第3話 ~人種依存的麺文化~ ③ ラーメン文化発生機構のロバストネス

 秋風が通り過ぎ寂しい笛となる。

 映しだされたのはそんな寂れた南イタリアの空き家。

 残念ながら巨大しゃもじを持ったヨ●スケは現れず、その代わりに絶望した顔でテーブルを囲う3人の中国人がいた。

『アイヨー、ホント辺鄙なところに連れてこられたアルー!』

『白くて顔がゴツゴツしたやつらしかいねーし』

『食ってるものも全然違います』

『ワタシミタヨ。あいつら腐った牛乳を固めた物を、赤い血のジュースと一緒

 においしそーうに食べてたアル』

『信じられねー』

『でも…私たちもそのうち、あんなふうになってしまうのではないでしょうか』

『そうネ。ここには私達の知ってる食べ物も飲み物もナイ。朽ち果てるか、生き血を啜り、腐った牛乳を飲むしかないアルヨ』

『まじかよ…』

『…のう』

『どうシタ?』

『なんだ?』

『もうこうなったら死ぬしかないですよ!人間としての尊厳を捨て、いつ戻れるともわからない異世界で生き永らえるくらいならいっそ!』

『まっ、まぁ落ち着くアルっ』

『そうだそうだ、そんないきなり死ぬなんてぶっとびすぎだって。とりあえず飯でも食ってからこれからのこと考えようぜ』

『そうネ、こんな辺鄙なところだけど小麦は見つけたヨ。これがあればアレが作れるネ』

『そうだな。あれが作れるな』

『あれって…?』

 2人で小麦のつまった麻袋を持ち上げ、声を合わせて言った。

『湯餅!!』


 -ブチッ-

 テレビの電源が切れるように拡大コンソールが閉じた。

 と同時に、うっとりした顔の蘭子が黒板の前に出てきた。キラキラと目を輝かせ、両手を顔の近くで組見合わせている。

「まぁ、何て素晴らしいんでしょう!故郷を離れても再現されるラーメン文化発生過程!今まさに私たちのラーメン文化発生機構のロバストネス(頑強性)が証明されようとしているわっ!」

 クラスメイトのみならず、発表者の自分までおいてきぼりだ。ちょっとツッコミ。

「蘭子ちょっと待て。あいつらが作り出したのはラーメンじゃないぞ。あと、もっと根本的なこと言うと、見ればわかると言って発表し始めた移植実験、結果どころか目的も理解できていない人が大多数だ。ちゃんと目的から説明してくれ」

 うんうんとうなずくクラスメイトたち。かくいう自分もよく理解できていない。

 そんなみんなを見て、蘭子の目にも焦点が戻る。いつのまにか自分の役割は発表者ではなく、蘭子の覚醒者となってる。

「そうね、実験見てもらってみんなも雰囲気が掴めてきたと思うし、改めて本実験の目的と方法について説明するわね」

「本実験の目的は…」

 と言って聴衆に背を向け、黒板に文字を書き始めた。

 黒板にはこのような文字が羅列されていた。


「人種依存的麺文化発生機構の証明」


「です!」

 と言いながらくるっと聴衆の方に体を向け直し、張りのある胸を張った。

「私は昔から思っていたことがあるの」

「それはね…、なんでこんなにも私はラーメンが好きなのだろうってこと」

 うん。クソどうでもいい。

「いろいろラーメンを食べ…考えているうちに私は気付いたの」

 おい、食事の合間の妄想だって吐露してるぞ。

「私たちのラーメン文化はゲノムに刻まれていて、そしてその文化発生機構はロバストネスなんじゃないかって」

「パスタとかは知らないけど、少なくともこのラーメンゲノムはどこの世界、どこの国に行っても再現される。そう、土地という名の環境要因に左右されずにっ!」

 みなさん理解いただけただろうか。自分は、理解できたが納得がいかない。こんなことに進級がかかってているなんて‥。

「このことを証明するために、中国人をイタリアに移植してその後の麺文化の発生を見ることにしたの。今回移植に使ったのはラーメン文化の伝播ルート上の中国人。その中でも発祥地に近い人を選抜してきたわ。私の仮説が正しければ、移植後、彼らは必ずラーメンを作り始めるでしょう」

 こういう実験を思い浮かぶ所は素晴らしい。納得はいかないが。

「ふう。こんな感じで伝わったかしら」

 と言い蘭子は、きょろきょろと教室を見回した。

 一通り説明し終わって満足げな顔をしているが、まだ話が2つが抜けているぞ。

「蘭子、ラーメンの話はじゅうぶんだが、パスタはどうなると想定してるんだ?」

 質問を投げかけると、蘭子はあまり乗り気じゃない調子で答えた。

「あー、中国に移植したイタリア人の話?多分パスタでも作り始めるんじゃない。いちようそれっぽい地域の人たち移植したし」

 視線を下に向け、けだるい口調で答えた。

「あーでも、あいつら性格なよなよしてるし、まわりに影響されてラーメン作りはじめちゃうかもね(笑)」

 メインテーマでない所を突っ込まれてやる気のない蘭子。

 授業なんだからそういう答え方止めてくれ。発表の雰囲気だけでなく、教授やチューターの印象まで悪くなる。

 結果発表以外の所で気に病んでいると、聴衆の一人が手を挙げた。

「蘭子ちゃん質問してもいい?」

 さっき発表前に話しかけてくれた同級生女子だ。

「いいわ。なんかわからないところあったかしら?」

 蘭子は両腕を組み、口を一文字にして、どんな質問でもバッチコイといった姿勢をとった。

「さっき蘭子ちゃん、湯餅?っていうのを作り始めた中国人を見て『ラーメン文化発生機構のロバストネスが証明されようとしている』って言ってたけど、あれはどうゆうことなの?」

「ラーメンはまだ作っていないよね」

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