舞台背景:現代
エンドロールには、いつだって
「こんにちは。」
「毎度〜」
毎日毎日、歓楽街の一角で花を売るウチの店に、毎日毎日、飽きもせずに花を買いにくる常連。
(変わらないなぁ、あの頃からちっとも)
190センチまで、あと2センチ足りなかった。
そう仲間内で悔しそうに笑っていたのを見たのが、私の中での彼についての初めの記憶。
その次が、確か学年集会か何かで、学年で一番背が高いと学年主任のお爺ちゃん先生に微笑まれていたとこ。
一度も同じクラスになった事は無かったし、部活や進路が被ったわけでもない。本当に接点が無かった。
いや、接点が無かったわけでもない。でもそれだって、私の姉がバリバリの不良の彼女で、その彼氏を潰したチームにアイツが所属していたってくらい。
それだけ。
5歳上の姉の部屋から漂うハイブランドの香水に憧れても、男の趣味は被っていなかった。
「タバコ、やめたら?身体に悪いよ?」
「あ〜…ごめんなさい、臭う?」
「ちょっとね。あと俺、ヤニ臭い女の子とキスするの、好きじゃないよ。」
「気をつけます。あと私も、半グレとキスする趣味は無いわな。」
「半グレじゃなくて、元ヤンだし。俺、そこの店のオーナーとして、真面目に働いてるでしょ。」
向こうも私を覚えていないようだから、高校の同級生だとは伝えていない。
こんな軽口を叩ける程度には、仲良くなってはいるが、常連という域は出ないのが現状だ。
なぜか、彼のビジネスライクな距離感に、私は社会人なんだなっと実感させられた。
「都さん、元気にしてる?」
「バツが3ついたあたりで、日本人飽きたみたいで、外国に飛んだよ。何してんのか、妹の私ですら知らんわ。」
「え、いつのまにそんなことになってんの?」
「安心しなよ、全部違う人とだから。子どもは作ってないらしい、多分。」
「俺の知ってる安心との距離感がすごい。さすが、都さん。」
「自分で開業した花屋を、短大出たばっかの妹にぶん投げるような人だしね。」
まぁ、その花屋も私の手から全然知らない人の手にぶん投げられる予定なのだけど。まぁまぁの金になったから、5年前の無茶振りもチャラになるってもんだ。
しばらく、私も外国でバカンス楽しむんだ。
「で、自分は、その花屋を放り投げて、どこ行くつもりなんだよ?みんなが、心配してんぞ。」
「なんでバレてんのかな?まぁ、また、気が向いたら、日本に帰ってくるし。引き継ぎは、まぁ…目を瞑って。なんか、やり手な姉御って感じの人だったから、今以上に儲けるでしょ。」
「えぇ…適当過ぎるでしょ。挨拶しなよ、最後くらい。また帰ってきた時、やりづらいよ?」
「ん〜…まぁ、でも、正直、しばらく帰ってくる気無いしねぇ。旦那も死んで5年経ったし、仕事にも未練ないかな。」
私の言葉に、松枝さんは今手渡したばかりのフラワーアレンジメントを床に落とした。
この人でも、動揺するんだな。
今日イチの出来を無残な姿にされて、私も動揺した。
「松枝さん、落ちたよ。悲しいから、今日はもう花売ってあげない。」
「…結婚してたの?」
「未亡人だよ、私。新婚五ヶ月で、ひき逃げされて死んじゃった…やっと、気持ちが落ち着いてきたから、バカンスするの。」
短い幸せだったわ。
笑窪が最高に可愛い人だったんだよね、押して押して学生結婚したのに、卒業してすぐに死んじゃったのよ。
多分、姉さん、わざとそのタイミングで無茶振りしてきたんかなって。
「未亡人…」
「へへ、照れちゃう。そんなわけで、私は、旅立つから新しい人とも仲良くやってあげてね。姉さんも、そのうち、顔見せに来ることもあるだろうし。」
「そうか…病気には気をつけろよ。」
そう松枝さんは、寂しそうに笑った。
来月末には店を明け渡す予定なので、私は色々やっつけなければいけない用事を頭の中で整理しながら、曖昧に笑った。
※※※
「松枝〜、都の妹、次はどこ行くって?」
「外国。」
「都のやつ、次は国外のダメ男に引っかかったのか?」
「さぁ、詳しくは聞いてませんけど、十中八九そうでしょう。いつもいつも、そうだったみたいに。」
「都の初彼とかを、ぶっ飛ばしてた時のあの子、サイコーにかっこよかったよなぁ。あれで素人なの知って、俺は、震えたね。」
「そうですね。」
贔屓の花屋が看板を変えて数日、歓楽街の狭い空を、見上げている男が二人で笑っていた。
『何回やっても、同じですよ。私、喧嘩したら、なんでか勝っちゃうんで。』
そううっそりと笑っていた華奢な少女は、掴みどころのない性格を残したまま、平凡な花屋になった。
彼女の姉が、絶世の美少女で有名だったが、またダメ男に引っかかるのも有名だった。
何人とも浮名を流すのに、過去のダメ男が彼女とより戻すために揉めた話はなぜか聞かない。
別れ方だけ上手いのか?なんて、みんなが笑い話にする程だ。
実際は、いつも別れられずに死にかける手前まで絡れる姉を、タイミングを見計らって妹が助けに行っているだけだった。
武力行使で。
「私、なんでか、喧嘩だけは、誰にも負けなくて。この間は、日本刀相手に勝てたので、多分、拳銃もいけるかな?」
「外国人でもヤンデレるって知らなかったの…ごめんね、本当にごめんね、小町ちゃん」
「どうせいつも通り10分で終わるから、姉さんは私の後ろで隠れてて。」
「次は、次こそは、まともな人に当たるからね!」
「きっと一生、無理だよ…。」
「小町ちゃんが、合コン開いてくれたら、行ける気がする!」
「…いいね、それ、採用。じゃあ、さっさと日本帰ろうね。チケット予約入れながら待ってて。」
爆弾姉妹が近いうちに、また舞い戻ってくることを予想しながら、歓楽街の住民たちがワクワクしながら日々を過ごす。
楽しく平凡で時々刺激的な日常を、彼らは愛している。
続く?
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