NL短編集

くくり

舞台背景:異世界ファンタジー

そろそろ、捕まえようかな?


私の務める部署の署長は、異名を持つ公爵様である。

臣籍降下したため、公爵を賜っただけの、ただの王弟でもある。

そして、その異名と言うのが、またなんとも言えないネーミングなのである。


「筆談、飽きたねぇ…」


尊き独り言を、同じ空間にいた私を含めた全ての者達が、その唇の形を読んで拾った。

瞬間、全員が耳栓をさらに両手で押さえつけて、扉を取っ払ったままの出入り口(機密保持する気が無い)へ全力で走り始めた。


「誰かおしゃべりしようよ。」


異名『腰砕きの公爵様』は、その見目や頭脳もずば抜けているが、特に桁外れていたのが声だった。

どうすごいかって言うと、下世話な話だが、公爵に閨のあれこれを仕込んだ高級娼婦の姐さん曰く、『本気で口説いてみせて』と面白半分で頼んだところ、3日ほど足腰立たなくなったと遠くを見つめながら教えてくれた。


この公爵様、茶目っ気の塊でもあるため、皆が耳栓で公爵様とギリギリの状態で仕事をする事を許してくれる代わりに、一日一回だけ誰か一人を選んで普通のおしゃべりを楽しむのである。

あるメイドは一日中腰が砕け、ある侍従は一週間女が抱けなかった。と日に日に伝説を作っていく。


「ソフィア、あんたやっぱり部署間違えてるよ!!!?」


「自分でも思っています。」


広報を担うこの部署へ配属されてから2年。

私は、一度も公爵様に捕まった事が無い。

一説には、広報部署長を拝命される前は、隠密部隊を直々に指揮していたと

もっぱら噂の公爵様さえ凌ぐ、俊足と潜伏技術の賜物である。

別に、騎士だったわけではない。

ただ、昔からかけっことかくれんぼは負けた事がなかった。

それだけの、しがない雑用係である。

書記官になりたかったけど、頭があんまり良くなかったので、なんとか雑用係に滑り込んだ次第である。

最近、私の脳筋具合がバレて、騎士団からちょいちょいスカウトが来るようになった。


「100メートル11秒7を切れない…」


「お前なんなん!!?」


今日も無事逃げ切れたので、私は優雅にランチタイムを楽しむため、大衆食堂へスキップしながら移動した。

ちなみに、今日の犠牲者は、蹴躓いて転けそうになった所を、公爵様に抱き止められて事なきを得た(?)侍従長である。彼を再度見たのは、3日後だった。


「ソフィア、あんたそういや、まだ捕まった事ないんだっけ?」


ランチを同じく逃げ切った同僚達ともりもり食べながら、呑気に会話をする。

マリーの半ば呆れたような言葉に、他の2人は感心したように頷いていた。


「走るのと隠れるのが、特技なんで。」


「広報部署の雑用係には、全く活かせない特技……でも、ないか。署長があんな感じだし。」


「もはや、ここまで来たら意地でも捕まりたくない。ていうのもあるけど……捕まったら、なんでか、二度と逃げ出せない気がするから、嫌だ。」


「お前のその野生の勘、大正解。」


署長の側近であり書記長でもあるプローヴァベル様が、すごく良い笑顔で褒めてくれた。


「こんなに鋭いのに、なんで、こんなに鈍いの?」


「そもそも、あの鬼ごっこだって、ソフィアを壁ドンしたくて始めたんじゃなかったっけ?」


「それが、想像の斜め上をいく俊足だったもんだから、公爵様も面白がって恒例化しちゃったんだろ。」


「いや、被害が甚大。」


「誰だよ、腹黒に脳筋あてがったの…」


「……前国王だよ。」


みんなが天を仰いで、重たいため息を吐いた。


「よく分からないが、私は、一度捕まった方が良いのかな?でもなぁ……なんか、悪寒がするんだよなぁ。でも、みんなの為に捕まった方が良いのか?いや…やっぱり、こう身の危険を感じてしまうんだよねぇ…??」


「ほんと、大正解!!世界旅行二週半プレゼントしてあげたい!」


「あんたなら、私、全力で公務をフォローしてあげても良い!!」


「根拠はないけど、お前なら国をよくしてくれそう!!」


「毎日、同情しながらシーツ洗ってあげる!!良い噂話だけ流すね!!」


みんなから、スタンディングオベーションを頂いてしまった。あわせて、紙ナプキンで折られたチューリップの花束をもらった。


「明日は、誰が捕まるのかな?」


そんな事を考えながら、お皿を下げたのだった。




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