい傷跡も、シェンはいつも料理してるからだとか、シェンは色んなところに登るからできたんだとか思っていた。
浅はかだ。仮にそれが本当だったとしても、それを見て何にも想像してこなかったのは確かなのだ。
でも、いったい何を? そこからいったい何が想像できるって言うんだ?
だれかに蹴飛ばされでもしたのであろう、その青あざをつけた犯人の顔だとか? いつかはバッサリ開いていた背中の袈裟傷が、どうやって塞ったか、とか? それとも――それとも、いや、そんなことを考えて何になる。シェンにかけてあげられる、魔法の言葉でもひらめくわけじゃなし。
わからない。想像するのもおこがましい――さっき、そう思ったじゃないか。自分なんかが想像できる闇なんて、たかが知れている。こんなところからじゃ、何も理解できない。だめだ。また堂々巡りだ。
ふ、
目の前を白いものが横切った。
ひゅっ、とポルは息を呑む。いつのまにか呼吸を止めていたらしかった。
ぱちぱち目を瞬いてみる。さっき横切ったのは、白い布だった。ポルが見ていた背中の傷の上を、シェンがなぞるように拭いていた。
あ――背中くらい拭いてあげるって言ったのに。
と思って身を乗り出す。が、その間にもそそくさとシェンは体をなぞり終わっていく。脇腹を通って腹、臍の周りから腿の付け根、股の上から尖った腰骨。
――やらなきゃいけないことが、目の前をどんどん流れて去っていく。なのに、見過ごしてばっかりだ。見過ごして見過ごして、見過ごしたものが積み重なって今更のように悩んでいる。何を見過ごしたのか探すのに必死で、目の前にあるものなんか見えてない。だからまた同じように……
シェンが振り返った。
終わりましタ、洗ってきまス。そう言うと、裸のまま立ちあがろうとする。ポルはその手から、半分ひったくるように布を取った。
両手で、それをぐしゃぐしゃに握り込む。
手の中の感触がぬるりと変わった。柔らかい布が小さく固まり、つるつるした生暖かい破片が溢れてくる。ポルはそれを、パッと放した。
ぼと、ばらばら、ジャラジャラジャラッ……
シェンの目の前に、滝のような金貨が落ちた。
『お金なら無限にあるの』
シェンから布をひったくった後の手に、アルバート語で綴った。
『欲しかったんでしょ、これが』
シェンはポカンとして、ポルを見上げた。なんの話かわからない、と顔に書いてある。
『いくらでもあげる。こんなの、これからいくらでもあげるわ』
今創った金貨が喉に詰まったみたいに、息ができない。
『だから、旅が終わってもずっと一緒にいなさい。私が許すまでずっと、一緒にいてよ。一生許さないと思うけど』
数秒。
シェンは黙っていた。黙って、ポルとシェンの間にある金貨の山に視線を落とした。
「
ガサガサで、ほとんど声になっていない。
『どうぞ』
ポルは素っ気なく言った。
「……おっしゃる通りにしまス。姐様」
金貨に向かって、シェンはそう言った。
それを聞くと、ポルはさっき畳んだ若草色の寝巻きを素早く取って、シェンの肩から被せた。袖から手を引っ張って腕を通させ、前のボタンをかける。
『横になってて』
床に敷いていた自分のコートを取り、ぱんぱん、と埃を払う。それを広げて、そっとシェンの体をくるんだ。
シェンはコートの隙間から手を出して、金貨の山をかき集め、一つ残らずコートのポケットに入れた。そのまま静かに横たわり、くるりと小さく丸まって目を閉じる。
ふぅう…….と、シェンの吐く息の音がした。ポルは、一歩、二歩、ふらふらと部屋のドアまでたどり着くと、戸を開けて外へ出た。
『今回は、見過ごさなかったわ』
入り口のはしごに足をかけ、後ろ手で戸を閉めながら、ポルは取手に独り言を綴る。
『危なかった』
シェンが、話の最後に「必要なのは金」って言っていたのを、すんでのところで思い出したのだ。居場所がなくたって、金があれば大人になれる。だから金が欲しかった。じゃあ、居場所も金もどっちもあげる。我ながら、ボンボン育ちらしい傲慢な答えだ。
ポルは、梯子を降りて一番下の桁に腰を下ろした。魔術を使いすぎたのと、単純に疲れたので気分が悪い。たまに飛びかける意識が、吐き気で戻ってくるのを繰り返している感じだ。
――重い。ほんとうに、重い。
ポルはぼんやりと思う。頭痛と一緒に、水を吸った綿のような空気が体を押し潰してくる。
シェンの背負った呪いを解くことができないなら、呪いが朽ち果てるのを待つしかない。新しい呪いにかからないですむ場所へ、繋いで閉じ込めておくほかない。
そのために、どちらかが死ぬまでずっとこの場所を守り通す。私が。そんなこと、できるのか。
いや違う。しなきゃいけなかったんだ。ルズアを連れ出した時から、感じていなきゃいけなかったはずの「人間」の重み。
――私ったら、今まで何にも考えてなかったのね。
脳みそが絞られるような感覚の中に、ふわふわと呆れの感情が浮かぶ。ああ、これでもまだ、何にもわかってないのかも知れないけれど――
その時。
がらがら……と音がして、廊下の左手にある横引き戸が開く。ぬっ、と中から髪を下ろしたルズアが出てきた。
今まで寝こけていたのが丸わかりのボサボサ頭、いつものぼろぼろシャツに裸足、腰から下が見えそうなくらい履き崩した半ズボン。本人もくたびれているせいか、そのままの格好じゃお手洗いにも行けなさそうなほどだらしない。いつものルズアだ。
ポルは思わず、喉の奥でふふふ、と笑った。
ルズアがゆっくりと振り返った。しょぼしょぼの細い目と視線が合う。ポルはその顔を見ながら、自分のもたれている梯子の桁に、小さく綴った。
『私、とびっきり強い魔女になるわ』
ルズアはおもむろに眉根を寄せて、怪訝そうな顔になった。
「ぁんだテメェ、気でも狂ったか?」
ポルとルズアの二重奏 音音寝眠 @nemui_nemui
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