すいりゅうさん【幸せ】

「りゅーぅう!」


 背中にぽんと飛び付かれて、私は潰れた。


「シュンライ」


 倍はあろうかという大きな蜥蜴にのし掛かられて、私はくぐもった声で抗議する。


「お前は、疾うに私よりでかくなったという自覚がないのか?」


 小さいとは言っても、力で劣っている訳ではない。私はシュンライを押し戻して立ち上がった。腕組みをしてすっかり大きくなった我が子を見上げる。


「あるよ」


 悪びれもせずにシュンライは答える。甘やかすからだ。


「だけど、りゅうは強いから大丈夫かと思って」


 にぱあ、と笑う顔は幼い頃と少しも変わらない。少しスイレンに似ている。始末の悪いことに、そうやって笑えば私が溜め息と共に許してしまうのを知っている。


「りゅうに見せたいものがあるんだ。ちょっとこっち来てよ」


 シュンライは当たり前のように私の手を取って歩き出した。指先が触れ合った瞬間、ぱちりと電気が走る。今ではもう慣れた痛みだ。


『雷とかげなんて珍しいね』


 シュンライが三度目の脱皮をしたとき、スイレンは驚いたように目を瞠った。抱きしめる度に、撫でてやる度に、ぱちりと痛みが走るのを嬉しそうに受け止めた。


『暴れん坊さんだねえ』


 そうやっていつもクスクス笑っていたスイレンが、一度だけ目をつり上げてシュンライを叱ったことがある。思いの外強い電撃が私に向いて放たれたときだ。

 シュンライはわざと私を傷付けようとした訳ではない。それは過失であったし、私の痛手は大きかったが取り返しがつかない程でもなかった。


『自分の力の大きさを自覚しなさい。きちんと制御出来るようになりなさい。そうしないと、いつか後悔することになる』


 態とではないのだから……。擁護しようとした私は、シュンライと共に叱られた。


『甘やかさないで。すいりゅうさんのそれは、優しさじゃあないよ』


 甘やかしているのはお前の方だろう。喉元まで出掛かった言葉を私は飲み込んだ。



「ほら見て!」


 丘の外れの林を少し入ったところでシュンライは立ち止まった。指を指す先には、クヌギの倒木からにょきにょきと立派な茸が生えている。


「ほう。これは立派に育ったな」


「でしょう?」


 嬉しそうにシュンライが跳ね回る。


「雷を鳴らしたらね、大きくなるって教えてもらったんだ。ねえ、りゅう。すごくない? 去年よりずうっと大きいよね?」


 育ったところを摘み取りながらシュンライがはしゃぐ。


「レンも喜ぶかなあ。ねえ、りゅう。レン、喜んでくれると思う?」


「なあシュンライ」


 私ははしゃぐ背中に呼び掛けた。


「その、名前を変に略すのはやめないか?」


「ええー。何でー? すいりゅうさんって長すぎるもん。名前呼んでる間に言いたかったこと忘れちゃう」


 そんな馬鹿な理屈があるか。


「二人とも『すい』は一緒なんだもん。無くても分かるからいいじゃない」


「それでも、名を略すなど礼に欠ける」


 私の言葉に、シュンライはぷう、と膨れた。それから困ったことに、目に涙を浮かべる。


「だって、あたしだけ『すい』が付いてないんだもん。仲間はずれみたいでなんだもん。どうしてスイライにしてくれなかったの?」


 何と。そんなことを気にしていたのか。それは気付かずに悪かった。


「春雷は、命を目覚めさせる春の声だ」


 もう背伸びをせねば届かぬシュンライの頭を撫でながら、私は言った。上手く伝わるだろうか?


「綿々と繋がれてゆく営みを寿ことほぐ祝いの声だ」


 愛しい我が子に祝福を。そう願って、スイレンが付けた。


「私たちの名前は略しても構わない。けれどお前の名前にはスイレンの愛情が詰まっているから、大事にしてやってくれ」


「うん」


 シュンライの目から涙がこぼれた。


「スイレンに持って帰る」


 山盛り茸を抱えたまま、ぐずぐずとはなを垂らす。


「それから」


 令法リョウブの葉で洟を拭ってやりながら私は顔を顰めた。


「いい加減がさつな振る舞いは控えろ。女の子なんだし」


「えー。やーだー」


 シュンライがぷう、と膨れて。

 私は盛大な溜め息を吐いた。




 🍀🍀番外編の1 おしまい🍀🍀


とかげくんとすいりゅうさんのお話は、ここで一旦おしまいです。

また何かストーリーが浮かびましたらひょっこり顔を出すかもしれません。

またお会い出来る日を楽しみに。


「またね! えへへ」

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とかげくんとすいりゅうさん 早瀬翠風 @hayase-sui

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