プッシュ!




「押して押して押して押しまくれば、振り向いてくれると思うの!!」


「朝から、うぜぇ!!」


「そんなこと言わずに、私の愛を受け取って!?」


「心底うぜぇ!!?」


「ああん!そんなつれないとこに、燃えるんだゾ!☆」


高校に入って、一目惚れした廣江(ヒロエ)君に、猛烈にアピールし始めて二年目。

バスケ部エースで、勉強はあんま出来ないけど、笑顔が可愛いから許す!

ほんとに好きで、もうそのツンなとことか堪んない!

メルアドも教えてもらえてないし、毎回話し掛けにいっても邪険に扱われてるし、差し入れもお弁当も未だに受け取ってくれないけど、私はめげないわ!!

(廣江がその押しの強さに引いていることに、彼女は気づけない。)

なんかね!なんかね!

廣江君のおかげで、人生が薔薇色になったの!


「好きです!付き合って下さい!結婚して!!」


「リアルに101回目のプロポーズだぞ」


「数えててくれたの!?」


「101回ふってんだろ!?諦めろよ~、もーマジで。なんなんだよ、バスケ命だって言ってんだろ!?」


「じゃあ、南ちゃんになる!」


「野球じゃねーか!?」


こんなに一生懸命なのに、なんで伝わらないかなぁ!

廣江君の腰にいつものように抱き着いて駄々をこねたら、いつものように廣江君が全力で引き剥がそうとする。朝練でかいた汗を感じさせない、爽やかな制汗剤の臭いにグッとくる。

こんなやり取りを、いつも周りのみんなは笑って見ている。

廣江君とクラスが別なのには不満だけど、みんないい人だからこのクラスに来るのは楽しいの!


「一回だけ!試しに付き合って!!」


「嫌だって言ってんだろ!!」


こんなに毎日が楽しいなんて、恋って偉大だわ!

そう、思ってたの。

でもね、聞いちゃったのよ。

その日の放課後、廣江君のクラスに行った時、たまたま聞いちゃったのよ。


『サイちゃんも、毎日頑張るよなぁ。廣江も何だかんだ、満更でもないんだろ~?』


『バカ言うなよ!言っとくけど、ホントに興味ないからな!あんなやつ、名前も覚えてねぇよ!!』


『お前、それは酷すぎ…』


たまたま、聞いちゃった。

こんなに好きなのに。

こんなにも毎日が楽しいのに。

一瞬で、世界が色褪せた。


『サイちゃん、なかなか来ないな?』


『静かで良いよ。』


恋って、残酷よね。


※※※


「サイ~、今日も廣江君のとこに行かないの?」


「風邪気味だから、移ると大変だと思って!」


「確かに元気ないけど、無理しないでよ?」


「大丈夫よ!私の取り柄は、元気と笑顔なんだから!」


あの時から廣江君に会っていない。

あんなに楽しみだったのに、今はあのクラスに行くのが怖かった。

みんな、ほんとは……私のこと嫌いなんじゃないか、とか思ってしまって。

好きなのに、廣江君に会うのが怖くなった。

正面から、嫌いと言われたら……流石に立ち直れない。

バスケが本当に好きなのを知ってるから、邪魔にならないように応援には行かなかった。

本当は見に行きたいけど、部活も覗いたことがない。

でも、一番の理由は……。


『八雲!さっきの動き、かっこ良かったよ!』


『マジで?サンキューな!』


マネージャーの尚子さんには、嬉しそうに微笑む廣江君を見たくないから。

私には、笑ってくれない。

名前も覚えてくれない。

何をしても、迷惑そうな顔をする。

ここで引いたら、二度と相手にされないと思ったから、毎日頑張ってたの。

毎日、笑顔で会いに行ってたの。


「不毛な恋だわ…」


机にへばりつくのにも飽きて、なんと無くベランダに出た。

ぼーっと下を見ていたら、なんと体操服の廣江君を発見!

あぁ!やっぱり好き!

輝いてる!!

好き!好き!大好き!

思わず名前を叫びそうになって、止めた。

彼の隣には、尚子さんがいたから。


(私には、笑ってくれないのに)


楽しそうに話している二人に耐えられなくなって、その場にずるずる座り込んだ。

私の取り柄は、元気と笑顔!だから、我慢しないとっ


「サイ、授業始まるよ?って、どうしたの!!?」


「ち、違うのよ!これは、ちょっと気分が悪くて、気持ちもブルーになって、その、涙腺もブルーになっただけでっ」


「だから、無理しちゃダメって言ったでしょ!」


怒られてしまった。

そのまま保健室に連れていかれて、なんかよく分かんないけど寝かされてしまった。

起きたら放課後だった。

寝過ぎだわっ!五時間目から爆睡とか!


「せ、せんせぇ!!私、寝過ぎちゃって!?」


「早嶋さん、貧血と寝不足だったみたいねー?あんまり気持ち良さそうに寝てたから、寝かしてみた!」


「せんせぇー!?」


うちの保険医は、ゆるかった。

放課後の廊下を走り抜けて、教室に飛び込んだ。

みんな居ないし!

ていうか、私の机の上がひどいことに!?

皆からのメッセージだとか、お菓子とか、板書したルーズリーフだったり、担任からのチョークだったり……チョーク?


「あ、愛されてる!」


明日は笑顔で学校に来ないと!

思わず鼻唄を歌いながら、帰りの用意をして、教室から出た。

恋をしたなら、失恋だってするわよね!

