第4話 ~人種依存的麺文化~ ④ ラーメンの素
「そう、確かに彼らはまだラーメンを作り始めていないわ」
「ただ、ラーメン文化発生機構が始まっていることは言えるの」
と言って蘭子は黒板に何か書き始めた。
「ここに書いたように、ラーメン文化は何もない状態から生まれたのではないの。まぁ考えてみれば、とーぜんの話よね」
蘭子は右手に持ったチョークでラーメン文化の系譜をなぞりながら、説明を始めた。
「元々中国には、湯餅と呼ばれる小麦粉を使った料理があって、それが時代を経て形を変えラーメンになった」
「つまり、湯餅が分化してラーメンができたってわけ」
蘭子は湯餅とラーメンの間に書かれた「分化」という文字を丸で囲みながら話した。よく見ると上に「※文化ではなく”分化”」と小さく注意書きが添えられている。
「あ〜、なるほど〜、そういうこと〜」
回答をもらった同級生女子は表情を明るくし、うんうんと頷いた。
「イタリアに移植しても、中国人達はラーメン文化発生を開始したってことなんだね」
「そういうこと」
笑顔で答える蘭子。
「まぁ、この後の発生もちゃんと追わないとだけどねっ。だから、『ラーメン文化』じゃなくて、『ラーメン文化発生機構』が証明されようとしているって言い回しをしたの。なんかの拍子にパスタを作り始める可能性もゼロじゃないから」
みんな蘭子の考えを理解し始めたのか、先ほどよりかざわつきが減り、教室は発表を聞く雰囲気になってきた。
「みんなもう質問は大丈夫かしら。気になったらガンガン止めていいからね。それじゃ今度は中国に移植したイタリア人(0.5日)も観察してみましょう〜」
先ほどの結果観察と同じようにコンソールを立ち上げ、移植したイタリア人を見せながら、蘭子は結果を説明した。
中国に移植したイタリア人は、中国人とは反対に、移植先の麺料理である湯餅を作り始めた。つまり、パスタ文化は土地に対して「依存的」であるということだ。
「やっぱり折れたか〜。ラーメン文化の足元にも及ばないわ〜」
またまた蘭子の予想が当たった。
なんか予想通りの結果がどんどこ出てくるが、実験ってこんなにうまくいくものなのだろうか。結果がある程度決まっている実習実験ならまだしも、自分達の班が行なっているのは本流から外れた実験。蘭子は強運の持ち主なのだろうか。
自分達の斑の幸運に対し、心は喜びよりも不思議を溜め込んでいった。
教室奥の時計の針は5時ちょうどを指していた。実習は午後5時半までなので、質疑応答まで考えるともうあまり時間はない。おそらく、文化形成後の結果を見せて終わりだろう。
隣に目を向けると、蘭子も教室の奥の方に視線をやっていた。自分と目が合うと、口角を上げて軽くうんとうなずいた。蘭子も気づいたみたいだ。
蘭子はクラスメイトの方に体を向けなおし、上機嫌な調子で最終結果に向けた発表を始めた。
「では最後に、西暦2000年、麺文化形成が完了している年代の移植結果をお見せします。本当は途中のラーメン第一次世界大戦とか第二次世界大戦とかも見せたいんだけど、発表時間も残り少ないし今日は割愛♥」
その世界は池袋とか高田馬場の話であろうか。
「まずはイタリアに移植した中国人から」
Planetが高速回転しはじめた。西暦2000年だと、移植後0.5日から何百年も経っているので、タイムスライドも時間がかかる。それでも30秒かかるか、かからない程度だ。
昔は100年単位のタイムスライドをしようものなら、丸一日かかったらしく、結果を見る年代の順番を綿密に決めてから、タイムスライドしていたらしい。技術の進歩とは素晴らしいものだ。前日に思いついたラーメン愛の証明まで可能にしてくれる。
タイムスライドが終了し、西暦2000年のイタリアを映す特定地域拡大コンソールが立ち上がった。
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