第2話 アイアン・ソルジャー

 アンリエッタ・シャーリーはスパイである。幼いころから訓練を積み、潜入や情報収集といった基本的な作業や、各種武器の取り扱い、果てはハニートラップに至るまで徹底的に教え込まれていた。

 今日もまた彼女に新しいミッションが与えられた。


 「まずはこれを見てくれ。これは怪物騒ぎが始まる1か月前に起こった爆発事故だ」


 アンリエッタの上官コンスタンツェが新聞記事を見せる。それはロンドンから離れた山間で発生した爆発を報道したもので、多くの新聞社がこぞって大きな見出しを組んだものの、怪物騒ぎに押されてあまり話題にはならなかった。


 「酷い爆発事故だったと聞くわ。確か山小屋が爆発したんだとか」

 「問題は次の写真にある、これだ」


 どこにも公表されていないものと前置きし、コンスタンツェは一枚の写真をアンリエッタに手渡す。

 

 「これは何……」


 それは一見すると普通の人のシルエットに見えた。大きさは2~3mぐらいで太く長い腕の付いた金属の体を持つ点を除けば、穴の中からクレーンで引きずり出されようとしているそれは人間に近いシルエットだった。


 「今世間を騒がす怪物の正体、とでも言おうか」

 「怪物?宝石泥棒の?」

 「その正体は我が国の科学力の粋を集め、やがては次世代の戦力とするために開発した鉄の兵士アイアン・ソルジャーと呼ばれる兵器だ。建造は極秘裏に行われた。君が今見ているのはそれの第28番機ファフニールだ」

 「アイアン・ソルジャー……それが今ロンドンの街を歩いているという事は……」

 「そう、盗まれたんだよ」



 アンリエッタは汽車に揺られながら、関係資料に目を通していた。アイアン・ソルジャーは合計30体が作られていたが、過去に前例のない目論見だったこともあり、起動しなかったり直立できなかったりといずれも失敗に終わり、閉鎖された地下研究所と共に封印されたはずだった。


 「30体もよくそろえたものね」

 「それだけ国家の総力を挙げたプロジェクトだったというわけだ。奪った犯人のめぼしはついていないが、奪ったアイアン・ソルジャーを動けるように改造し、盗み出した宝石を使って何かを企んでいるに違いない。今回のミッションは……」

 「奪われたアイアン・ソルジャーを可能な限り取り戻す事」


 そう言って渡されたのは、開発スタッフの家の地図だった。この事故の後、開発に関わった人間たちが次々と死亡したり行方不明になっているという。今アンリエッタが向かっているのは、現在行方不明になっている一人のウィルバー・オルガン博士の屋敷である。

 屋敷は汽車で数時間の距離の場所にあった。ウィルバーは研究に集中したいからと屋敷に使用人は置かず、身の回りの事は全て自分一人だけで行っていた為、主がいなくなった屋敷には誰もいなかった。


 アンリエッタは屋敷に忍び込むと、ウィルバーの書斎に向かった。書斎の中は紙や本で乱雑し、足の踏み場もないくらいだった。

 机の上に置いてある本を手に取って開くと、日記らしかった。丁度開いたページにアイアン・ソルジャーの名前を見つけたので読み進めてみた。


 『某月某日 国からの仕事とあって、我々は寝る間も惜しんでアイアン・ソルジャーの研究に努めた。各機体には世界の神話に登場する龍の名前が付けられる事となり、記念すべき第1号はガーゴイルと名付けられた』

 『某月某日 ガーゴイルから25号機スヴァローグまでは機能不全に陥ったり、そもそも直立すらしなかったりといずれも失敗に終わった。そんな中、26号機ズメイがようやく直立に成功。しかし装甲が弱く、実戦投入には程遠い』

 『某月某日 相次ぐ失敗に伴い、国はプロジェクトの打ち切りを決定。資金援助も来月が最後となる。しかしリーダーのランドルフだけはどうしても諦めきれないらしく、私に装置改良の手伝いを申し出て来た』


 「これが爆発が起こる少し前の事。だとすれば博士が行方をくらましたのもこの後という事になる……ん?」


 本の間に数枚の紙が挟まっている事に気が付いたアンリエッタ。開いてみると、日記の筆跡ではない字で書かれた設計図らしきものだった。

 よく目を通そうとした時、屋敷の玄関のドアが開く音と、誰かが入って来た足音が聞こえた。

 

 その足音は玄関から階段を上り、真っ直ぐにアンリエッタのいる書斎に近づいてきていた。アンリエッタは書斎の机の下に隠れ、万が一に備えていつでも銃を使えるようにしておいた。


 足音が部屋の中に入って来ると、アンリエッタは机の陰からこっそりと覗き見た。

 それはアンリエッタが喫茶店で出会ったあの男だった。驚きのあまり、アンリエッタは危うく手にしていた拳銃を落とすところだったが、何とか耐えきった。


 「何であの男が……こんなところに何の用かしら」


 アンリエッタの疑問をよそに、男は部屋の中を歩き回っていた。そして壁にかかっていた一枚の絵の前で歩みを止めた。男はしばらく絵を眺めていたが、やがてその絵を壁から外し始めた。

 すると壁と絵の間から一冊の薄い本が滑り落ちて来た。


 男は本を拾い上げて立ち去ろうとしたとき、アンリエッタは机の裏から出てきて拳銃を向けた。


 「止まりなさい」


 その声に振り向いた男は、意外な人物の登場に瞳を大きくさせた。


 「また君か。こんなところで何をしている」

 「それはこっちの台詞。なぜあなたがここに」

 「怪物の事を調べていたらこの科学者が出てきてな。何か手掛かりになるものを残してはいないものかと思って。案の定だったみたいだが……まさかお前もそのクチとは」

 「さすがは名探偵さんね。でも好奇心程身を殺すものは無いのよ」

 「今ここで俺をその銃で撃っても何の得にもならないと思うが」


 アンリエッタが何か言おうとしたとき、突如彼女の拳銃が手から弾き飛ばされて宙を舞い、床に落っこちた。


 「え……な、何で……」


 呆然とするアンリエッタのすぐ横を何かが飛んでいき、床の紙が吹き飛ばされた。

 男はアンリエッタの方を向き、何かを掴む動作をした。この時になって初めてアンリエッタはあることに気が付いた。


 男の眼が赤くなっていない事に。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る