第7話 ~人種依存的麺文化~ ⑦ ラーメンの定義
「はい、大丈夫です。正史くんお願い」
蘭子に促され、タイムスライドログから依頼されたシーンを選んで、タイムスライドした。特定地域拡大コンソールには先ほども見せた伊太利亜中華街が映しだされた。
「えーっと、質問したいことというのは‥」
手を組み動かしながら、院生は視線を特定地域拡大コンソールから蘭子へ向けた。
「これって、本当にラーメンなんですか?」
「です」
彼がゆっくりとした調子で発した言葉は、
教室、
「!」
蘭子、
「!?」
自分、
「あっ」
にミリ秒単位で電撃を走らせた。
自分にいたっては、何かつっかえてた物が取れたと同時に言葉が漏れた。
「どうゆうことかしら?」
蘭子は過剰に落ち着いた口調で院生に聞きかえした。
「いやだって、まず何をもって『ラーメン』であるっていうの示してないよね。普通はそこを示してから、結果を見せて、本研究におけるところのラーメンが作られていますね」
「ってなるのが普通だと思うんだけど。まぁ、まだ実習生だしそこらへんは慣れてない所だからしょうがないんだけど」
と院生が話した所で、蘭子の様子が一変した。
顔の表情は変えずに保っているが、落ち着いた雰囲気の練度があがり、綺麗な髪が少し逆立つような振る舞いを見せている。プシーキャット。
高校から惑星生物学に浸かっていた蘭子のことだ、「慣れていない」という言葉が琴線に触れたのだろう。
「定義を述べよとまでは言わないけど、蘭子さんは何がラーメンだと考えていて、これまで見せた結果のどこでそれを提示できたというのかな」
聴衆は蘭子の方を向き直した。蘭子はあまり間を置かずに話し始めた。
「はい。私はかん水を使ってできた黄色がかった麺と、スープからなる料理をラーメンとみなしております。そしてそのことは、特定地域拡大コンソールの中華料理店内の映像から、形態学的に判断いたしました。見逃していたら申し訳ないのですが」
少し攻撃的な言い回しで蘭子は返答した。
「それは粗くないかな」
院生も間を置かずに答えた。
「と、申されましても本実習で各班に配布されたPlanetは一つ。成分分析でかん水が含まれているか解析するのは不可能かと。まぁ、基礎惑研ほどの施設があれば別ですが‥」
ってなんだ?基礎惑研を知っているっぽい何人かのクラスメイトはクスクスと笑っている。
「ちがう」
「粗いと言ってるのは、どの手法を選択したかではない。あなたが選択した、形態学的解析そのものだ」
蘭子の攻撃的な口調に呼応して、院生はさっきまでのオブラートに包んだ言い回しをやめた。
「たぶん今言われても自分の解析のどこが粗いのかはわからないと思う。けど、レポートを書く際の考察に関わる大事な所だから、結果ははっきりさせておきたい」
蘭子は怒るというか、この院生は何を言っているのだ?という表情を見せている。
「ちょっと借りるよ」
そう言うと院生は自分の近くにきて、Planetの表示設定を変え始めた。
「何がしたいのかしら」
ポカンとした表情で見守る蘭子。とクラスメイト。鋭い視線で院生の操作を見つめているのは、再び船をこいでいた教授と、自分だけだった。
「確信はないんだけど‥」
院生が設定を変えていくと、先ほども表示した店の映像が、湯気の立った丼へと解像度を下げずにズームアップしていき、丼を真上から映しだした。先程と同様に湯気が丼を覆い隠していて色彩が不明瞭である。
「みんなに配ったPlanetの個数は少ないけど、ヴァージョン自体は最新の物を使ってるんだ。だから、組織学的、形態学的解析だけなら、最新のソフトで使われている設定を駆使して、相当微細な構造まで観察できるんだよ」
院生は独り言をつぶやきながら、「色彩明瞭」の設定をONにした。スープ、麺、具材の輪郭が表れ、色彩が付いた瞬間教室がざわついた。
「ざわ‥ざわ‥」
クラスメイトは一様に、明瞭になった丼を見ては隣の人と目を合わせている。
それもそのはず。特定地域拡大コンソールに写しだされた丼には、京だし風の透き通った茶褐色のスープ、軟骨の入った鶏団子、三ツ葉が麺の上に添えられていた。
そして、具材が除けられあらわになったその下には、通常のラーメンより細く、また微かに透明感の残る白色の麺が折りたたまれていた。これは‥
「温かいそうめんだね〜」
女生徒が発したその名が満場一致の答えだった。
そう、そうめんである。
蘭子がラーメンだと思っていたそれはラーメンではなく、そうめんであった。
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