第3話 襲撃
その男とシャーリーはロンドン行の列車の食堂車で席を囲んでいた。
「何処まで話したかな?」
男は出された料理に夢中になってがっつきながら言った。
「ウィルバー博士の研究についてよ」
「そう、それそれ」
男はお茶の入ったカップを掴みあげると、ずぞぞぞと飲み干した。幸い列車が大きな音を立てた為築かれなかったが、アンリエッタは白い目で彼を見ながらお茶を啜った。
「ウィルバー博士は機械を外部から動かす研究をしていたんだよ。機関車といった乗り物のように人間が直接乗り込まず、外側から指示を与えて自動的に動くような機械を作れるように」
「その研究成果の一つが」
「君に渡したその玩具ってわけ」
アンリエッタは手元にある鉛筆のような形をした金属をテーブルに置いた。
『撃たれた?いや、拳銃の音はしなかった。ではなぜ?』
床に落ちた自身の拳銃を見て、アンリエッタは原因を考えていた。銃を撃ったような音はしなかったが、腕に何かがぶつかったような感触はした。
男はにこりともせずに、アンリエッタに手を差し出すと、握っていた手を開いた。
その手の中には銀色の鉛筆のようなものが置いてあった。
「俺が発射したのは銃弾じゃなくてこれだよ。まあ俺も初めて使ったから上手くいかないかもしれなかったけど、その心配は無用だったみたいだな」
「これは何?」
「ウィルバー博士の研究の一環、かな」
すると銀の機械は再び空中に浮かび上がり、部屋の中を飛び回った。アンリエッタはそれを目で追ううちに、男がもう片方の手の中で何かをいじくりまわしていることに気が付いた。
それは中央に一本の棒のようなものが付いた小さな装置で、男が指で棒を右に傾けると機械は右に、左に傾けると左に飛んでいく。一回転させれば機械は空中で旋回して男の方へ飛んでいき、下に傾けると一直線にアンリエッタの方向へと急降下した。
先ほど男がやったように銀の機械を空中でキャッチしたとき、男は大きく伸びをして言った。
「まあ色々言いたいことはあるだろうけれども、まずは一時休戦といかないか?腹も減ったしな」
そう言った男は、口元に笑みを浮かべていた。
話は食堂車へと戻る。
「さっきも言ったように、それは完全な玩具だ。ウィルバー博士はそれの構造を大型化させ、アイアン・ソルジャーに搭載する事を目的としていたらしい」
「その機械、もう完成しているわね」
「そうだな。アイアン・ソルジャーが一人で街を歩いている以上、そう考えた方がいいだろう」
二人は屋敷から持ち出した戦利品を見せ合いながら言った。それは先ほど説明した外部遠隔操作技術の設計図が描かれていた。
一方、アンリエッタが見つけた日記に挟んである紙もまた何かの設計図だったが、それが何なのかは男も知らなかった。
「だが見てみろ。ダイヤモンドと書いてあるな」
「怪物はこれの為に宝石を盗んでいるのね。でも外部遠隔操作技術の設計図ではなさそうだけど」
ふとあることに気付いたアンリエッタは、男に聞いてみた。
「そういえば何で屋敷の絵の裏にその本があるってわかったの?」
「暗くてわかりにくかったが、あの絵にはずらした形跡が残っていた。それもかなり新しい」
「と言う事は、ウィルバー博士は一度帰ってきてあそこに隠したって事かしら。完成しているというのに」
「それは……」
どうなんだろうと男が言おうとした時、すぐ近くの窓に奇怪なシルエットがこちらを覗き込んでいた。
円筒形の体に三角形の頭、目と口の様に並んだ三つの光。ギリギリという音を立て、異様に長い腕を振るっていた。
「伏せろ!」
二人が伏せると同時に、それは窓ガラスを粉砕して食堂車の中に横倒しに転がり込んできた。
他の客たちは悲鳴を上げ、ウェイターは突入して来た怪物に驚いて転倒した。怪物は腕を使って立ち上がると、何かを探しているかのようにテーブルを掴んで投げ飛ばし始めた。
「まさか、あれが……」
「おそらくアイアン・ソルジャーね」
怪物は男とアンリエッタを見つけると、二人の方に突っ込んできた。慌ててテーブルをひっくり返してガードする。足を取られた怪物は転倒したがすぐに立ち上がり、胸にある銃口から機関銃を乱射し始めた。銃撃を受けた人達はバタバタと倒れていくが、二人はテーブルを持ち上げて楯にする。
アンリエッタは拳銃を引き抜き、男に向かって言った。
「狙いは私たちみたいね。あなた武器は?」
「生憎今はこれだけだ」
男は先ほどの食事の時に使っていたナイフを見せた。これではあの怪物の装甲を貫くことは不可能だろう。
「ここから少し行ったところにワインの樽が積んである貨物車があるの。その中に樽を割るための斧があると思うわ」
私が気を引くから取ってきなさい。とアンリエッタは言った。
「頼っていいのか?」
「当然よ。馬鹿にしないで頂戴」
「ならば頼るとしよう」
そう言って男がまばたきすると、最初に会った時の様に瞳が赤に染まった。
そういえば、彼が瞬きすること路を見たことがないな、とアンリエッタが思った時にはもうすでに男は駆けだしていた。
「俺はイルマ。運が良ければまた逢おう」
そう告げると、男は怪物の頭を飛び越して走り出していった。
鉄人ファフニール 大地 @planet9517
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