とかげくん【順番】

「ねえ、すいりゅうさん」


 ぼくはすいりゅうさんに聞いてみた。分からないことを分からないままにしておくのは、気持ちが悪いよ。


「どうして赤ちゃんを育てちゃだめなの?」


 すいりゅうさんは赤ちゃんを抱いたまま、じっとぼくを見た。


「お前はすぐに情を移す」


 ぼくは首を捻った。


「すいりゅうさんは赤ちゃんが嫌い?」


「そんなことはない。小さな命は好ましい」


 すいりゅうさんの言っていることは、ときどきぼくには難しいよ。


「ぼくの好きとすいりゅうさんの好きはどこか違うの?」


「好きにも程度と順序がある」


 すやすやと寝息を立て始めた赤ちゃんを優しくさすって、すいりゅうさんはぼくを見た。


「お前にはそれがない。それは美徳だと思うが、時に心配にもなる」


 すいりゅうさんの声は優しくて、でもどこか厳しい。


「小さな命は直ぐに消える。その時に大泣きするのは目に見えている」


 ぼくはすいりゅうさんから赤ちゃんを抱き取った。


「そうだね」


 可愛らしい寝顔を見ると、自然と笑みがこぼれてくる。


「きっとこの子はすぐにぼくより大きくなって、あっという間にぼくを置いていっちゃうんだろうね」


 弟みたいに。

 あのときの胸の痛みがぶり返す。


「そうしたら、ぼくは泣いて泣いて、すいりゅうさんを困らせるね、きっと」


 おばさんが死んでしまったとき。グレンが、弟が、逝ったとき。それから、すいりゅうさんがぼくを置いていなくなったとき。ぼくは泣いた。すごくすごく泣いた。でもね、すいりゅうさん。


「ねえ、すいりゅうさん。知ってる? 大好きな人がいなくなって、いっぱい泣いたあとにはね」


 赤ちゃんが小さなため息を落として身動ぎをする。ぼくの指を見つけて、安心したようにすり寄ってくる。なんてかわいいんだろう。


「楽しかった思い出が残るんだよ。満ち足りた笑顔が残るんだよ。それはきっとね。一緒にいる間、とってもとっても幸せだったからだと思うんだ」


 顔を上げるとすいりゅうさんと目が合う。

 そうやって幸せを抱きしめられるのは、すいりゅうさんがいてくれるからだよ。


「だから、ぼくのなかには幸せがいっぱい溢れてるよ。この子も幸せの一部になるよ」


 ちょっと困ったような笑顔がぼくを見つめる。ぼくの一番の幸せは、すいりゅうさんだよ。順番だってちゃんとあるよ。


「泣いたら慰めてくれるでしょう?」


 すいりゅうさんが渋面で頷く。ふふ。ごめんね。大好き。


「じゃあ、この子を育ててもいいよね?」


 その質問には、すいりゅうさんは満面の笑みで応えてくれて。

 赤ちゃんはぼくたちの家族になった。

 

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