死にものぐるいでこいつを読め!

私はこれでもけっこう東洋史ものを読んできたつもりだ。なので、最初は当然、本作もそういう多くの一つとして、上から目線で想像していた。

「うっせえ黙って読んで感激しろ!」

そんなことは本文には一切書いてないが、まあそう鼓膜を叩かれて眼鏡を吹っ飛ばされた気分であった。先入観に凝り固まった半可通の寝ぼけ眼をこじ開けたのは間違いない。いや面白かった。

まずは戦闘シーンがうまい。伏線の回収としての戦闘や、対話で進む一騎打ちによる展開の変化が少ない。かなりの比率でその場その場の組織的な機転が大きく戦況を変えていくのである。これは相当に書き慣れていないと出来ない芸当で、三国志であれ抗日戦線であれ、こういうタイプの話は少ない。話を読みやすくするために、戦争そのものを何かの因果や個人の資質に還元している作品が恐ろしく多いのだ。しかし現実に戦争を形作るのは一枚岩ではない将兵の不確かな総意であり、この辺りを堅苦しくなく、自然に描いているあたり、まずはおおっ、となった。

キャラクターもいい。特に主役の趙萬年は魅力的で、若いながらに責任を負って艱難に立ち向かう姿はとても良い(そしてそれだけにアレがアレした時はひゃーと思ってしまった)。敵役もただ怖いだけでなく悩みを抱えていたり義理と人情で動いていたり、人間らしさを感じさせてくれる。王虎の生き様なんかは北方謙三水滸伝を彷彿とさせてくれる。あと個人的な好みのキャラクターは旅翠で、彼女の活躍はもう少し読みたかった。茶商というこの時代ならではの一党をぐっと前面に持ってきたのも良い。

何より派手だ。防城戦、籠城戦とくるとまずでてくるのはメシの話なので、だんだんジリ貧になっていく惨めさが大きな要素になるのだが、この話はどんぱちメインで明るい。兵站から生じる問題は最低限に抑えてドラマを重視しているためか、または史実がそもそもそうなのかも知れない。この時代に詳しくない私には狙ったものか偶然かは読み解けないが、しかしいずれにしても新しいタイプの描写で大いに楽しめた。攻守両方で「こんにゃろう!」と言いながら殴り合うのはやはりスポーツ的で痛快である。

とにかく東洋史のお約束を片っ端からぶち破り、新たなジャンルを立ち上げてやるんだという、雄弁な挑戦がいたるところに散りばめられている。これもう中国の戦史ものじゃなくて氷月ワールドだよ(笑)

なんで異世界ファンタジーなんだと思って読んでたけど、もうそれでいいやと脱帽、感服である。コンテスト的にどうなのかとかどうでもいいから読もうぜ。面白いし。

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