第6話 ~人種依存的麺文化~ ⑥ ラーメン愛・おぼえていますか
「今回私たちの班は『人種依存的麺文化発生機構の証明』を目的として実験を始めました」
「麺文化というのは、『人種』で決まるのか、それとも住んでいる『土地』で決まるのか、そのどちらなのかを明らかにしようという証明です」
「ちなみに私は、ことラーメン文化に関しては人種依存的である、という確信めいた仮説を持って本実験に臨みました。そのことを証明するため、文化伝達媒体として中国人とイタリア人を用いて、民族交換移植実験を行いました」
「その結果どうなったかは、みなさま知っての通りかと思います」
「中国に移植したイタリア人(パスタ文化伝達媒体)はラーメン文化を形成し、
イタリアに移植した中国人(ラーメン文化伝達媒体)もラーメン文化を形成しました」
実験結果のまとめを描ききった蘭子はチョークを置き、聴衆に体を向け直した。
「しかも後者の中国人においては、湯餅から始まるラーメン文化発生過程を忠実にたどるかたちでラーメン文化を形成しました」
「この遠く離れたイタリアの地で」
蘭子はその一言を、教壇の縁を両手でつかみながら語気を強めて話した。
一呼吸置き、まわりが静まり返ったことを確認した後、蘭子は話を再開した。
「これらの結果から、私たちがこよなく愛するラーメンは『人種依存的麺文化』であること、パスタは人種『非』依存的麺文化であること、を示すことができました」
教壇を掴む手にさらに力が入り、蘭子の細く白い手に血管が浮かびあがる。
「つまり!」
「最初に話したとおり、ラーメン文化はっ、ゲノムに刻まれていて、その発生過程は、『土地』という環境要因に左右されずどこの世界どこの国においても再現する」
「そういった文化である。ということ」
「です!」
「(こんな感じかな)」
緩んだ顔でこちらに振り向いて、小さく声をかけてきた。
「これにて10班の発表を終わります。ご静聴ありがとうございました」
蘭子は深々とお辞儀をした。自分も蘭子につられるように頭を下げた。
「ぱちぱちぱちぱち」
クラスメイトの拍手は他の班より大きかった。それだけ、自分たちの班の発表を評価してもらえたということなのだろう。
心配していた進級問題もこれで回避できそうだ。
「あまり時間はないですが、何か質問ある人いますか?」
蘭子が教室を見回すが、手を挙げている人はいない。ツッコミどころのない、すっきりした結果ということだろうか。正直、自分が質問側の立場だったとしたら、何を聞いたらいいのかノーアイデアだ。さっきまでは何か気になっていることがあったのだが。
「じゃあ残り時間、考察を述べさせてもらうわ」
といって蘭子は眼を星型にキラキラさせながら話し始めた。
「今回の実験結果は何もラーメン愛の再確認だけでないの」
「今後はこのPlanet Biologyで明らかにした事からさらに、分子生物学のレベルにまで踏み込んでラーメン文化発生に関わる遺伝子を同定し、このPlanet上の全民族にその遺伝子を強制発現させるわ」
「そして世界はラーメン愛に包まれるの」
「どこに行ってもラーメン文化があり、ラーメンが食える。地球だけにとどまらず、惑星移植耐性の強い民族を使って、火星でも、金星でもラーメン文化を作りあげてみせるわ。そう、全惑星ラーメン補完計画に向けての…」
「あのっ、ちょっといい?」
蘭子の宇宙規模のラーメン補完計画トリップを遮るように、教室前方左側、入り口近くから声が上がった。本実習のチューターである院生だ。
「どうぞ。何かし」
「最後から2番目にタイムスライドしたやつ出してもらってもいいかな?」
堂々とした態度を崩さない蘭子に対して、院生は食い気味で話してきた。
「A.C.2000の伊太利亜中華街のやつ」
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