第8話 ~人種依存的麺文化~ ⑧ 夏はやっぱり
「そんな、だっておかしい。ありえない」
両手で口を覆い、何度も特定地域拡大コンソールを見直す蘭子。ただ何度見直しても黄色がかった麺ではなかった。
「うん、みんなさっきとは違う答えにいたったみたいだね。ただ答えを断定するには、まだちょっと足りないかな。他のサンプルも観察してみようか」
院生がそう言うと、コンソール内の映像は他の客の丼、他の店の丼へとスライドしていった。麺料理をクエリーにして検索をかけたらしい。
どんどん映像が切り替わっていく。具材の多少の違いはあれど、どれも“そうめん”が映しだされていた。
「どうやらこの街の麺料理はどれも、ある同じ種類の麺を使っているみたいだね。ラーメンとは異なる」
「でもね、僕はこれでもまだ、一つの答えに至るには弱いと思うんだ。ちょっと季節を一つタイムスライドしていいかな」
「ど、どうぞう…」
ショックを受けて口がふさがらないでいる蘭子は、絞り出すように院生に返答した。
院生は設定を「A.C.2000,Autumn」から「A.C.2000,Summer」に変え、Planetをタイムスライドさせた。Planetは1/4回転した所で止まり、特定地域拡大コンソールには先程と同じ伊太利亜中華街が景色を変えて映しだされた。サンサンと照りつける太陽。ダイナマイトボディがギリギリまで露わになる店頭ガール。季節は一つ巻き戻り、夏になった。
「じゃあさっきと同じ麺料理屋に入るよ」
院生はマニュアルモードで操作し、特定地域拡大コンソールを店内へと切り替えた。
厨房は前と変わらず湯気が立っていたが、テーブルの上の料理は明らかに違う様相を呈していた。秋にお客の前にあった麺丼は姿を消し、代わりにガラスの大皿が並んでいた。その上には白く透き通った麺が折りたたまれ、所々に溶けかけた氷が添えられている。大皿の前には透明感のある茶褐色のスープが入ったお猪口と、生姜、ミョウガ、青ネギなどの薬味が入った小鉢が置かれていた。
そして店のテレビから流れるのあのCM
「夏はやっぱり●●乃糸〜」
この清涼感あふれる麺料理もまた、アレであった。
「冷たい‥そうめん」
蘭子はほうっと気の抜けた顔で、その料理の名を述べた。
映像は他の客、他の麺料理店へとどんどん切り替わるが、どれもこれも、冷たいそうめんであった。
蘭子は映像を疑って何度も見直すのをあきらめ、ただただ自分が見落としていた結果を眺めていた。
「これで最後にしようとおもうんだけど‥。これは、いま観察していてたまたま目に入ったんだけど」
院生がそう言うと、店頭の看板に特定地域拡大コンソールが切り替わった。
2-0からのダメ押しの3点目がゴールネットを揺らした。それと同時に、自分は自分の誤ったバイアスを思い出した。
《中華街に軒を連ねるお店にはどこも「麺」の文字が入った名前。単に中華街という訳ではなく、ラーメン店を中心とした中華街なのだろう。》
自分もいつの間にか蘭子の提唱するラーメン愛にほだされ、バイアスがかかっていたのだ。「麺」という字を見たら「拉麺」に自動変換されるほどに。
お店の看板には「素麺」の二文字が描かれていた。
他のお店を見ても、
「元祖素麺屋」
「素麺一番」
「チキン素麺」
「台湾素麺」
「素麺太郎」
「素麺二郎」
「素麺豚野郎」
「素麺大好き小池さん」
「素麺ズ~不思議な国のニポン~」
…etc.
と言った具合に、「拉麺」屋だと思って店はすべて「素麺」屋だったのだ。最後のはちと怪しいが。
「看板の結果は直接的には関係ないけど、これらの形態学的観察を持って判断するならラーメンというよりも『そうめん文化が形成された』というのが妥当なんじゃないかな」
そう言って院生は操作画面から頭をあげ、蘭子の方を見た。
「自分もまさか、ここまで違う側面が見えて来るとは‥、って驚いたよ」
「科学って恐いね」
その恐ろしさを一番身を持って体感しているのは、間違い無く隣にいる蘭子であろう。次点で自分。
「で、でも‥」
視線を下に向けながら、声を震わせて蘭子は話し始めた。
「こんなことありえない。だって、この実験であり得る結果はこの2つしかないはずだもの‥」
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