Planet Biology

@yamaken37

第1話 ~人種依存的麺文化~ ① ある実習風景

「ラーメン食べたい」

 対面の女学生こと蘭子は培養中の地球胚を見ながらつぶやいた。

 実験机上で組んだ腕に顎を乗せ、ぼーっと眺めている。

「宙下一品のこってりラーメンが食べたい」

 ぼそっと、店名とメニューを唱えた。

 だが、ここは宙下一品(堀之内店)でもなければ、ラーメン屋でもない。つぶやきは試験缶を通り抜け、自分の耳に雑音としてキャッチされるだけ。ただ、地球胚にノイズが入るのは困る。

 早々に黙ってもらおう。黙らなければ、ネガティブデータの考察はすべて「蘭子のノイズ依存的地球胚の発生異常」にさせてもらう。

「我慢しろ。今日はあと1限だけなんだから」

「むぅー」っと蘭子はふくれて、元のだらけた体勢に戻るどころか突っ伏し始めた。

 本班の実験は待ちの状態とはいえ、発生異常に備えて観察していなければならない。

 ひとりで頑張るかぁ。残り1限とはいえ、まだまだやることはあるのだけど。

「もうちょっと面白いのを期待してたのになぁ」

 といった寝言を最後に、蘭子は返事がないただの屍となった。

 こいつが寝ている間に、我が惑星大学地球(悲しいことかな、このまどろっこしい綴りが本大学名である。時の権力者の独断と偏見で決まったらしく、この履歴書に綴る際苦労するネーミングのせいで何万人の在学生・卒業生が苦しんできたか。ほんんっとあのクソい‥おっと、誰か来たようだ。こんな夜中に誰か(ry ) の学食人気ワーストランキングベスト3でも紹介して、次の作業までの時間をつぶそうと思っていたのだが、残念ながら食堂店長からストップがかってしまった。 どうやら、カスカスポテトの話をされるのが気に食わないらしい。

 その代わりに、今日の実験について説明しよう。

 今日は惑星生物学学科の選択必修の一つ、「惑星生物学実習」。惑星発生研究室主催の実習で、主に地球胚のパラメータ依存的発生異常を観察することになっている。

 2日に分けて行い、1日目の今日は火の海期から5大陸期まで培養することになっていた。各班、その5大陸期になるまでに、重力、酸素濃度、暗黒物質濃度、 といったパラメータを変える処置を行う。翌日にどのような発生異常が起こったのか観察し、解析するといった流れだ。もちろん、正常発生のままの場合もある。

 どのパラメータを変えるかは自由だが、先生が提示したいくつかの変更項目の中から1つ選び、それをマイナーチェンジする班がほとんどだ。

 自分と蘭子の班も、先生の提示した項目を少し変えて「シルル紀とデボン紀の間でパラメータを変更し、硬骨魚類以降の脊椎動物(最終的に人類まで見る)の進化速度への影響を解析する」という実験をすることに決まっていた。

 地球胚の培養すらしたことない自分は、始まる前からとても面白そうに思えた。だが、高校の惑星生物部で経験したことがある蘭子はそうではないみたいだ。始まる前からすごくつまらなそうな顔をしていた。

 まだ時間はあるな、それでは惑星生物学についても少し説明しよう。

「惑星生物学」、英語で「Planet Biology」と呼ばれるこの学問は比較的最近誕生した。

 すべてはX.Gurdonによる”Planet”の開発から始まった。

 Planetは21世紀に活躍した発生生物学者Xenopus Gurdonが開発した、「シミュレーション型惑星及び、惑星発生装置」の総称である。Planetは主に2つの要素から成り立つ。1つはシミュレーションする地球などの惑星。もう1つは、その惑星を時間軸に沿って発生させるための環境である"試験缶"。他にも試験缶に詰める暗黒物質など、細かな要素はこの他にもあるが、Planetというと一般的にその2つのセットのことを指す。ちなみに今回の実習では地球型惑星が各班に配られ、みんなそれを使って実験をしている。


 Planetに目を向けた。

 順調に発生が進んでいる地球胚と、蘭子が目に入った。肩のちょい下までの長い髪が腕組みに絡まったのか、顔を上げて首を左右に動かした。こいつももう少し黙ってくれればそこそこなのになぁ。


 いつまでもこれを眺めるてるのはバツが悪い。起こすことにしよう。

 

 そーっと声をかけた。

「蘭子、そろそろシルル期も終わるんだけど…」

 返事がない。ただの屍のようだ。

 よし、パラメータ変更は全部自分でやってしまおう。3年の大事な選択必修、落としてしまうのは痛いからな。

 実験机の試験缶を惑星顕微鏡のスロットにセットした。準備は完了。初めての実験だけど、酸素濃度を少し下げるだけなので難しくは無い。

 試験缶のフタを開け、抗酸素剤を50マイクロリットル入れようとした、そのとき。

「ちょっと待ちなさい」

 右手が右手に掴まった。震えるピペットマン。

 危うく先端のチップをイジェクトしそうになった。

「あぶないなぁ!なんなんだ」

 怒気を込めて、蘭子の方に視線を向けた。

「いい実験思いついた」

 目をらんらんと輝かせて、地球胚に焦点を合わせた蘭子。

 顔チェンジしたア●パ●マン並みの切り変わり。

「思いついたもなにも、もうやってるから」

「私たちのラーメン愛は生まれたときから決まっていたのよ」

「は?」

 頼むから日本語で言ってくれ。

「ということで」

 何がということなのか。

「麺料理のはじまりを探す実験をしません?」

 そう言って蘭子は、にっこり笑いながらピペットマンの先をゴミ箱にイジェクトした。

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