そうよ、いつまでもひきずってては、いけないわ!

いつもより遅い時間に校舎を出た。

体育館の前を通り過ぎようとした時、開放された出入口から中の様子が見えた。

思わず、足を止めた。

はっとして、何も見なかった事にして、また歩き始めた。

ひ、廣江君がかっこよかったとか、思ってないわよ!?

早く帰って、宿題をしよう。

早く、早く、帰ろう。


「いったい!?なに!槍でも降ったわけ!!?」


後頭部に、あり得ない衝撃が走って、激痛に襲われた。

ちょっと泣きながら、振り替えればバスケットボールが転がっていた。辺りには、誰もいない。

え、流れ弾?

これ、私が届けたほうがいいの?

正しく、泣きっ面に蜂じゃない?


「意外と重いわね…、いやでも、届け、届ける?ダメよ、またダムが決壊したらどうすんのよ。私の涙の向こう側は、哀しみしかないわよ。てか、誰よ、こんなあり得ない流れ弾出したやつ。自分で拾いに来なさい!世間がいい人で溢れてると思わないで!!私、体育館に入ったら泣いてしまう病なんだから!」


「…相変わらず、元気だな。」


「そりゃあ、取り柄が元気と笑顔なんだからってグッバイ、ナイスルッキングガイ!」


廣江君だった。

うわーうわーうわー。

人生最大のピンチ!

2週間ぶりの廣江君は、輝きすぎて神がかってた!

走り出そうとしたら、がっしり腕を掴まれた。

は、鼻血でちゃうヨ!?


「お前……風邪引いてんだろ?今日、倒れたとか聞いたんだけど。」


「廣江君がデレた!心配してくれてる!?死ねるほど嬉しい!」


「ばっ、そんなわけねぇだろ!!」


「酷いっ!」


いつものやり取りが、すごく嬉しくて。

嬉しくて、嬉しくて、涙が出た。

離れた廣江君の掌が暖かくて、触れられた箇所が痛いくらいに恋い焦がれた。

バスケットボールを廣江君に押し付けながら、顔を伏せた。

泣き笑いじゃダメなのよ。

ダメなのよ……、知っちゃったもの。


「風邪引いてるから、廣江君に近づけないのよ!」


「なに、泣いてっ?おい、具合そんなに悪っ」


「だから!私、ずーっとずーっと風邪を引き続けるの!」


「は?」


私、可愛くないもの。

勉強だって、すごくできるわけじゃないし。

スタイルだって良くない。

性格だって、良いか悪いのかわかんない。

だから、笑顔が武器だと思ってたの。

頑張って、笑顔を覚えてもらおうと、してたの。


「風邪が治るまで、廣江君には会えないわ!部活がんばってね!!」


ずーっと風邪を引き続ければ、そのうち廣江君は名前どころか私の顔も分からなくなる。

それで、いいのよ。

好き!好き!大好き!いつか、私の事を笑顔で迎えてくれる廣江君を、待ってたの。その為なら、なんだって出来たの。

だから嫌わないで、忘れてもいいから、嫌わないで。


「なんで泣いてんだよっ」


「違うのよ!これは、その涙の向こう側が見てみたくてっ」


「意味わからん」


あ、笑った。

ダメよ、今更そんなふうに笑われたらっ


「廣江君は、私に笑っちゃっダメなのよっ」


「はぁ?」


もう、無理よ。


「っ私ね、早嶋賽(ハヤシマ サイ)って名前なの。」


「!…お前、あのとき、聞いてたのか!?」


「廣江君には私の名前は必要ないみたいだからっ。ずーっと風邪を、引くことに、したのっ」


「!?」


楽しかったわ。

本当に、楽しかった。

君がいれば、なんだってできたの。

料理なんてしたことなかったけど、一生懸命練習したわ。

ほんとは、好きって言うの、死ぬほど勇気が必要だった。

廣江君がいれば、どんなに辛くたって、笑えたの。

だから…………どうか、どうか


「き、らわないで……忘れていいからっ」


「おいっ」


「き、嫌いでもいいからっ……私に嫌いって、言わないでっ」


生きていけなくなる。

バスケットボールで触れていることさえ、辛い。


「もうっ、五月蝿くしないわっ」


廣江君がバスケットボールを受け取ってくれたから、慌ててハンカチで涙を拭いた。バスケットボールなんて、無視すれば良かった。

廣江君に背を向けて、走り出そうとしたら…………また頭に衝撃が走った。


「いったい!廣江君、ムード読んでよ!?」


「うるせぇ!言い逃げしようとしてんじゃねーよ!!」


「図星だけど、納得できない!」


「早起きの早に、山鳥の嶋に、賽子の賽だろっ!!」


「何が!」


「お前の名前だよ!」


ビックリして、その場にへたりこんだ。

だって、覚えてないって。


「風邪なら、俺に移せ。他の奴に移したら、殺すからな。」


「…………意味が、分からないわ」


「あと、俺以外の前で泣くなよ」


目の前に座り込んだ廣江君を呆然と見つめていたら、だんだん距離が近づいてきて…………あれ?


「!?」


「……風邪、治せよ。」


「っへ!?嘘!な、に」


「ついでに、お前のスタイルはそこまで悪くねぇ。」


毎日抱き着いてくれてたおかげだな。

意地悪く笑った廣江君に、思わず平手が出たのは、仕方ないと思うの。





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